第三十八話 ふたつの謝罪
「……いた」
白鳥星河がいかなる格好をしているかは聞いていなかったが、遠目で見てすぐ分かった。
一階広場の手前側、円形に配置されたソファだけの休憩所に彼女はいた。
常人ならざる白銀の長髪に、ブレザーとミニスカートの制服姿。
あの日僕らを追いかけ回したのと同じ格好だ。
その理由はおそらく、綺羅子と同様。
少し伏目がちにしてソファに腰掛ける姿はしかし、あの日よりも一回り小さく見えた。
周囲には誰もいない。彼女の放つ異様な雰囲気に、誰も彼もが接近を避けているのだ。
「……よ、よし」
何でもない、大丈夫だと自分に言い聞かせても怖いものは怖い。
僕は覚悟を決め、ゆっくりと歩いて白鳥の前までたどり着いた。
「えっと、隣、いいかい?」
「……どうぞ」
意を決して話しかけると、白鳥は顔を上げすらせずにぶっきらぼうに吐き捨てた。
一応、いきなり襲って来るような敵意は無さそうだ。
僕は許可された通りに白鳥星河から見て右隣に座った。
ちら、と上を伺うと、吹き抜けの二階から綺羅子がこちらの様子を見ている。
「きら星ちゃんは無事なの」
と、白鳥が突然切り出した。いよいよ始まった。
「え? ああ、元気だよ。これだとまるで僕が人質に取っているみたいな言い草だけど」
「人質みたいなものよ。あなたが現れるまで、きら星ちゃんはわたしだけのものだったのに」
「だいぶ自意識が過剰じゃないか? 彼女は君のものってわけでも無いだろう」
「うるさいな。ただきら星ちゃんはちゃんとご飯を食べられてるかなって、思っただけだし」
「今度は田舎のばーちゃんみたいな心配をするんだね……」
「ふん」
白鳥は再び黙り込んだ。
冗談を言ってみたりしても以前のような苛烈な反応はない。
何というか、今の白鳥はどこか元気がなかった。
これは、チャンスかもしれない。
「……あのさ、君がなぜ僕に会いに来たのかは知らないけど、僕の方は今日、君に謝罪をしに来たんだ。君の、背中のことを」
「……」
「僕は綺羅子を助けようとして、君に背中を隠せと言った。でもそれは“瞳の痣”を隠せ、って言いたかったわけじゃなかったんだ。ただ君の気を引きたくて、必死で……君がそうしている意味なんか考えもしなかった。だから、ごめん。これが、ひとつめの謝罪だ」
「……」
「い、いやさ? 僕は痣のことじゃなくて、普通に背中を露出しすぎだって言いたかったんだよ。だってお尻まで見えちゃってるじゃん。だから君の痣を侮辱したかったわけじゃ」
「もういい。ほんとうるさいなお前は。ほっといてよわたしの背中のことは。謝られてもムカつくだけだし。というか指摘が普通にキモいし」
「ご、ごめん」
「それで?」
白鳥は少し顔を上げ、ギロ、と僕を睨んで言った。
「ひとつめって言ったな。ふたつめの謝罪って何」
「ああ……これは、正確には君への謝罪じゃないんだけどさ……」
僕は手のひらに汗が染み出しているのを自覚する。
だが殺される恐怖からかと言われれば、違う。
この恐怖は、自分自身へ向き合う恐怖だ。
「君の言った通りだった。僕は、綺羅子のことを何ひとつ分かっちゃいなかった。だからふたつめは謝罪というより、懺悔、かな」
「へぇ、認めるんだ」
「ああ。認める。僕は思い上がりの大馬鹿野郎だった」
口にしていくと、恐怖がだんだん怒りへと変わっていくのが分かった。
他ならぬ自分自身への、怒り。
「僕は綺羅子の悩みとか、抱えているものを知らなかった。知ろうとしていなかった。綺羅子だけじゃない。他の異能力者……きっと家族のことすら、本当の意味では何も知らない。幼馴染のことも、その他の人のこともだ。ひとつの事例を知っているだけで、全てを知った気になっていた。それなのに思い上がっていたんだ。思い上がりに、気がついた」
「……」
「だから君に会いに来たんだ。白鳥星河」
僕は白鳥に真正面から向き合った。
宇宙空間のような漆黒の瞳孔の奥まで見えるように。
「僕は綺羅子のことをもっと知りたい。綺羅子の大切な幼馴染である君のことも。君の目には綺羅子がどう映っている? 君の目に、僕はどう映っている? 教えてくれないか」
「……わたしから見たお前? 意味の分からないただのアホ男子」
白鳥はふい、と僕から目を逸らし、広場の隅の水槽の方を見た。
「どうしてお前なんかがきら星ちゃんの許婚なのか、本当に理不尽だと思う。わたしの方がきら星ちゃんを愛していると思うんだけどなぁ」
「許婚になるかどうかは愛の多寡じゃないだろ」
「こういう理不尽を専門用語ではNTRって言うらしい」
「寝取ってないし君も寝てないだろ」
「小学生の頃は一緒にお昼寝したもん」
「一応確認だけど寝取られの“寝”の部分が純粋な睡眠行為だとは思ってないよな?」
「うるさい。話し方がオタクすぎてキモい」
「んな理不尽な……ん?」
思ったより白鳥が話せるやつだったからか、僕は緊張がほぐれてきていた。だからだろう。
そっぽを向いている白鳥の制服の袖部分がボロボロになっていることに今更ながら気がついた。
というかよく見れば、白鳥の格好は全体的にボロボロだった。
服の端はあちこち裂けているし、靴に至るまで土埃の汚れがひどい。髪もボサボサだ。
「し、白鳥。ちょっとこっち向いて」
「……今度は何」
やっぱりだ。
白鳥の目の下には大きなクマがある。
ほぼ消えかけているが、頬には内出血のような傷もある。
そして全体的に汚れが目立つのは、もはや言うまでもなかった。
「白鳥、ここに来るまでに何があった」
「お察しの通り色々あったわ。珊瑚島の外には初めて出たけど、わたしみたいなのって結構嫌われてるのね。異能力者嫌いのやつらに何回か襲われた。みんな返り討ちにしてやったけど」
「返り討ちって、嘘つけ。ただ追い払っただけだろ。君は……殴られているのに」
「どっちでもいいでしょそんなの」
「というか宿は? ちゃんと寝てるのか?」
「逆に泊まれると思う? 野宿よ、野宿。わたしは自分の資産を全部きら星ちゃんのために使いたいからむしろ好都合だけどね」
「んな強がりを言ってても始まらないだろ……」
「強がりですって?」
白鳥の声色に怒りが滲み、僕は思わず身構えた。
だが、彼女はそのまま肩を落とし、ふうと息を吐いた。
「……まあ、強がりなのは認める。こんなこと言うのも情けないけど、正直こんなに拒絶されるだなんて思ってなかった。お店とかに入れないのはまあ、わたしの服装がそもそもって話はあるかもしれないけど。銭湯もダメだったわ。背中のコレは刺青じゃないっての。だから今のわたしはきっと臭いよ、嗅いでみる?」
「冗談を言ってる場合じゃないだろ。友達に風呂を貸してもらえるか聞いてみる。僕と綺羅子が泊まっている宿を手配してくれた子だ。もしかしたら一泊くらいなら……」
「よ、余計なことしないでっ」
「ああスマホがっ⁉︎」
僕が取り出したスマホは謎のチカラで引っ張られ、白鳥の手元へと没収されてしまった。
恐らく彼女の異能力であるブラックホールのチカラだ。
「つ、潰さないでよそれ。スマホの買い替えとなったら親に結構渋い顔されるんだ」
「意味もなく潰すわけないでしょ、まったく……」
はぁ〜、と白鳥は何度目かも分からないため息を吐いた。
「あなた、異能力者に慣れているってのは本当みたいね」
「え? いや、それが思い上がりだったんだ。僕は綺羅子のことも君のことも」
「そうじゃなくて! あーもう、言わないとわかんないの?」
「うわっ⁉︎」
白鳥に右手をかざされた瞬間、僕の身体はふわりと浮かび上がった。
さっきスマホを没収した時と同じ、白鳥の異能力だ。彼女がその気になればあの時の車や自転車のように、あっという間に超密度の球体にされてしまうだろう。
だが、右手はまだ挙げない。
なぜなら僕を浮かび上がらせた白鳥星河は、泣いているから。
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