第四十三話 夏の終わり
「まず綺羅子は鎌をしまうんだ。あと服が破けているからこれ羽織って。プールで着替える用のタオルだ、キャラが描いてあるのは気にしないで。それと包帯もあるから自分で巻いて」
「あ、え?」
「ほら取って! あとこのジュース飲んでて。鉄分が多いらしい、気休めにはなるはず」
「ああ、うん……」
綺羅子は困惑しながらも鎌を血液へと戻し、渡したものは全部受け取ってくれた。
「そして、白鳥」
「な、何をする気だっ⁉︎」
白鳥は身体をビクリと震わせ、手のひらをこちらに向けて後ずさった。
なんか見たことあるな、この反応。
だから僕はレジ袋から消毒液と包帯を掲げ、言ったことあるような事を言う。
「何をするって、治療だよ」
「ち、治療……?」
「応急処置だけどね。僕みたいなのに治療されるのはちょっと恥ずかしいだろうけど、綺羅子と同じタオルが君の分もあるんだ。ある程度包帯が巻けたらそれを羽織っていいから……」
「何で……」
「ん?」
「何であなたは、わたしに優しくするのに、わたしの愛を邪魔するの……?」
白鳥は震える声で言った。頬には一筋の涙が伝っている。
「それは……」
「動くなっ!」
僕が答えようとした瞬間、入り口の方から怒鳴り声がした。
振り向いてみれば、青い制服の公務員の方々が拳銃を携えてこちらへ向かってくる。
「ひっ」
「綺羅子、何とかできる?」
「ったく、あたしも余裕はねえけど……わざわざ殺し合いに割り込んできたバカのために、文字通りの出血大サービスだ、よっと」
綺羅子が床に手を突くと血溜まりから紅の結晶が析出し、僕らを取り囲むように成長した。
「これならしばらく近づけないね。しかもちょうど目隠しにもなった。ありがとう綺羅子」
「ふんっ」
「さ、今のうちに治療を進めちゃおう。ほら白鳥、ちょっと手を上げてくれる?」
「え、あの……はい」
僕はようやく素直になってきた白鳥の胴体に消毒液を含ませた包帯を巻いていく。
「我慢できないくらい痛かったら言ってくれ。あと……こうやって包帯を巻くとどうしても背中を隠してしまう。嫌かもしれないけど、今回ばかりは勘弁してね」
「……」
「それで、何で君の愛を邪魔するのか、だったっけ」
「っ!」
「正直なところ僕はあえて君の愛を邪魔しようとしているわけじゃない。ここに来たのも、究極的には自己満足のためだ。それでも、敢えて君に言えることがあるとすれば……」
僕は白鳥の目を見た。
怯え切って、涙を溜め、困惑に震え、白夜のような白銀が囲う、夜空の様に綺麗な漆黒を。
「愛とやらがどういうものか、僕にはよく分からない。ただ、少なくともお互いを傷つけずに済む愛し方もあるはずだ」
「そんなのっ」
「酷に聞こえるかもしれないけど、君には綺羅子だけじゃなくて、君自身を傷つけないで欲しい。愚かな連中に屈しないで欲しい。これは僕の身勝手な願いだけど、どうかな」
「……知ったようなことを言うな。バカ」
白鳥は泣いている。泣いているが、少しだけ、笑った気がした。
「こんなことしても、わたしはあなたを好きになったりしないんだからね」
「急に何の話だ。僕はそんなこと望んじゃいない。言っただろ、これはただの自己満足だ」
僕の言葉に続くように、ぐぅ、と白鳥の腹が鳴った。空気の読めないやつだな。
ただ騒がれても困るので、僕は袋から取り出した棒付きの飴を白鳥の口に突っ込む。
「僕は君が不当に扱われなくなれば、それだけでいい」
僕が言い切ると、白鳥星河はとうとう大粒の涙を溢してさめざめと泣き始めた。
「あーあ、泣かしちゃった。チクってやろうかな先生に」
「先生って誰だよ。夏海先生のこと?」
綺羅子がチャチャを入れてきたので、僕は敢えてマジレス気味に返した。
「今日はありがとう綺羅子。この埋め合わせはさせてもらうよ」
「あたしは契約の通りに護衛しただけだっての。恩義なんざ感じてくれるな、めんどくせえ」
さて、その後の話だ。
まずヤンキーたち、WAISの連中、そして白鳥は警察に拘束された。
結構派手にやっていたので、流石に監視カメラに暴力の一部始終が残っていたのだろう。
ただ白鳥に関しては異能力者特別法のナントカ条項のナントカに従って後日珊瑚島に移送されるそうだ。
単に無罪になったというわけではなく、彼女の振るった暴力が無能力者に対する自己防衛と、同じく異能力者である綺羅子とのケンカ以外に確認できなかったからギリギリで逮捕を免れて、保護処分とやらを課される予定らしい。
ちなみに僕と綺羅子、フェルナンデスももちろん警察の聴取を受けたが、その日のうちに帰宅してよいことになった。
僕とフェルナンデスはともかく綺羅子は大丈夫なのかと驚いたが、彼女のタグに残された異能力使用の痕跡が今日と昨日のもの以外に目立った形で検出されなかったからだとか。
後日追加で聴取を受ける可能性はあるそうだが、ラウンドワンの一件などはお咎めなしということで、幸運だった。
では何の問題もなくハッピーエンドかというとそうでもない。
警察とは別口で、綺羅子には珊瑚島への帰還命令が出てしまったのだ。
早ければ明日にでも船で移送されるらしい。しかも、しばらくは事情調査で他の誰とも会えない。
もちろん水族館にも行けないし、許婚の話も強制中断。
こうして、僕と綺羅子の沖縄での夏は、幕を閉じることとなった。
——————
「あれがジンベイザメか。実物は初めてだ。世界に誇る巨大水槽なだけあって迫力があるね」
「見事なものですな。ところであちらのレストラン、席を取れればこの水槽を眺めながら食事ができるらしいですぞ。いかがですかな」
「ん、いいねそれ。でも席が空いてるかな? 結構並んでいるみたいだよ」
「すでに待機名簿に名前を書いておきました。しばらく待てば呼ばれるでしょうな」
「さっすが我が側近、有能さが留まるところを知らないね」
「あの、少しよろしいですか」
国立水族館内部、名物展示の巨大水槽の前で身長二メートルの少女に声をかける女性が一人。
きっちりとしたスーツに身を包んだその女性は首から下げたネームカードを掲げる。
「南西大東大学異能力研究所、副所長の渡嘉敷夏海と申します。あなたが小橋川・フェルナンデス・アンヘラさん?」
「そうですけど……」
「単刀直入に言います。異能力者、留流綺羅子はどこですか」
「綺羅子ちゃんですか? ここには居ませんよ」
「とぼけても無駄です。我々はタグの反応を追跡していますので、半径十メートル以内に彼女が居ることは分かっています。教えてくだされば、手間が省けて助かるのですが」
夏海副所長は明らかにボディガードといった風体のガタイのいい男と共にフェルナンデスに詰め寄った。
だが、フェルナンデスは依然首を傾げ、傍の男性と顔を見合わせる。
「ねえ、セバスチャンは何のことだか分かる?」
「さあ、この老骨にはさっぱり。綺羅子様は本日朝の便で珊瑚島へ戻られたはずでは」
「そうだよねぇ……」
「何を三文芝居を……! タグの反応は確かにここに」
「あっ、もしかして……これかなぁ?」
フェルナンデスはぽん、と手を打ち、肩にかけた鞄から小さなお守り袋を取り出した。
「これ綺羅子ちゃんから貰ったんですよ。中は見てないですけど、もしかしたら……」
「か、貸してみろ!」
夏海副所長はひったくったお守り袋を開け、目を見開き、額に手を当てた。
袋の中には血まみれのタグがひとつだけ入っていた。
ご丁寧に耳たぶごとついている。
そして袋自体が、なぜか人肌程度に温かかった。
「……久々にやられた。生体反応がやや薄いと思っていたが、なるほど。君、グルだね?」
「何のことでしょう? わたしはただ執事のセバスと一緒に観光に来ただけですよ」
「生体反応偽装までしておいて! タグを温めて、切り離したのを誤魔化していただろう‼︎」
「さっきから何を言っているんですか? あーでもそうですねぇ」
フェルナンデスは肩掛け鞄からさらにペットボトル飲料を取り出した。
「私ちょっと体調が優れなくて。お腹を冷やさないよう、温かい飲み物を買いました!」
「こ、この……!」
「副所長、ここで何を言っても無駄です。時間を浪費するだけかと」
「ああくそっ! 結局クソ長い報告書を書かないといけないじゃないか! 行くぞ!」
「お気をつけて〜」
フェルナンデスはお礼も言わずに駆けていく苦労人の背中にひらひらと手を振った。
「お嬢様、ナイス演技でしたな」
「こら、外でその呼び方をしないで」
「そちらからこう呼べと命じたはずでは?」
「それは小さい頃の話でしょ! 今のあなたはタクシー運転手なんだから。まったくもう」
フェルナンデスはふぅ、と息を吐き、大型水槽に泳ぐ魚たちを見上げた。
「これだけやってあげたんだからちゃんとやってよね。綺羅子ちゃんも、紗人も……」
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次回、最終回!
どうなる綺羅子!!
どうする紗人!!!




