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12/15

激戦の後の

今回はジグが被害者でしかない回です

激戦から一夜明け

 エルデファーは地図から消え、魔王復活を目論んだ魔族の拠点は地に沈んだ。


 だがその決着をつけた当人たちは、戦禍の影もどこへやら、森の奥にあるコテージでくつろいでいた。


 焚き火の赤い灯りが、夜の静寂に揺れている。

 今夜の宿は、宿屋ではなく木造のコテージ。森に囲まれたこの場所は、どこか懐かしい匂いがした。


 ワイアットは焚き火の薪を組みながら、満足げに言った。


「たまにはコテージも良いな!」


 隣で座っていたカレンが、にっこりと笑う。


「うん♡ちょっとキャンプ来たみたい♡」


赤い髪が揺れて、彼女の表情をさらに明るく見せた。


 ミレイナは椅子にきちんと腰を下ろしながら、焚き火を見つめていた。


「宿と野営の良い所取りのようです」


 彼女らしい、冷静で丁寧な感想だ。


 その背後から、アイネスが落ち着いた声で微笑む。


「私達しかいない⋯楽しいですね」


 相変わらず年齢を感じさせない美貌のまま、静かに夜空を見上げている。


 やがて、コテージの扉が開いた。


 エトラが、両手に皿を抱えて現れる。

 チーズの香ばしい香りと、スパイスの効いた肉の匂いがあたりに広がった。


「夕飯、できましたよ〜」


 その声に、ワイアットは立ち上がり、嬉しそうに声を上げた。


「いや〜、エトラの手料理最高だわ!」


 彼の顔は子供のように輝いていて、エトラは嬉しそうに目を細めた。

 焚き火のそばに並べられた料理は、まるで祝宴のようだった。


料理の香りが満ちると、自然と皆が焚き火のまわりに集まってくる。


 エトラが用意してくれたテーブルの上には、温かいスープ、チーズと野菜のグリル、こんがり焼かれたパン。

 どれも彼女の手作りだ。手間暇がかかっているのが、見ただけでわかる。


「いつもは宿の食堂だったけど……こういうのも、悪くないな」


 ワイアットはパンをちぎりながら、しみじみと呟いた。

 屋根はあるが、壁はなく、森の音がそのまま聞こえてくる。

 風の匂い、焚き火のはぜる音、星空……すべてが、日常から少しだけ離れた空間を演出していた。


「ほんと、なんか新鮮……♡」


 カレンは頬を染めながらスープをすすった。

 湯気の向こうで揺れる彼女の笑顔は、どこか子どもみたいに楽しそうだった。


 ミレイナはパンにグリル野菜を挟みながら、ふと周囲を見渡す。


「不思議です。外なのに、こんなに安心できるなんて」


 いつもは警戒心の強い彼女も、今夜ばかりは穏やかな顔をしている。


「皆さんと一緒だから……ですね、きっと」


 アイネスはそう言って、ほんの少しだけ頬を緩めた。

 静かに夜空を見上げる彼女の横顔に、焚き火の光が柔らかく映る。


 そのとき、エトラがワイアットのそばにすっと近づいてきた。


「えっと……その……今日は……ワイアットさんに一番に食べてほしくて……」


 言葉は控えめだったが、その瞳はしっかりと彼を見ていた。


 ワイアットは一瞬きょとんとし、それから破顔する。


「そうか、なら……遠慮なく、いただきまーす!」


 頬張った瞬間、顔がほころんだ。


「やっべ、うめぇ……! もう宿の飯に戻れねーぞ、これ」


 エトラは嬉しそうに小さくガッツポーズをした。

 ──その姿を、ミレイナとカレンが見逃すはずもなかった。


食後、皆がそれぞれの部屋へと戻っていったあと。

 コテージの奥にある小さな一室では、まだ火の明かりが揺れていた。


 ワイアットは椅子に腰を下ろし、片肘をついたまま、ぼんやりと夜の静けさに身を委ねていた。

 薪がパチンとはぜる音だけが、部屋に響いている。


 やがて、そっと扉がノックされた。


「ワイアットさ〜ん……起きてますか……?」


 おずおずと聞こえてきたのは、エトラ・セリエドールの声だった。

 扉のすき間から覗いた顔は、ほんのりと赤らんでいる。


 ワイアットは顔を上げると、ふんわりと笑みを浮かべた。


「おう、エトラ。どうした?」


 優しい声に安心したように、エトラは小さく首をすくめた。

 そして、少しだけ視線を伏せながら言葉を続ける。


「いえ……なんだか、ひとりでいるのが寂しくて……」


 声はか細く、まるで消え入りそうだった。

 だがその想いは、確かに届いていた。


 彼女はそろそろと部屋へ入り、恐る恐る近づいてくる。

 やがてワイアットの隣に腰を下ろすと、焚き火の光がその横顔を照らした。


 柔らかな頬に赤みが差し、胸元の起伏がそっと揺れる。


「……そうか。じゃあ、来いよ」


 ワイアットはぽつりと呟き、右腕をそっと広げた。


 エトラは一瞬だけ戸惑ったように目を見開いたが──

 すぐに唇を噛み、勇気を出すように、その胸へと身を預けた。


 細い肩が、そっと彼の腕の中に収まる。


「……ありがとう、ございます……ずっと……こうして欲しかった……」


 震える声が、彼の胸元でそっと零れた。


 ワイアットは何も言わず、ただその肩を包み込むように抱き寄せた。

 静かな夜にふたりの鼓動だけが響いていた。


部屋の中は、ランプの灯る微かな音だけが静かに響いて、木壁に淡く揺れている。


 ワイアットの胸に抱かれたまま、エトラはそっと指先を動かした。

 緊張した手つきで、彼の胸元に触れ、なぞるように滑らせる。


 相変わらず触れ合いはぎこちなく、どこかおずおずとしていた。

 けれどその不器用さが、かえって愛おしく思えた。


「エトラ? 今日はなんか甘えん坊だな?」


 囁くような声が、耳元で優しく響く。


 エトラは小さくうなずいた。


「はい……今日は……

 私、ワイアットさんのものに……なりたいです……」


 その声は震えていたが、瞳だけは真っ直ぐだった。

 強く、純粋に──彼だけを見ていた。


 ワイアットはふっと笑い、額を軽く寄せる。


「もうなってるだろ?」


 ぽつりと落ちたその言葉は、なによりも温かかった。


 エトラの大きく柔らかな胸に、ワイアットはそっと顔を埋めた。

 その温もりが、どこまでも優しく、彼の疲れた心を包んでいく。


 戦いの記憶も、痛みも、焦燥も。

 すべてが溶けて、ゆっくりと静寂の中に沈んでいった。


 ──そして、ふたりの唇がそっと触れ合う。


 炎が、ぱちりとはぜた。

 誰にも見られない場所で、確かに結ばれた想いが、夜空に溶けていった。

──それはただの情事ではなく、

魂の奥にまで優しく響く、愛の夜だった。


部屋から、微かな息遣いと、肌の触れ合う音が、心地よく続いていた──


コテージの中は静けさに包まれていた。


 だが、ひとりだけ眠らずにうろつく影があった。


 カレンは外の夜風に身を委ねながらぶらぶらと歩いていた。

 星が綺麗で、空気も冷たくて、気持ちがいい──けど。


「あ〜、今日はエトラと一緒か……こんな時に限って暇ね〜……」


 肩をすくめながら、気だるげに夜道を歩く。

 いつもはワイアットにちょっかいを出して楽しんでいる彼女にとって、今夜は退屈そのものだった。


 と、ふと、視線の先に動く光があった。

 森沿いの茂みの奥に、ぼんやりと灯る焚き火。


 カレンが足を止め、木陰から覗き見ると──

 そこには、道中野営している冒険者パーティが寝静まっていた。

 しかも全員、見張りも置かずに爆睡中。


「……ラッキー♡ 臨時収入ね♪」


 唇の端が、いたずらっぽく吊り上がる。


 カレンはそっと忍び寄ると、迷いなく財布と装備袋を抜き取っていく。

 金貨の重み、革の質感、そこそこの品だ。


「うんうん、まあまあ高く売れそう♡ 感謝〜♪」


 寝ぼけた誰かが寝返りを打つと、カレンは素早く木陰に隠れた。

 そして、口元を押さえてクスッと笑う。


 ──そんな夜の、ちょっとしたイベントだった。



翌朝のコテージにて

朝のコテージは、森の小鳥たちのさえずりに包まれていた。

テーブルの上には、どこからともなく増えた荷物がひとつ。


 その中には、明らかに昨晩のカレンの“成果”が詰まっていた。


「カレンさん? それ……どうしたんですか?」


 アイネスが訝しげに問いかけると、カレンはにこりと笑って肩をすくめる。


「散歩してたら拾ったの! ね? まあまあ高く売れそうでしょ?」


 まるで猫がネズミをくわえて帰ってきたかのような、満面の笑顔。


 ミレイナは呆れたように額を押さえた。


「また盗んできたんですか……相変わらずですね……」


「ちょっと拝借しただけよ?見張りすら立ててなかったんだもん。

 これはもう、拾ってくださいって言ってるようなものでしょ〜?」


 悪びれる様子もなく、カレンは荷物を抱えてコテージの奥へと消えていく。


朝の光が森を照らし、鳥の声が静かな木々の間に響いていた。

 荷物をまとめ、五人はコテージを後にする。


 ワイアットが馬の手綱を引きながら振り返ると、木造の小屋はもう煙を上げていなかった。

 昨夜の焚き火の名残りだけが、ほんのりと香っている。


「なんだか、ちょっと名残惜しいですね」


 ミレイナが振り返り、静かに言葉を漏らす。

 真面目な彼女にしては珍しく、どこか柔らかい声色だった。


「ほんとよ〜。またこういうとこ泊まりたいわ♡」


 カレンは肩にマントをひらりと掛け、笑みを浮かべる。

 無邪気なようでいて、しっかり楽しんでいたのは誰よりも彼女かもしれない。


「やっぱり……こうしてみんなで旅が出来るのが、幸せです」


 エトラは両手で胸元を抱くようにして、小さく微笑んだ。

 その頬は朝日に染まり、どこか照れくさそうだった。


 そんな三人の言葉を聞きながら、アイネスは歩き出す足を止めずに、空を見上げた。


「ええ……きっと、この旅はまだ続きますから」


 澄んだ青空が広がる。

 それぞれの胸に残る温もりを抱えながら、彼らはまた新たな道へと進んでいった。


エルムパレスへと繋がる手がかりを求めて、ワイアットたちは国境の道をひた走っていた。


 青鹿毛の名馬・レガシーロジストが力強く大地を蹴る。

 その背にまたがるワイアットの姿は、まるで風そのもの。

 彼の短い掛け声ひとつで、矢のように駆け抜ける。


 その少し後方では、芦毛のリボーンズエスポワールが蹄を鳴らし、大地を裂くように走る。

 ミレイナは揺るぎない姿勢で鞍上に立ち、風を切る銀髪をたなびかせていた。

 その背後には、アイネスが静かに体を預け、青い瞳で前だけを見据えている。


 空にはもうひとつの影。

 エトラ・セリエドールが箒にまたがり、ふわりと宙を舞っていた。

 黒髪をなびかせながら、彼女は仲間たちを見下ろし、柔らかに笑う。

 「置いていかないでくださいね〜」と声を張り上げ、地上の三人に手を振った。


 大地を駆ける蹄の音と、宙を滑る箒の風切り音が重なり合い、旅のリズムを刻む。

 誰もがそれぞれの想いを胸に抱きながら──新たな国、新たな冒険へと駆け抜けていった。


進む道の先、カレンがふと目を細めて指を差した。


「……ワイアット? あれ、ジグじゃない?」


「ん?……本当だ。なにやってんだアイツら?」


 見れば、森のはずれで派手に暴れている一団がいる。

 中心にいるのは、何かと張り合ってくる“自称ライバル”のジグとその仲間たち。

 しかも今は──魔獣にぐるりと取り囲まれていた。


「クソ! なんでこんな!?」

「見張りは付けるべきだね……!」

「不覚だ……!」

「ジグ様〜なんとかしてくださらない〜!」


 パーティの叫び声が森にこだまする。

 ワイアットは思わず苦笑いを浮かべ、荷物から現世から持ち込んだ拡声器を取り出した。



「おーい! お前ら、丸腰でなにやってんだ? んな魔物さっさと倒せよ!」


 森じゅうに響き渡る大声に、魔獣も一瞬びくりと足を止める。


「ワイアット!? 知らねえよ! 朝起きたら財布も武器も、なんか無くなってたんだよ!!」


 必死に叫ぶジグ。

 その言葉に、ワイアットはニヤリと口の端を吊り上げた。


 そのすぐ隣で、カレンがと口元を隠して笑っている。

 ──彼らの所持品の行方に心当たりが


「ワイアットー! 助けて!!」

「後生だ! 頼む!」

「ワイアット様〜お願いですわぁーー!」


 ジグの仲間たちが、悲鳴混じりに一斉に叫んだ。

 その声に、ワイアットは鼻で笑いながら肩をすくめる。


「しゃあないな〜……」


 ミレイナがちらりと視線を寄越す。

 その瞳は静かに燃えていた。


「我が君……助けてあげたらどうです?」


 促され、ワイアットはにやりと笑う。

 すぐにレガシーの首筋を軽く叩き、声を張り上げた。


「行くぞ、レガシー!」


 次の瞬間、レガシーが土煙を巻き上げて疾走する。

 蹄が大地を裂き、突進の勢いのまま魔獣の群れへと突っ込んだ。


 バキィッ!!


 前脚が唸りを上げ、巨体の魔獣の顎を捉える。

 骨が砕ける音とともに、魔獣は地面に叩き伏せられた。


 続けざま、ミレイナがリボーンズの背から軽やかに飛び降りる。


「アイネス! ちょっと手綱を持っていてください!」


「ええ、任せて」


 アイネスが落ち着いた声で応じると同時に、ミレイナのが宙を舞った。

 抜き放たれた剣が、閃光のように煌めく。


 ザシュッ──!


 一閃。

 魔獣の首が宙を舞い、血煙を残して大地に崩れ落ちた。


 ワイアットとミレイナ。

 わずか二人と二頭の動きだけで、群れは瞬く間に制圧された。


 地に伏した魔獣の間で、ジグ一行はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。


「くっ……助けられたな……」

「ありがと……/// 意外といいヤツだな……」

「感謝する……見直した」

「ワイアット様♡ ありがとうございますわ♡」


 ジグ一行が、それぞれ悔しそうに、あるいは照れ隠しを混ぜながら口々に礼を述べた。

 その様子に、ワイアットはにやりと口の端を吊り上げる。


「なんで助かったって思ってんだ?」


「……え?」


 四人の顔が一斉に固まる。

 ワイアットは肩をすくめて、軽く顎をしゃくった。


「財布なくしたんだろ? 次の国着いたら金おろして払えよ?」


「はぁ!?」「ふざけんな!」「そんな金あるか!」「騙されませんわ!」


 四人揃って怒鳴り返す。

 しかしワイアットは涼しい顔で、いつもの調子のまま声を張った。


「じゃあいいよ──アイネスー!」


「はーい」


 アイネスが目を細め、澄んだ声を紡ぎ出す。

 空気を震わせるその歌は、澄んでいて、どこか妖しい。


 途端に森の奥からガサガサと音が響いた。

 数匹の魔獣が、唄に導かれるように姿を現す。


「ちょ、ちょっと待てぇぇぇ!?」「やめろワイアット!」「後生だぁぁ!」「ワイアット様ぁぁぁーー!!」


 ジグ一行の苦悩は、まだまだ終わりそうにない。


ジグ一行が半泣きで魔獣に追われる中、ワイアットは馬上で肩を揺らし、腹の底から笑った。


「はーっはっはっはっ!! 俺をタダで動かせると思うなよ!!」


 高笑いは森に響き渡り、夜鳥すら飛び立つほどだった。

 レガシーが誇らしげに嘶き、ミレイナは呆れながらも「我が君らしい……」と小さくため息をつく。

 アイネスは静かに唇に指を当て、歌をやめると魔獣たちは散り散りに去っていった。


 背後で「ふざけんなーー!」「ワイアットの鬼畜ーー!」と叫ぶジグたちを置き去りにし、

 ワイアットは涼しい顔のまま手綱を操り、颯爽と森を後にする。


 その横で、カレンが楽しそうに笑っていた。


「あ〜、面白かった♡ やっぱ最高だわ、ワイアット!」


 彼女の笑顔と共に、旅の一行は次の国を目指して進んでいく。

 ──背後には、ジグ一行の悲鳴がいつまでも木霊していた。


森を抜けると、視界の先に城壁の高い都市が現れた。

 石畳の街路、行き交う馬車、香ばしいパンの匂い。

 ワイアットたちは次の国──交易で賑わう「バルシュタイン王国」へと到着した。


「ふぅ……やっと文明的な場所に着いたな」


 ワイアットは馬から降り、街の門を見上げながら伸びをする。

 レガシーとリボーンズは蹄を休めるように鼻を鳴らし、エトラの箒も地面に降り立った。


「さて……エルムパレスの手がかり、探さなきゃですね」

 ミレイナがきちんと鞘に収めた剣を手にし、真面目な口調で言う。


「情報収集は図書館や古文書を当たってみましょう」

 アイネスも落ち着いた声で提案する。


 一方その頃──カレンはすでに街の商人と交渉中だった。


「これ、見てよおじさん♡ なかなかの業物でしょ? ……で、いくらで買ってくれる?」


 テーブルに並べられていたのは、どこかで見覚えのある剣や鎧。

 昨夜ジグ一行から“お持ち帰り”してきた戦利品である。


「ほぉ……いい細工だな。少なくとも50万ダストの値はある」


「やだぁ♡ そんなに〜? じゃ、もうちょっと色つけて♡」


 カレンは胸元を押さえて小首をかしげる。

 商人は鼻の下を伸ばしながら財布を開き、結局二倍近い値段で買い取らされる羽目になった。


 戻ってきたカレンはご機嫌で金貨袋を振って見せる。


「はい♡ 今日の宿代と飲み代はあたしが出すから安心しなさい!」


 ワイアットは目を細めてその袋を眺め、にやりと笑う。

「……お前、やっぱヤベえな」


「何を今さら♡」


カレンは笑いながら腰に袋をぶら下げる。


一日中、バルシュタインの街を駆け回った。

 古文書館、商人ギルド、旅人の寄合所──手がかりになりそうな場所を巡ったが、収穫は何もなかった。


「……結局、目ぼしい情報は得られませんでしたね」


 ミレイナが肩を落とし、手帳をぱたんと閉じる。

 真面目な彼女らしく、少しだけ悔しそうだった。


「ま、そういう日もあるだろ。焦っても仕方ねえさ」


 ワイアットは軽く手を挙げて笑ってみせたが、その声にいつもの勢いはなかった。

 レガシーもリボーンズも街外れの厩舎で休ませている。仲間たちも少し疲れた様子だ。


「じゃあ……せめて、今夜はゆっくりしませんか?」


 アイネスが落ち着いた声で提案する。

 その言葉に、皆の表情が少し和らいだ。


「いいね♡ 一日タダ働きだったんだし、せめて飲んで忘れましょ」


 カレンは金貨袋を軽く振り、にっこりと笑った。

 換金した“臨時収入”が、ここで役に立つらしい。


「えっと……私も……その……皆さんと一緒に飲みたいです」


 エトラが控えめに手を挙げると、ワイアットはふっと笑った。


「よし、決まりだ。今日は酒場で慰労会だ!」


 落ち込んだ空気を振り払うように、ワイアットが扉を押し開ける。

 夜の街に灯がともり、酒場のざわめきがあふれてきた。


 ──情報は得られなかった。だが、仲間は健在だ。

 杯を重ねながら、彼らはまた明日へと希望を繋いでいくのだった。


酒場は熱気に包まれていた。

 酌を交わし、笑い合う声が響く。

 ワイアットたちも席を囲み、久々に肩の力を抜いて杯を重ねていた。


「ぷはぁ〜! やっぱ酒場は最高ね♡」

 カレンがジョッキを掲げ、楽しげに笑う。


「ふふ……皆さんとこうして飲めるの、嬉しいです」

 エトラは頬を赤らめ、ほろ酔い気分で微笑んでいた。


 そんな楽しいひとときに、酒場の扉が勢いよく開いた。


 ──ガタンッ!


 入ってきたのは、ボロボロに傷だらけのジグ一行。

 泥にまみれ、衣服も裂け、顔には疲労と怒気が浮かんでいる。

 いつものナルシストじみた調子は微塵もなく、ただ苛立ちが前面に出ていた。


「いい加減にしてもらおう!」


 ジグが怒声を放つ。

 酒場中の視線が、一気に彼に集中した。


「お前は冒険者じゃない! やることなすこと全部イカれてる! 力ずくでも修正してやる!」


 ワイアットは椅子に寄りかかり、ジョッキを片手にしたまま視線も向けない。


「へぇ〜……そうかい」


 気の抜けた声で、まるで他人事のように返す。


「真の勇者、ジグ・バルカローネが裁きを下す!」

 ジグは拳を震わせ、テーブルを叩いた。


「勝負しろ! 明日の朝、町の広場で決闘だァ!!」


 その宣言に、酒場はどよめきに包まれる。

 だがワイアットの態度は、相変わらず無関心のままだった。


「ちなみにもう街中に言いふらしておいた!」

 ジグがニヤリと口角を吊り上げる。


「逃げたら貴様は全世界の恥さらしだぞ! あの──冒険王と言われたワイアットォ!!」


 ──バタンッ!

 テーブルを叩き割らんばかりの勢いで、ジグは拳を振り下ろした。

 酒場の空気が一瞬にして張り詰める。


 ワイアットはしばらくジョッキを揺らし、炭酸の泡を眺めていたが──

 やがてすっと立ち上がった。


「よし分かった。逃げも隠れもしねぇ」

 瞳に影を落としながら、低く告げる。


「あいつが大声で喚いたなら──俺は明日、実力で黙らせるだけだ」


 その一言に、酒場中がざわめいた。

 しかし仲間たちは、それぞれ複雑な顔をしている。


「えー……やるんですか、我が君?」

 ミレイナは珍しく口を尖らせ、剣の鞘をトンと指で叩く。


「気が乗らないですね……」

 エトラは頬に手を当て、小さくため息をこぼした。


 だがそんな空気もお構いなしに、ジグは勝ち誇ったように吠える。


「言ったな! 絶対来いよ!!」


ワイアットも念押しで誓う

「そうだな!“逃げたら恥”だな!」


 その声は夜の酒場に木霊し、明日の決闘を待ち望む観客たちの期待をさらに煽るのだった。


バタンッ!

 ジグが勢いよく扉を閉め、酒場を後にした。


 残されたテーブルの上には、叩かれて揺れた皿や転がるジョッキ。

 騒がしい余韻だけが漂っている。


「……ほんっと、勝手な人たちですね」

 エトラが困ったように肩をすくめ、息をついた。


「はぁ……。我が君、無視してもよかったのでは?」

 ミレイナも剣の柄に手を置き、心底ため息を漏らす。


「逃げたら恥、なんて……子どもの口喧嘩ですわ」

 アイネスはグラスを置き、冷めた眼差しで扉の方を見やる。


「でも、まあ……こういうのも面白いわね♡」

 カレンだけはケラケラと笑いながらジョッキを傾けた。


 そんな仲間たちを横目に、ワイアットは肩を揺らし、軽く笑う。


「ま、明日になればわかるさ。俺がどう転んでも──面白いことになるだろ?」


 その無関心とも余裕ともとれる言葉に、仲間たちはまた一斉にため息をつくのだった


酒場を出たあと、ワイアットはひとりニヤニヤしながら革手袋をはめていた。

 街路の明かりは少なく、夜風がひゅうと吹き抜ける。


「ミレイナ、ガス溶接技能講習、持ってるか?」


「持ってる訳ないじゃないですか」

 即答するミレイナ。呆れ顔で腕を組む。


「知ってる」

 ワイアットは悪びれもせず笑い、振り返った。


「エトラ、一緒に来てくれ。音消し魔法、頼んだ」


「えっ、はい!? あの、どこに──」

 エトラは慌ててついていく。


「ジグの宿の“扉と窓”をちょっとふさぐだけさ」


 口笛交じりに言うワイアット。

 その瞳には、まるで子供がイタズラを思いついたときのような輝きがあった。


 夜闇に包まれた路地裏。

 エトラがそっと呪文を唱えると、周囲の音がふっと消え、静寂が訪れる。


「……はい、今なら外には聞こえません」


「よし、助かる」


 ワイアットは道具袋から器具を取り出した。

 火花が散り、ジリジリと金属が溶ける音が静かに広がる。


 宿の扉、そして窓の枠が次々と封じられていく。

 ジグ一行が眠る部屋は、まるで鉄の箱のように閉ざされていった。


「……こ、これ大丈夫ですかね……? このまま出られなくなって……ジグさん達が…」

 エトラが不安げにワイアットを見上げる。


「流石に誰かが気付いてそのうち開けてくれるだろ。──多分」


 無責任に肩をすくめるワイアット。

 その顔は月明かりに照らされ、悪戯っ子そのものだった。



翌朝、町の広場はすでに人だかりでごった返していた。

 昨日の大声での宣言が功を奏したのか、野次馬から商人まで、あらゆる人々が押し寄せている。


「おいおい! 本当に決闘始まんのかよ!?」

「勇者ジグ! 昨日はあんなに吠えてたくせに!」

「何が真の勇者だ!! つまんねーぞ!!」


 観客たちが口々に叫び、空気は不満と失望でいっぱいだった。


 その中央で、ワイアットは悠然と腰かけていた。

 どこから用意したのか小さなテーブルまで置き、湯気の立つ茶を前にして。


「おかしいなぁ……来ないなぁ……逃げたのかなぁ……?」


 超棒読みの声に、広場がさらにざわつく。

 その顔は真剣さの欠片もなく、完全に茶番を楽しんでいた。


「……我が君、棒読み過ぎです」

 隣でミレイナが微笑を浮かべる。剣を膝に置いたまま、軽くため息をついた。


「これがワイアットさんの──“戦わずして勝つ”、ですね」

 アイネスは手元に茶を置き、静かに言葉を添える。


 そのやり取りに、観客の失笑と失望がさらに大きく膨れ上がった。

 やがて広場は「ジグの腰抜け!」の大合唱に包まれた。



その頃、ジグの拠点

「ちょっと!! なんでドアが開かないのよ!!」

 リィナが取っ手をガチャガチャと回し、力任せに押し引きする。

 しかしドアはびくともしない。


「魔法で鍵を壊してもダメじゃないの!!」

 火花が散り、木くずが飛び散る。それでも、結果は同じだった。


「……窓も開かない」

 エルミナは冷静に窓枠へ手をかけ、眉をひそめる。

「というか、全部……外から封鎖されている」


「まさか……やられた……!?」

 ミュラが蒼白な顔で口を覆う。震える指先が、窓枠をかすかに叩いた。


「ま、待て!これは……陰謀だ!封じ込め作戦だッ!」

 ジグは額に汗を浮かべ、血走った目で天井を睨む。

「反則だァァァァァ!!」


 ──バンッ! バンッ!

 必死に叩かれるドア。だが通りには何一つ音が漏れない。


「おい!! 誰か!! ここを開けろォォォ!!」

「くそっ、ワイアットォォォ!! ふざけんじゃねぇぇぇ!!」


 客間の中に、無念のノック音と絶叫だけが虚しく響き続けた。


やがて、衛兵が壇上に上がり、声を張り上げた。


「時間いっぱい、よって! ジグ・バルカローネ一派は不戦敗とし、勝者ワイアット・クレイン!!」


 瞬間、広場は大歓声に包まれる。


「うおおおーーっ!!」

「スカッとしたーー!!」

「ワイアット最高ーー!!」


 観客たちが一斉に拳を突き上げ、口々に名を叫ぶ。

 昨夜までのジグの豪語など、誰も覚えていないかのようだった。


「ていうか……アタシ達も普通に応援されてるよね♡」

 カレンは頬杖をつき、楽しそうに笑った。


 エトラは隣でこくこくとうなずき、少し照れながらも観客の声援を受け止める。


 そんな中、ワイアットは両手を広げ、わざとらしいほど大げさに声を張った。


「逃げるなんて──論外だよな!!」


 棒読みで放たれたその言葉に、広場の熱気はさらに高まった。

 誰もが大笑いし、歓声はしばらく鳴り止むことがなかった。


笑いと歓声に包まれた広場を背に、ワイアットたちは人波を抜けて街道へと向かった。

 レガシーとリボーンズの嘶きが、再び旅の始まりを告げる。


「……結局、まともな情報は掴めませんでしたね」

 ミレイナが歩きながら小さくため息をこぼす。


「まあいいじゃない。お金は稼げたし♡」

 カレンは金貨袋を指先で弾き、カランと軽やかな音を響かせた。


「私……皆さんと旅できるだけで、十分幸せです」

 エトラは箒を抱え、朝日に照らされた笑顔を見せる。


「焦ることはありません。道は必ず、私たちを導きますから」

 アイネスは遠くの空を見上げ、穏やかに告げた。


 その言葉に、ワイアットは口の端をつり上げる。


「ま、次の国にでも行ってみるか。どうせ退屈はしねぇだろうしな」


 青鹿毛のレガシーが力強く大地を蹴る。

 その隣で、芦毛のリボーンズが朝日を受けて輝き、エトラの箒がふわりと宙を舞った。


 仲間と共に進む限り、旅は続く。

 笑いも、戦いも、出会いも──まだまだこれからだ。


 ──ワイアット一行の冒険は、次なる地平へと駆けていく。

次の卑怯な作戦考えないといけませんね

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