第二十四話 最強装備
青い空に白い砂浜、エメラルドグリーンの海とさわやかな潮風。
沖縄県の海を広告するのに使われがちな典型的な商業イデオロギーだが半分くらいは間違いだと思う。
本日も天候は曇り。
一説には海洋微生物の死骸が発酵した匂いだと言われている潮風は爽やかというよりベタつく感じだ。
「とはいえ不愉快ではないけどね……」
僕は海へと駆けていく観光客カップルの背中を見送りつつ、ふぅとため息を吐いた。
この砂浜は近年造成されたらしく、足元の砂が刺さることなく優しく足の裏を撫でる。
那覇市内からのアクセスも良好で、僕らのようにレンタサイクルで来ている者も珍しくはない。
(今日は頼らないと伝えた時の例のタクシー運転手の表情、散歩の中止を告げられた犬みたいだったな)
なんて、くだらない回想をしながら遠くに目をやると、水平線のあたりに横切る大きな貨物船が見えた。
本来は一昨日の時点で海を眺めていたはずが、遠くまで来たものだ。
水平線のもう少し手前の砂浜には多くの人々が思い思いにはしゃいでいた。Tシャツを着ている者もいるにはいるが、そのほとんどは素直に水着姿。やっぱりフェルナンデスの主張にはやや誇張があったようである。
「……まだかかるのかな」
さて、僕がただひとりでつらつらと内心を語っているのにも、もちろん理由がある。
待っているのだ。女子二人の着替えを。
背後にあるシャワー付きのロッカールームが更衣室だ。
女子の着替え事情はよく知らないが、僕はといえば普通の海パンを履くだけで着替えが終了したのでこうして暇を持て余している。
「あ、日焼け止め忘れてたな」
「大統領、お待たせいたしました!」
と、僕が些細な忘れ物に気がついたところで背後から快活なフェルナンデスの声が聞こえた。
正直この人が多いところでは勘弁してほしいと思いつつも振り向くと、そこに立っていたのは周囲の注目をあり得ないほど集めているラテン系美女だった。
「おぉ……」
感嘆の声は僕自身の喉からだけでなく周囲からも聞こえた。
フェルナンデスが選択したのは鮮やかなエメラルド色を基調としたパレオだ。
散々見てきたように彼女はそもそもかなりスタイルがよいのだが、今回ばかりは艶のある茶色の髪や日本人離れしたボリュームの胸より、健康的に焼けた肌と信じられないほど長い脚に目を奪われてしまう。
衆目を二メートルの頭頂へ見上げさせるのではなく、煌びやかなパレオからすらりと伸びる脚へと視線誘導する作戦なのだとしたら、僕は見事に術中だった。
「どうですか大統領。あなたの親愛なる友フェルナンデスの最強装備をご覧になった感想は」
いつものにへっとした笑顔ではなく、自信満々のサディスティックな笑顔が僕を見下ろした。
「えっと……す、すごいね」
「……まあ、ひとまずはその反応でよしといたしましょうか。あまりわたしばかりのアピールをしても仕方がありますまい」
「何の話?」
「そりゃもちろん、もう一人見てもらうべき人物がいるでしょうに。ほら、綺羅子ちゃん。私の後ろに隠れていないで姿を現すのです」
「ほ、本当に変じゃないんだろうな。なんか周り見てるとあんまり同じようなカッコしてるやついないみたいだけど?」
「そいつらは全員観光客ですぞ。この場の正義はあなたにあります、さあ自信を持って!」
「そこまで言うなら、あたしも意地を張る気はないというか……」
そうしてフェルナンデスの後ろからぶつくさと文句を言いつつよたよたと姿を現したボーイッシュ少女が綺羅子だと僕が理解するのに、リアル時間で一秒はかかった。
綺羅子はオレンジ色のTシャツを着ていた。
キャップを深く被っているせいでその表情は隠れているが、ややオーバーサイズのTシャツから伸びた色白で華奢な腕にまで赤みが差しているあたり相当照れているらしい。
羞恥心に耐えるためなのかシャツの裾をギュッと握っているせいで下半身がやや隠れ、見ていると一瞬下を履いてないのかと錯覚してしまいそうになる。
もちろん実際によく見れば、どうやら黒色の一般的なビキニ型水着を着用しているらしかった。
「おい紗人、ジロジロ見てねーでなんか言えよお前」
「えっ⁉︎ ああ、えっと……」
僕が黙っているのが気に食わなかったのか、綺羅子はやや上目遣い気味に僕を睨みながら言った。
何か言えって、正直に感想を言うなら「今まで見た中で一番可愛いいと思う」なのだが、正直な感想を述べるとロクなことにならないという直感がある。
綺羅子がこれ以上恥ずかしくなるようなことを言ってしまうと火に油というか、なんか怒り出しそうな気がするよね。
そう、彼女はいま羞恥心に耐えている。
ならばかけるべき言葉は。
「よく似合ってるんじゃない、かな? 変じゃないよ、うん」
「ならいいけどよ……よしフェルナンデス、あたしらのパラソルはどれだっけ」
「お任せを、案内いたしますぞ。大統領もついてきてください」
ふぅ、無事に鎮火完了。
何かに納得した綺羅子はそのまま僕の傍をすり抜けて歩き出し、その後をフェルナンデスが追った。
僕は深呼吸して高鳴る胸の拍動を抑えつつさらに後へ続く。
(あやうく好きになってしまうところだった。我ながらチョロすぎる)
やはり家族と暮らしているだけだと女性耐性はつかないらしい。困ったものだ。
この護衛契約期間が終われば僕は正式に婚約を破棄されて東京に帰るというのに、今さら勘違いでも恋愛感情を抱いてしまうと良くないことになるに決まっている。
(僕と綺羅子はあくまでも暫定の許婚関係なだけ。良くて友達だぞ、常盤台紗人)
自分自身に言い聞かせて煩悩を祓っていると、あっという間にフェルナンデスが予約したパラソルの元へ到着した。
すでに彼女が持ってきたブルーシートも敷かれている。
「さ、荷物を置いたら早速遊びましょうぞ。このフェルナンデス、昨日の経験を活かした魅力的なアクティビティをすでに用意させていただきました」
かがんだフェルナンデスが取り出した赤い布の小さな三角旗を見るなり綺羅子が「おっ!」と声を上げた。
さっきまでの羞恥心はすでに霧散したらしい。ちょっと惜しい気もする。
「それでビーチフラッグ勝負をするんだな⁉︎」
「ボールも持ってきていますぞ。別々の種目で三本勝負、負けたらジュースを奢るのです!」
「いいねぇ、俄然燃えてきたっ」
「君ら昨日あれだけ勝負したのにまだ身体が闘争を求めるのかよ」
「何を他人事のように。大統領も参加するんですよ」
「やっぱ僕もなのか」
「そりゃ当たり前だろ? 大丈夫、ハンデはつけてやるからさ」
綺羅子が輝くような笑顔で言った。
その表情で一目瞭然だが、彼女は僕に負けるなど万にひとつも思っていなさそうだった。
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