第四十一話 足を動かす理由
「きら星ちゃあん! 待ってた、わたしは待ってたよ‼︎ さあ、愛し合おうよ! わたしを愛してくれるのは、もうきら星ちゃんしかいないんだから!」
「相変わらずイカれたことを言ってんじゃねえ!」
白鳥が近くのテーブルを圧縮した弾丸を発射したのと、綺羅子が胸元から新たな剣を取り出したのはほぼ同時。
弾かれた弾丸がショーウィンドウのガラスを粉々に砕け散らせた。
群衆から悲鳴が上がる中、綺羅子は血の剣で弾丸を弾きながら白鳥との距離を詰めていく。
「紗人ぉ!」
そして彼女は身体から次の剣を取り出しながら叫んだ。
「フェルナンデスを避難させろ! 置いてきちまった! あたしは白鳥の相手をする!」
「……分かった!」
僕を拘束していたやつはもうとっくにいない。
目の前の光景から目を背け、僕は広場から二階へ上がるエスカレーターへと駆け出した。
「余計なことは今考えない、平常心、平常心だ、くそっ‼︎」
目を背けたはずの光景が頭から消えなくて、僕は何度も自分に言い聞かせる。
それでも、ああ、この時見た光景を、僕は生涯忘れられそうにない。
綺羅子がせっかく買ったシャツワンピースはたった数度の異能力の行使でズタズタに裂け、血で真っ赤に染まってしまっていた。
——————
「アンヘラッ! 君は何をやってるんだ!」
「そ、それがこの子、ここから動かないって聞かなくて!」
綺羅子と白鳥がぶつかり合い、あちこちで爆発とガラスの割れる音が鳴る。
アンヘラは戦場と化してしまったショッピングモール二階吹き抜けの隅、おもちゃ屋のそばにしゃがみ込んでいた。
傍には固く座り込んでしまった少女がいる。
「君の筋力なら担いででも連れて行けないか?」
「で、でも途中で暴れて落ちたりしたらもっと危険かも! わ、私、背が高いから……!」
アンヘラはおろおろと立ったりしゃがんだりしている。
少女ほどではないが、彼女もしっかりパニックになっていた。
「よし分かった、落ち着いてアンヘラ。君が動揺していれば、この子にもそれは伝わる。僕が説得してみるから、君は避難経路を確認してきてくれ。入り口の幾つかは人が多すぎたり、瓦礫で使えなくなっているかもしれない」
「わ、わかりましたっ」
アンヘラは戸惑いながらも、僕の提案に従ってさっと駆けて行った。
こういう時は無理に励ますより、別のタスクを与えてやった方が案外冷静に動ける。
そんな記事をネットで読んだような気がしたからやってみたが、意外とうまくいったみたいだ。
「さて、君はどうしたものかな」
僕も僕の仕事をしよう。
側にしゃがみ込むと、少女は恐る恐る僕の顔を伺った。
「やあ。僕は紗人。さっきのお姉ちゃんの友達だよ。君の名前は?」
「……きらりって、いいます」
「ありがとう。僕はこれから外に出ようと思うけど、きらりちゃんはまだここに居たい?」
「あぶない、から。おそとにいきたい。けど、あぶないとき、うごいちゃだめだって、おかあさんが。おかあさん、まいごになっちゃた。お、おいていかないで。いっしょにいて……」
「大丈夫。一緒にいるさ」
綺羅子みたいな名前だが、どうやら幼い頃のアンヘラみたいな性格だ。
自分の置かれた状況は分かっているものの言いつけを守ろうとしているせいで思考のデッドロックに陥っている。
なら、同じ手が使えるかもしれない。
「ねえきらりちゃん。僕と一緒にちょっと冒険しないか?」
「え……ぼうけん?」
「そう、お母さんを探す冒険さ。お母さんはきっと外にいるから、一緒に探しに行こうよ」
「でも、うごいちゃだめなんだよ!」
「知ってるよ。でも、だからこそ冒険なんだ。そうだな、僕が王子様で、君がお姫様。僕は捕まってしまった君を助けにきた、ってことにしよう」
「……おにいちゃんはそのとしでまだごっこあそびがすきなの? おうじさまってほどかっこよくもないし、へんだね」
「変で結構! 僕は僕みたいなやつでも王子様になれる冒険ごっこが大好きなんだ。その方が人生楽しいしね。そして冒険とは自由なものだ。お母さんが言ってたとか、危ないとか、そういうんじゃ止められない。さあお姫様、このお城はもうすぐ自爆します。逃げましょう!」
「ふふ、おにいちゃんおもしろいね。きゃっ⁉︎」
成功だ。僕はきらりちゃんの警戒が緩んだところで、一気にお姫様抱っこで抱え上げた。
「よし! きらり姫、僕の服にしっかり捕まっていてください!」
「ひえ、ひえええええっ」
「紗人!」
と、ちょうどアンヘラが戻ってきた。ナイスタイミング。
「向こうの端から一階に降りた出入り口ならそんなに人もいなかったよ! 使えると思う!」
「でかしたぞ魔法使いアンヘラ! さすがこの王子が最も信頼する部下だ!」
「え、魔法使い? 王子?」
「合わせて……!」
僕の必死の目配せにアンヘラは遅れて気がつき、曖昧にだが首を縦に振った。
「では魔法使いアンヘラよ、君の魔法できらり姫をこの城から安全に脱出させるぞ!」
「ま、任せてください王子! このアンヘラ、命に変えてもお姫様をお守りいたします!」
「よ、よろしくおねがいします!」
きらり姫はこのカオスな状況でも挨拶ができるようだ。なんて健気な。
そう、こういうルールの自家撞着に陥ってしまうタイプには全く別の世界観のルールを一気に押し付けつつロールプレイでゴリ押し、元々のルールを考えさせないようにするのが効く。
副作用として何年経っても大統領呼びが消えなくなったりするが、危機を脱するコストとしては安いものだ。
そんなわけで僕らは保護した子供を抱え、轟音の鳴り止まないショッピングモールを駆け抜けた。途中途中にロールプレイを挟みつつ、命の危機だと感じさせないようにコミカルに。
視界の端では紅蓮が飛び散り、二人の知り合いが殺し合っているのが見えたとしても、だ。
そのまま走り続けて炎天下の駐車場に出ると、きらりちゃんがすぐさま母親を発見した。
「お母さんっ!」
母親はずっとショッピングモールの入り口で待っていたのだ。
すぐ傍に警備員がついているのを見るに、何度も助けに行こうとはしたのだろう。
「きらりっ! ああ、あなたたちにはなんとお礼を言ったらいいか……!」
「大丈夫です。僕らも楽しかったので。ね、きらり姫」
「あのおにいちゃんがね、ぼうけんがしたいって。おうじさまだったんだよ」
「ぼ、冒険……?」
母親は涙目ながらも困惑の表情を浮かべている。
そりゃそうだろう。僕が同じ立場だったらまず目の前に立っているやつの正気を疑う。
「と、とにかく再会できてよかった。じゃあね、きらり姫! 今度ははぐれちゃダメだぞ!」
「うんっ。じゃあね、おうじさまのお兄ちゃん!」
僕は適当に手を振りつつ、アンヘラを連れて駐車場の他の人混みに紛れた。
「ふう、なんとか避難できたね」
「紗人、やっぱりあなたはさっきのが“素”なの?」
「流石に演技だよ。ああした方が安全に避難させられそうだと思ったんだ」
「経験的に、か。私もなんか懐かしい感じがしたよ。ねえ大統領?」
「やっぱり分かった? 今回の僕は王子様さ。不謹慎かもだけど結構楽しかったね」
「……そうやってすぐ王子様とかマジっぽく名乗るからライバルが増え続けるんですよ。これ東京も結構ヤバいことになってる気がしてきたな?」
「ライバル?」
「そして地獄耳だし……」
「よく分かんないけど……アンヘラ、実は僕はトイレがしたくてねちょっと行ってくる」
「ちょっ⁉︎ まさか綺羅子ちゃんたちのところに戻る気ですか?」
僕がショッピングモールの中に戻ろうとすると、アンヘラの長い手に捕まってしまった。
「……勢いで誤魔化せるかと思ったんだけどなぁ」
「誤魔化すって何⁉︎ 紗人、あなたも危険だってことは分かってるんでしょ? 二人の様子はさっき私も見たよ、アレに巻き込まれたらただじゃ済まない! 死ぬかもしれないんだよ⁉︎」
「元はと言えば僕が招いた事態だ。僕にはあのケンカを止める責任がある」
「そんな責任取らなくていい!」
ぎゅう、と手首が強い力で締め付けられる。彼女は骨を折ってでも僕を止めるつもりらしい。
「ねえどうしちゃったの紗人。もしかして綺羅子ちゃんの許婚になったから⁉︎ だから綺羅子ちゃんを助けに行こうとしているの⁉︎」
問われて、僕自身自問自答する。僕のこの衝動はどこから湧いて出ているのか。
綺羅子の許婚としての責任を果たそうとしているのか?
違う。綺羅子だけではない。僕は白鳥星河も救おうとしている。
情が湧いたから? 彼女をこんな目に遭わせた原因としての罪悪感を払拭したいのか?
白鳥星河にも責任を感じているからか? 僕自身もきっとそうだと思ってここまで来た。
だけど、本当に?
「いいや、違う」
声に出してみると簡単だった。やっぱり責任なんか言い訳に過ぎない。
迷子の少女を助けずにはいられなかったように。
白鳥に会わずにいられなかったように。
綺羅子をあの島から連れ出さずにいられなかったように。
アンヘラの友達にならずにいられなかったように。
「僕はただ、不当な扱いが大っ嫌いなだけだ」
理のない感情。強いて言えば怒り。それだけが、僕が足を動かす理由だ。
「あっ……!」
いつの間にかアンヘラは手を放していた。掴み直される前に、僕は一気に駆け出す。
「そこで待ってて! 二人を止めたらすぐ戻って来るから!」
後方に向かって叫び、再びショッピングモールの中へ。
警備員も追ってこない建物の中ではさっきまでよりもずっと激しく戦闘音が鳴り響いている。
「……よし!」
まずは準備からだ。アンヘラをこれ以上心配させないためにも、手早く済ませよう。
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