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第二十五話 太陽光線の暴力

「ハンデとはね、僕もずいぶん舐められたものだ」

「何だ、いらねえのか? 言っとくけどあたしはどのみち手加減しないぜ」

「いらないとは言ってないだろ。ただ僕にもプライドってものが……」

「まあいいじゃないですか、大統領。ここは矛をお納めください」


 僕は余裕綽々の綺羅子としばし睨み合ったが、フェルナンデスが介入してくれたおかげで徐々に我に返った。

 何でか、自分でも意外なほどに熱くなってしまっていたのだ。


「せっかく女子二人と海に来ているのですぞ! ネットのオタクが知ったら総叩きに遭うような絶好の機会にブルーシートの上でじっとしているだけじゃ勿体無いと思いませんか?」

「……分かったよ。大人しく参加するからハンデもくれ」

「おう! ハンデがあっても負けねえからな!」


 綺羅子は再び笑う。

 その表情には少しの悪意もなく、僕は少しムキになりかけていた自分を恥じた。

 きっとさっき不覚にもときめいてしまったせいだ。平常心、平常心……。


「それはそうと大統領、ちょっといいですかな?」

「え、いやちょっ⁉︎」


 だが僕の瞑想はフェルナンデスの急接近によって中断された。

 僕の嗅覚が独特のクールで甘い香りと化粧品的な薬品香を知覚したのとおそらく同様に、西洋遺伝子の象徴たる高くまっすぐな鼻が僕をすんすんと嗅いだ。


「フェルナンデスお前紗人に何をっ⁉︎」


 突然の事態に僕の脳が身体への命令を出し忘れている最中、フェルナンデスは止めに入ろうとした綺羅子を無言のまま手で制し、やがて僕から顔を離すと腕を組んで一言。


「大統領、さては日焼け止めを塗っていませんね?」

「ま、まさか匂いで?」

「ええ。最初は肌つやの感じからもしや、と……水着と一緒にお渡ししましたよね?」


 パラソルに屈んで入っている状態ですらはるか上から降ってきたジト目線に僕は抗えない。


「白状すると、塗り忘れちゃったんだ。せっかく用意してもらったのに」

「なんだ、それなら塗ってきていいですよ。待っていますから」

「いやその、いいよ今更」

「……なんですと?」


 フェルナンデスの片眉が持ち上がる。

 身長も相まった迫力に気圧されそうになるが、僕は踏みとどまった。

 なんか日焼け止め程度を塗りに戻るのが凄まじくダサい感じがしたのだ。

 本当に愚かしい限りだが、僕がおかしいのは今日の最初からずっとそうだ。


「今日は曇りだしさ、二人の時間を奪うわけにもね。ビーチフラッグから始めようよ、ほら」


 そうさ。少なくともこの時はそれが正しいと思った。

 この後に何が起きるのかも知らずに。


「……」

「あの、フェルナンデス?」


 フェルナンデスは一歩も動かない。

 僕に通せんぼをする形で、スゥ、と息を吸って、吐いた。


「一説には、沖縄県の紫外線の単位面積あたりの強度は東京の三◯%増しと言われています」

「でも今日は曇りで」

「そんな生ぬるい認識ではこの先生きのこれませんぞ、大統領!」

「ヒッ」


 迫真の低音ボイスと共にフェルナンデスは僕の肩を掴む。

 そして僕は訳がわからないまま、二メートルの身長が発生する凄まじい膂力りょりょくによってブルーシートへ押し倒されてしまった。

 その大きな手によって両腕を頭上にまとめて押さえられてしまい、格好はさながら取り押さえられた逃亡姫君といった感じだ。

 僕は男だけども。


「あなたはまだ知らぬのです。この島に日本国内で唯一の亜熱帯気候をもたらし、曇りであろうと雨であろうと人間の柔肌をこんがり焼き上げるかの太陽光線の暴力を」

「フェルナンデス? なんか怖いよ? そ、それに僕は別に日焼けなんか気にしてないし」

「本当ですか? 綺羅子ちゃん、証言を」

「紗人、お前バイクに乗った時に日焼け止めがないか気にしてたじゃねえか。だからあたしからフェルナンデスに言っておいてやったのになんでいらねえとか言うんだよ」

「くっ……!」


 フェルナンデスの尋問が手慣れすぎていて抵抗の余地がない。


「あなたの考えなどすべてお見通しですぞ。どうせちょっとカッコつけたくて日焼け止めなんかいらねえよとワイルドアピールをしたかったのでしょう? 数年ぶりに遭遇した美少女幼馴染に男らしいところを見せつけたかったのでしょう?」

「そこまで確固たる動機じゃゃないよ流石に」

「このフェルナンデス、親愛なる大統領プレジデンテに迫る危機をみすみす見過ごすわけには参りません。例えそれがあなたの意向に反することになってもです」


 フェルナンデスは言いながらのしのしと僕の上半身あたりまで移動し、片腕から両脚へと僕の腕の拘束をバトンタッチ。

 つまり僕を太ももで押さえつけるような格好で傍の鞄を探り、小さな日焼け止めのボトルを取り出した。

 ほぼ同時、腰のあたりにも誰かが……というか綺羅子が座ったような感触がある。


「ま、待って! 君たちは一体何をするつもりだ⁉︎」

「何って、分かるでしょう?」

「ひゃっ⁉︎」


 ボトルから日焼け止めが胸に垂れ、僕はその冷たさにまるで少女のような悲鳴をあげた。


「私もこのような手段に訴えたくはなかった。ですが聞き分けのないのが悪いのですよ」

「あたしらは護衛役として、太陽光にお前をむざむざ焼かせるわけにはいかねえんだ」


 ひたり、と太ももの辺りにも冷たい感触がした。


「というわけですから、大統領……」


 そしてフェルナンデスは両手をわきわきとさせ、ニッコリ微笑む。


「覚悟は、よろしいですかな?」

「ちょっと待っ、あんっ」


 そこからの記憶はあまり正確ではない。

 ただ僕は拘束されたまま全身を日焼け止めローションにまみれた手で撫でられ、擦られ、弄られ、嬲られた。

 少女たちの手が肌を摩擦するたびにとめどなく迫る快楽と羞恥心がトリガーとなって愚かな脳がいけない物質を分泌するのを自覚しながらも止められず、いつしか悲鳴を上げるのも忘れ、最終的には理性を手放し思考を停止した。


「よし、これで良いでしょう」

「っしゃ。じゃあ早速ビーチフラッグからだ!」

「ウン、アリガトウ二人トモ。早ク遊ボウ」


 そして解放される頃には、さっきまであんなに頑固にこびりついていた僕のプライドはすっかりこそぎ落とされ、後には素直に海を楽しむ純粋な常盤台紗人少年と、心に深く刻みつけられてしまった特殊性癖だけが残ったのだった。

読んでいただきありがとうございます!

遅くても3日ごとに更新予定!

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