第三十六話 “血塗番長”
「いやぁ、いいモン買えたぜマジで」
綺羅子は上機嫌を隠さずにニコニコ笑いながら言った。
彼女が身につけているのは先ほど買ったばかりのワンピース。
試着後、そのまま着て行くことを選択した彼女は店を出て、フードコートに戻り、席を確保し、沖縄にしかないという妙なハンバーガー屋のセットを食べ始めた今になってもこの調子だ。
上機嫌のままにハンバーガーを頬張り、薬品のようなというか薬品そのものの(具体的には湿布の)味がする謎の炭酸飲料をストローでズゴゴゴと勢いよくすすり上げている。
「ぷはっ。本当にありがとな二人とも。あたしひとりじゃ絶対買ってないよこの服」
「力になれたならよかったよ。まさか今日着ちゃうとは思わなかったけどな」
「明日着る服を買う約束だったからか? 大丈夫、二着買ったから」
「お、同じのを二着買ったの……? 色とかも全く同じなんだよね?」
思わず聞き返してしまった僕に綺羅子は「ああ」と頷いた。
「いつもの癖でつい、な」
「癖……そういえば綺羅子ちゃんは今日までずっと同じ制服を着ていましたね。服の種類に何かこだわりがあるんですか?」
「そう言えば話したことないか。いやいや、こだわりとかそんなんじゃなくて……あたしの服、すぐ壊れるからさ。紗人は分かるだろ?」
「壊れるって、そうか……」
僕の脳裏に珊瑚島での出来事がフラッシュバックする。
鮮やかに咲く血の刃は、彼女の肌を突き破って出てくる。
当然、その先にある服も。
僕はその瞬間をこの目で見たではないか。
「あたしのチカラ、フェルナンデスには見せたっけ」
「え、ええ。ラウンドワンではよく見えませんでしたが、昨日ビーチではっきりと」
「ならお前も察しはつくよな」
はぁー、と深いため息を吐き、綺羅子は天井を仰いだ。
「珊瑚島だとさ、ケンカする時は当然チカラを使ってくるやつばかりなんだ。だからあたしもチカラを使って対抗して服を壊して……ってのを小さい頃からずっとやってた。それでも本当に小さいガキの頃は良かったが、まあこんなチカラが宿っていてもカラダは成長していっちまう。そのうちだんだん恥ずかしくなって、ちょっとでも見えないように中学の制服はスカートを可能な限り長くしてもらったんだよ」
「じゃあ綺羅子ちゃんのあのスケバンスタイルは……」
綺羅子は「ああ」と苦笑しながら頷いた。
「いつの間にか“血塗番長”って呼ばれ始めて、そのうち呼び名はカタカナのよくわかんねえやつに変わってさ。こっちにその気なんか無いってのに挑戦者を名乗るやつが次々現れるようになった。学校の身体検査であたしのチカラに付けられた“階級”もバカどもを焚きつける格好のエサだったしな。そこからはお前らも見ての通り、売られたケンカを買いすぎてヤンキーキャラが染みついちまった哀れな女の出来上がり、ってな」
「異能力の階級って、夏海先生の話していたAとか何とかのやつ?」
「それだ。研究上いかに“使えそうか”の指標で、別に強さに直結するわけじゃ無い。例えばあたしはまさに血が特別らしい。例えば、ちょっと見てろ……よっ」
「うわ」
綺羅子がテーブルに置いて上向けた手のひらから真紅の刃が肌を裂いて飛び出し、すぐに引っ込んだ。
刃が貫いた傷からは血が染み出すが、しかし、すぐに凝固してかさぶたになった。
彼女がそれを躊躇なく剥がすと、傷はすでに跡形も無くなっていた。
「昨日も少し話したが、こんな感じであたしの血は意のままに操れるだけじゃなくて、傷の修復もソッコーだ。異能力者は元々頑丈で傷の治りが早いけど、これのおかげであたしは中でも抜きん出ているらしい。血を作る能力とやらもついでにな。だからよく医学のセンセーたちが会いにくる。なっちゃん先生はその窓口になってくれてんだ」
「何というか、大変そうですね……」
「まあ医学のセンセーたちはあたしにあれこれ注文をつける代わりに、制服を何着でも用意してくれるからな。悪いやつらじゃないんだ。ただ……」
「ただ?」
「おかげさまであたしも制服以外の服が買えるってこと、すっかり忘れてた」
僕が相槌代わりに聞き返すと、綺羅子は冗談めかして答えた。
「珊瑚島を離れてからはチカラを使う機会も少ない。昨日みたいなことがあっても気をつけてりゃこの服を破かずに済みそうだし……だから、正直かなり楽しい」
綺羅子は少し頬を赤くしながらも、満面の笑みを浮かべて、言った。
「紗人、あたしを護衛にしてくれて、ありがとな」
僕の鼓動をはやらせるその笑顔は、同時に僕の中の罪悪感も増幅させた。
「……お礼なんて、いいよ」
その正体は、もう分かっている。
分不相応で、欲張りな願い……自己満足だ。
「わ、私だって! 私だって大統領の秘書として大統領をお守りする立場ですぞ!」
「ああそれ気になってたんだよ。なんだって紗人のことをそんな呼び方するんだ?」
「そ、それは」
「いいじゃねーかよ聞かせてくれたって。あたしも昔のこと話したんだし」
「で、ではお耳を拝借……ごにょごにょごにょ」
「初めての友達! いじめから守ってくれたって、紗人もなかなかやるじゃんか!」
「し、しぃー! せっかく小声で言ったのになんで大声で話すんですか⁉︎」
「あの、二人とも。ちょっといいかい」
僕は大声でギャーギャー騒ぐ二人の会話に割って入った。
「なんだよ、せっかくいいところだったのに」
「いかがされましたか、大統領。お手洗いならあっちですぞ」
「い、いやトイレじゃないんだけどさ。えっと、なんと説明したらいいのか……」
今朝からずっと僕の胸につっかえていたわだかまり。
それを切り出す機会を伺っていたが、このままでは間に合わなくなってしまう。
かといって黙っているわけにもいかない。
今確実にこの流れで言うことではないが、ええい、言ってしまえ。
「もし、僕が今から白鳥星河と直接会う約束をしているって言ったら、どうする……?」
絶句。
口をぽかーんと開けた二人の表情を説明するのに、これ以上適した言葉はなかった。
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