第四十四話・終 異能力者の……
「ふぃ、なんとか買えたな。ラスト二つだったとさ」
「ちょうどそこのスペースで食べられそうだね。落とさないうちにいただこうか」
「おう」
通りに面したコロッケ屋の隣の喫食スペースにて。
背の高いテーブルに肘をつき、綺羅子は買ったばかりのコロッケを頬張った。
「んー、なかなかうまいな。ナントカ賞の金賞なだけある」
「なんかこういうのってお金を払ったら貰えるやつだったりするらしいよ」
「んなことは分かってるよ。分かってねーなぁ紗人は。すげえって思ってた方が楽しいだろ」
「それもそうか、ごめんね」
「分かりゃいいんだ」
なんて会話をしながら食べ終わり、僕らは再び通りに戻った。
「にしても意外と暑いな。あたしはもうちょっと肌寒いのを覚悟してたんだけど」
綺羅子は昨日買った二着目のシャツワンピースの袖を摘んで言った。
口調はなぜか不満げだが、別に寒くあって欲しかったわけじゃないだろう。
「北海道とはいえ真夏だ。沖縄ほどじゃないにしても当然暑くなるよ」
「何でお前は知った風なんだよ。って、そうか東京に住んでたんだったな」
「北海道と東京はずいぶん違うけどね」
「あたしらからすりゃ県外なんてどれも似たようなもんだ」
くだらない話をしながら歩く僕らの間を清涼感のある風が吹き抜けていく。
夏は夏でも、流石に北海道の空気は沖縄県の湿った空気とは全く違っていた。
「あの山も冬は雪が積もるんだろ?」
「真っ白になるだろうね」
「雪か、いつか見てみたいな」
「冬に来たらほぼ百パーセント見られるんじゃないかな」
「そうだけど正直飛行機はもう乗りたくないなぁ……用意してくれたフェルナンデスには悪いけど、今からすでに今晩の便が怖いくらいだ。帰るの明日にできねえかな」
「心配せずとも夜には流石に追っ手が到着してるよ。と、噂をすれば……」
スマホが震えたので取り出してみると、フェルナンデスからメッセージだ。
そのほか、あり得ない通知数になっているダイレクトメッセージもある。
「うん、フェルナンデスの偽装工作がバレたらしい。夏海先生が君を探しているみたい」
「ありゃりゃ。なっちゃん先生には謝らねえとな」
「あとは……白鳥から凄まじい数のダイメが来てるけど、これはどうしようか」
「未読無視だ未読無視! あいつめっちゃ重いから、既読つけるなら時間ある時がいいぞ」
「知ってる」
「しかしそうか、もうバレたとなるとうかうかしちゃいられないな。でももう腹一杯だし、何とかしてもう一個くらいなんか食べたいんだけど……」
「それなら僕から提案がひとつ。腹ごなしにサイクリングなんてどう?」
「ああ、いいんじゃねえか。ペダルを漕げば多少は腹も消化も早まりそうだ」
というわけで道端のレンタサイクルをちゃちゃっと借りた。便利な時代だ。
「で、なんであたしが後ろに座ってんだよ」
「君のスマホを使ったら一瞬で位置がバレちゃうだろ。必然的に借りるのは一台になる」
「それは分かるけど、これじゃ腹ごなしになんねーだろ」
「腹ごなしをしたいのは僕も一緒だ。疲れたら代わって貰うよ。義理とか恩とか抜きでね」
「言われなくても」
僕らはしゃらー、と北海道の港町を自転車で走る。
綺羅子がそっと僕の胴体に手を回したことで、ふと想起されたのは珊瑚島でバイクに乗ったあの日のこと。
何も起きていなければ、珊瑚島でも似たようなことをしていたのだろうか。
「綺羅子、耳の傷は大丈夫?」
「おうよ。もう痛くねえし、あと何日か経てば完全に再生して元通りになる。経験上はな」
「これが初回じゃないのかよ」
「へへ、こちとら悪ガキなもんでね。昨日の傷ももう塞がったし、余裕だぜ」
「……それで」
さあ、本題。
これが解決しないことには、帰るに帰れない。
「綺羅子、僕は君から十分恩を返してもらったと思っている。実際、もう僕らは沖縄県を出た。そして、戻れば君は珊瑚島へ強制移送されるはずだ。つまり、沖縄にいる間は僕を護衛する、という契約は北海道に来た時点で実質的に終了している」
「……そうだな」
「だから、残る問題はもう君の返事だけだ」
ただひとつの確認。
それだけのための数日間、その終着点。
終わってみればあっけない。
「君は……僕を許婚として、認めるかい。異能力者のことは何にも分かっちゃいない、ただの思い上がりの無能力者の、この僕を」
言い切った瞬間、喉が渇き始めた。
初日に決めた拒絶される覚悟はとうに薄れている。
僕はあえて、僕自身が綺羅子をどう思っているかは考えないようにした。
だってその答えを僕だけ出したって意味がない。
結局は綺羅子がどう思っているか。
彼女の、気分次第だ。
「えっと、その、あたしはっ、お前のことは、いいやつだと、思ってる……」
「というと?」
「というと⁉︎ だから、アレだ。お前はさ、たまにイヤミな感じだったりとか、言動がよく分かんなかったりとか、ちょっと浮気性な気がしないでもないとか、すぐ身体を張ろうとしたりとか、悪いところも、少しあるじゃん」
「少しというかだいぶある感じだよね」
「で、でもっ」
ぎゅう、と綺羅子の腕に力が入ったのが分かる。
「ちゃんとスジを通そうとするし、根性あるし、それになんかちょっと、優しかったりさ……いいところもあるわけよ」
「悪いところに対して良いところ少なくない?」
「だあもういちいちチャチャ入れんじゃねえ! あたしが言いたいのだはな……くそっ、紗人、自転車止めろ! 降りろ! こっち向け!」
「……」
僕は言われた通りに自転車を止めて降り、同じく自転車を降りた綺羅子に向き合った。
「あう」
「君がそっちを向けって言ったんだぞ」
「わ、分かってるよ……」
目が合った瞬間なぜか彼女はうろたえ始めたが、しばらく待っていると落ち着き、僕の目を真っ直ぐ見つめ返してきた。
「で、ではあたしの答えを、言うぞ」
「うん。僕はもう覚悟できてるよ」
嘘だった。
僕はこの期に及んでまだ、拒絶される衝撃に怯えていた。
最初は別にちょっと嫌だというくらいだったはずなのに、今となっては愛の告白をした返事を待っているような気分だ。
だけどその理由は考えない。考えないと決めた。
だから、彼女の口がいざ動きそうになった時、僕は思わず目をつぶってしまった。
「許婚というよりは、友達っ! 友達から、初めさせてくれ!」
「……ん?」
目を瞑ったせいか、一瞬彼女の言ったことが理解できなかった。
恐る恐る目を開けてみると、綺羅子は頭を下げ、びし、と右手をこちらに差し出している。
「あたしも色々考えたけど、やっぱ結婚ってなるとちょっと、その、い、意味がわかんなくなっちまって! あたしらまだ知り合って一週間も経ってないのに、もう結婚を決めろって早すぎるというか、あたしにも心の準備期間が必要というか」
「その準備期間がこの数日間だったんじゃないのかい」
「足りるわけねえだろ冷静に考えろ! 人生を左右する決定だぞ⁉︎ 耳切り落とすより飛行機に乗るよりよっぽど怖えよ! だから、だからまずは友達から、考えさせてくれないか⁉︎」
「……」
「そっちは、ど、どうなんだよ。受けるのか、受けねえのか」
ちら、とこちらを伺うクリムゾンレッドの瞳は涙目で、その顔は耳まで真っ赤だった。
重ね重ね言うが、僕は不当な扱いというものが嫌いだ。
だからこんな往来で女子に頭を下げさせているというのは、あまり良い気分がしない。
そう、あくまでもそういう理由で、僕は、綺羅子の手を取った。
「分かったよ。まずは友達から始めようか、綺羅子」
「よ、よし! そのつもりならもっと早くに返事をしろよ! 恥ずかしいだろ!」
「だってそれって結局許婚が保留されてんのと変わんないんじゃない? って思っちゃって」
「大違いだ! 保留ってのはもう断ったようなもんだけど、友達から始めるってのはほら、前向きというかもしかしたらそのままって未来もあり得るというか!」
「はいはい、分かったよ。それじゃひとまずこの件は決着ってことで」
「お、おう! それじゃ紗人、次はあたしがチャリ漕ぐからお前後ろに乗れ!」
「え、まだ交代しなくてもいいのに」
「いいから乗れって。あたしのためだと思ってさ」
「君のため?」
「そう」
僕の新たな友達、留流綺羅子はニッと笑って言った。
「友達を乗せてツーリング、一回やってみたかったんだよな!」
あ、やっぱり好きかもしれない。
我ながらチョロくて困る、本当に。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
やや短いかもですが、ある少年少女の夏の物語はいったんここで区切りです。
今回はとにかく好きなものを書こう! という、ちょっとした息抜きのような意味合いもあるお話でした。
テーマは「相互理解」。アレってこうだよねー、あの人ってそうだよねー、という何気ない認識は、実はひどい思い込みになっていやしないか? 的な。そこまで踏み込まずとも、単にお互いを真の意味で理解するのは難しいよねってところからの着想が始まりだったりして。
ちょっとギリギリを攻めたかな? なんて思いつつ(キャラのネーミングとかね!)、個人的には非常にリラックスして書けました。やっぱりキャラが自分で動いてくれると楽ですよね。
あと恒例ですが、この話もどっかで同人本になるかも? 結構おカネがかかるので躊躇しちゃいますが、でも欲しいものは欲しいからな……。
続報は揚旗二箱公式Twitter(@avata_futahako)にてお待ちいただければ!
感想もウェルカムですよ!
ではまたどこかで。
次回作はどうしましょうか。またファンタジーでなんかやろうかな。




