第三十話 愚かな勘違い
「まさかラスト二つとはね」
テレビ効果なのか、お目当ての海の家には割と長い列ができていた。
そして僕らの番でちょうど、タコ焼きそばは本日分完売と相成ったのである。
「結構量もあるし、チーズと挽き肉の匂いがすでに美味しそうだな……!」
綺羅子はウキウキでビニール袋の中を覗き込んでいる。
割としっかりした厚紙の箱が二つ、食欲をあらゆる方法でそそる香りを放っている。
みんなで分けるので、端は四膳。
「これで五百円とは恐れ入るよ。東京だったら千五百円はするはず」
「高えな! やっぱ東京なんて行くもんじゃねえよ。飛行機に乗らなきゃなんねえし」
「逆に行くとしたらどこになるの?」
「どうせ飛行機に乗るなら北海道とかかな。なんかコロッケが美味しいんだろ?」
「割とジャンクなものが好きだよね綺羅子は。普通はいくらとか海鮮丼とかじゃないの?」
「生っぽいのが苦手なんだよ。あたしにはもっと塩、油、大盛り! みたいな方が好みでさ」
「不健康三原則って感じだね……うわっ?」
メガホンでブーストされた声が突然耳をつんざき、僕は思わず耳を覆った。
声のした方を見れば、何やらよくわからない団体が集会のようなものを開いている。
しかも何やらヒートアップしていて、ビーチの監視員らしき人が事態の収拾を図っているようだ。
「何もこんなところで集会なんかしなくてもいいのにね。何を主張しているのかはよくわからないけど。旗に書いてんのは名前かな? ワールド・アズ……」
「いちいち読むなよ。ああいうのはどいつもこいつも関わり合いになるだけ損だぜ、本当に」
「それもそうだね。さっさと戻ろうか」
僕らは足早に元居た場所へ歩いた。周囲の観光客からも不安がる声が聞こえる。
「フェルナンデスが絡まれてないといいけど……」
彼女は背が高いので遠くからでも様子はわかる。よかった、彼女の周囲には誰もいない。
ひとまず安心しかけたが、僕はすぐに異変に気がついた。
誰も、いないのだ。
じゃあ、ナチュはどこに?
僕は綺羅子と顔を見合わせ、フェルナンデスの元へと駆ける。
「あ、二人とも! ナチュくんを見ませんでしたか?」
「やっぱりはぐれたのか。親元に帰った……なら一声あるはずだよね」
「そもそもあいつはずっとそばにいたんだよな?」
僕らが問いかけると、フェルナンデスは悲しそうな顔をした。
「実は先ほど一瞬だけ人に話しかけられたんです。何か署名を集めているとかなんとかって。断ったんですけどしつこくて……よく分からないし住所まで書けとか……それでなんとか追い払ったら、いつの間にかナチュくんが居なくなっていて……!」
「落ち着けフェルナンデス。つまり、君が一瞬目を離していた時間があっただけだ。そう遠くへは行っていないんじゃないかな」
「だといいんですけど……」
「署名野郎はあそこの集会の連中か。迷惑なやつ……おいあれ!」
綺羅子が叫び、指差したのは海の方。
浅瀬で遊ぶ観光客の更に奥、ほとんど人がいない空白地帯に子供が、ナチュがいた。
彼は水面に漂いながらこちらに向けて手を振っている。僕らを呼んでいるのだろう。
なんて、呑気に構えている場合じゃない!
「あいつ多分溺れてる! フェルナンデス、監視員さんは⁉︎」
「監視台はあっちですけど誰もいませんっ!」
「はぁ⁉︎ 監視員はずっといるはず……さっきの集会!」
今になって気づいても遅すぎる事実が僕らに襲いかかった。
海難事故は溺れた当人もそうだが、何より助けに行って共倒れというパターンが一番多いと言われている。
訓練を受けた人間ですら事故死する可能性があるというのに、ど素人丸出しの僕たちに何ができるというのか。
「私、助けに行きます! もしかしたら私なら足が届く場所かもしれませんっ」
「駄目だフェルナンデス! もし君でも足が届かないくらい深ければ引き返せるか⁉︎ 引き返す気がないなら、行っても君ごと溺れるだけだぞ!」
「けど……そんなことを言っている場合じゃないでしょう!」
「フェルナンデスの言う通りだ。今はまごついている場合じゃねえ」
僕とフェルナンデスが言い合っている中、綺羅子はふぅ、と冷静に息を吐いた。
「あたしがやる。紗人、これ持ってろ」
「君が⁉︎ 余計無理だ! 確かに君の身体能力はすごいけど、そもそも背も低いし……!」
「誰があそこまで泳ぐっつったよ」
綺羅子はまるで何でもないようにニッと、笑った。
けどそれはいつものキラキラした表情ではなくて、覚悟の顔だった。
僕には、そう見えた。
「これは、こういう時のためにあるチカラだ」
綺羅子はシャツを脱ぎ捨て、海に向かって駆け出す。
「っ!」
それを見て僕は、息を呑んだ。
彼女の背中に浮かぶ瞳の痣。
血走った瞳のように不気味で、恐怖さえ感じるその痣は、水着の面積では隠しきれないほど大きく、背中のほとんどを覆っていた。
普段ですら少し服の丈が足りないだけで外に見えてしまうのではないか。
白鳥星河のそれよりは小さいが、僕の家族の背中はこうはなっていない。
そもそも僕の家族も背中をあえて見せようとはしていなかった。
拳大の痣でさえそうだったのに、あの面積の痣を露出するのには相当な覚悟が必要だろう。
そうだ。最初の晩、綺羅子は身体には自分で包帯を巻き、僕には背中を見せなかった。
ああ、僕はなんて、なんて愚かな勘違いをしていたのだろう。
綺羅子は海に入りたがらなかった。
陸上部に入れなかった、とも彼女は言った。
何故か。
文字通り一目瞭然だ。普通の水着では、陸上用のウェアでは、背中の痣を隠せない。
「ああ、ああああ……!」
彼女がその痣のためにどれだけの理不尽を背負ってきたのか、想像もつかない。
露出度がどうとか、過去の自分の恥ずべき言動が、思考が、僕の心臓を責め立てる。
「ナチュ、痛いだろうが我慢しろよっ‼︎」
綺羅子の叫びを聞いて、僕はハッと気がついた。
僕がただの役立たずと化している間にも、綺羅子は泳いで素早くナチュに近づいていた。
ある程度近づいたところで立ち上がり、左手を水平に構え、その手のひらから一気に血が噴き出す。
常人では耐えられないほどの大量出血は一瞬で凝固していき、鉤爪の形を成していく。
「くっ、おりゃあっ!」
血に塗れた異能力者は右手で血の鉤爪を掴んで思い切り引き、その根本からずるずると鉤爪に繋がった鎖が伸びていく。
瞬く間に長さを得た鎖を、綺羅子は高速で振り回した。
「ナチュ、捕まれっ!」
綺羅子は叫び、溺れるナチュへ向かって鎖付きの鉤爪を投擲。
わずかに彼の頭上を通り越した鉤爪はその肩部へと食い込んだ。
ナチュ自身もまた、必死で鎖部分にしがみつく。
「よぉし! 痛くても離すんじゃねえぞ‼︎」
そこからは一瞬だった。
綺羅子は鎖を全力で引っ張り、ナチュを素早く浅瀬へと連れてきた。
そして監視員やその他の野次馬が集まりきった頃には、彼女はすでにナチュを抱えて砂浜まで戻っていた。
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