第二十八話 ちゃんと責任は取るんだろうな?
「じゃあまずはビーチフラッグでも……ん、お前その手に持ってるのは何だ?」
「こ、これは、ただ見てただけ。はい、返す」
綺羅子が言及した途端、ナチュは慌てて僕に何かを押し付けてきた。
受け取ってみると日焼け止めのボトルだ。というか僕のじゃん、これ。
「ナチュ、なんで君は僕の日焼け止めを持ってたんだい?」
「別に、取って見てただけだよ」
「取るのも本来はダメなんだけど……」
「ナチュくん。怒らないから本当のことを話してみて?」
「いや、その、えっと……」
フェルナンデスが再びナチュに目線を合わせて優しく諭すも、ナチュはなかなか答えない。
僕は一瞬、ナチュは日焼け止めを盗もうとしたから気まずくて答えられないのかと思ったが違う。
ナチュは明らかに目のやり場に困っていた。
気持ちはわかるよナチュ少年。そのお姉さん、色んなところがおっきいんだもんな。
「ナチュ、僕の方を見てくれ」
僕もしゃがんでやると、ナチュの視線はギュン! と音がするほどの勢いでこちらに向いた。
やっぱりそうだよね。僕は見ていて安心だもんね。
「どうして日焼け止めを取ったの。僕も別に怒ったりしてないから、言ってみてくれないか」
「……ちょっと、使ってみたかった。母さんは毒があるから絶対にダメだって言うけど、みんな使っているのに僕だけ使えないのはヘンだから」
「大統領⁉︎ いかなる魔法を使えばそんなにすんなりと心を開かせることができるのです⁉︎」
「使えばというか使わなければというか……」
「くぅ……まだまだ修行が足りないと仰るのですな」
フェルナンデスは心の底から悔しそうにしている。
真実を告げてもいいのかもしれないが、せめて着替えられる時の方がいいだろう。
「で、どうする? ガチのアレルギーとかだと大変なことになる気もするけど」
「多分大丈夫じゃねーの? 塗ってやろうぜ」
「少々お待ちくださいお二方……」
綺羅子が適当に事を進めようとする中、フェルナンデスはスマホで何かを素早く調べ始めた。
「えーっと、ああ、大丈夫そうですぞ。その日焼け止めに関するアレルギーの報告は調べた限りではありませんし、そういった危惧のある成分も含まれていないと記載があります。ひとまず手の甲とかに少し塗ってしばらく様子を見て、大丈夫そうか見てみましょうか」
「じゃあナチュ、待っている間はあたしと腕相撲で勝負しようぜ!」
「う、うん!」
ナチュは平然を装っているが嬉しそうだ。
ただ日焼け止めを塗るだけであっても、自分がやりたいことをできるっていうのは嬉しいのだ。
丁度僕にも心当たりがある。
(陸上部には入らなかった、ね……)
そして連鎖して思い出されるのは綺羅子の過去話。
やりたかったが、できなかったこと、か。
「おいおい、そんなもんかよ! ちゃんと力入れろ!」
「大人なんだから、手加減、しろよぉ!」
「あいにくあたしは十七歳だからな。大人と子供は都合よく使い分けるぞ。んで、今は子供」
「この、ひきょう、ものぉ!」
一方、ナチュと向かい合って寝そべり、腕相撲に興じる綺羅子はとても楽しそうに見える。
腕相撲が彼女のやりたいことなのか? あるいは、海で遊ぶことが? 珊瑚島での暮らしや、僕との結婚、護衛はどうだ。
僕自身はどうだ。
僕は綺羅子と楽しく過ごせているだろうか?
分からない。自信がない。
楽しく過ごすとは、友達とは、許婚とは、何なのだ。
「うぇーい、あたしの勝ちぃ」
「他の! 他ので勝負だ! 単純に力勝負するんじゃおれが勝てない!」
「おうおういくらでもかかってきやがれ。けどその前に敗北者は罰ゲームだよな?」
「え、ば、罰ゲーム?」
にたぁ、と笑う綺羅子。心の底から楽しそうだ。
その表情は無邪気な笑顔と似ているが、こういうのは無邪気と言わない。
むしろ邪気増し増し、フル邪気とでも言えばいいのか。
「大丈夫、痛くはしねえよ。ただ、よっと」
「うわっ⁉︎ の、乗るな! 放せっ」
「体重はかけてねえだろ。まあ逃げようとしたら抑えるけど」
綺羅子はうつ伏せのナチュに跨り、抑えた手の甲をじっと見た。
「手の甲に塗った日焼け止め、痒かったりするか? 見た目は大丈夫そうだけど」
「全然かゆくない! でもそれがどうしたって……」
「そりゃよかった。ガチのアレルギーだったら罰ゲームじゃ済まなくなっちゃうからな」
「え?」
ああ、綺羅子が何をしたいのか僕には分かったぞ。一応助け舟を出してやろうかな。
「綺羅子、まさかさっき僕にしたみたいに日焼け止めを塗ろうとしてるんじゃないだろうな」
「そのつもりだけど?」
「やっぱりか……アレは激しすぎて青少年の健全な育成を阻害する恐れがある。せめて無理に抑えずに、彼の降参は聞き入れてやってくれないか」
「そんなんじゃ罰ゲームにならねえんじゃ……まあ、いいか。分かったよ。おいナチュ、降参だったら地面をバンバンと三回叩けよ。そしたら止めてやるから」
「こ、降参? おれ今から何されるの?」
「んー? それはなぁ……」
綺羅子は日焼け止めを両手にたっぷりと馴染ませて、ここ一番の笑顔で言い放つ。
「屈辱のくすぐり罰ゲームだっ!」
「あはっ、あはははははははっ‼︎ ちょっと、何っはははははははっ‼︎」
哀れ。少年の柔肌がヌルヌルに蹂躙されていく。
「おりゃおりゃおりゃ! 参ったか? 参ったと言え!」
「ま、負けないっ……おれは負けないっ!」
「おうおう粘るじゃねえか。それじゃこれはどうだっ!」
「あははははははははっ‼︎ やめ、やめてぇっ!」
「降参するなら三回タップだ! それ以外なら全部塗り終わるまで続けてやるっ!」
ナチュは綺羅子の猛攻に耐えている。
こうして客観的にみるとひどく滑稽だが、やられている本人はまるで拷問を受けているかのように脳の電気信号が暴走するのを体感する。
僕自身それで先ほど消えない性癖が目覚めてしまったばかりだと言うのに、ナチュ少年は初めての日焼け止めがこんな形で塗られてしまってはもう本当に後戻りができなくなるに違いなかった。
綺羅子、お前ナチュの初恋の人になっちゃったらちゃんと責任は取るんだろうな?
そんな明後日の心配をしつつフェルナンデスの様子を伺うと、僕と同じく心配そうな顔をしていた。
目が合い、相頷く。ナチュは耐えているが、潮時だ。
「綺羅子、その辺にしておいてあげて。このままじゃナチュの将来が大変なことになる」
「なんで、コイツまだ降参してないぜ?」
「少年にはどうしても守らなくちゃいけないプライドがあるんだ。それを崩されてしまったら、もう二度と元には戻らないんだぞ。具体的には泣き出す上に拗ねるぞ」
「わ、分かったよ……ナチュ! この辺で勘弁してやるけど勝負はあたしの勝ちだからな!」
綺羅子が言うと、ナチュはヒィヒィと喘ぎつつも懸命に頷いた。
「ほら、大丈夫ですか? 身体の前の方は私が塗ってあげましょう」
「う、うん……」
くすぐり地獄を脱したナチュはフェルナンデスの手で助け起こされて残りの日焼け止めを塗られているが、その視線はずっと彼女の豊かな胸に釘付けになっていた。
少年、気持ちはわかるぞ。我々男性としては年齢を問わず、仕方のないことだよな。
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