第二十三話 予防線
「それじゃ、おやすみなさい」
と言うフェルナンデスに「おやすみ」と返事をしたのがおよそ一時間前だ。
時刻は午前零時を周ろうかというタイミング。
僕は……全然寝られていなかった。
(それもこれもインターネットのせいだ)
僕はダークモードの輝きを放つスマホの画面を睨みつける。
珊瑚島での戦闘に関する話題は順調に延焼していて、話の中心は僕ら個人から異能力者特別法がどうとかの話に移り変わっている。
その中でも特に過激な意見のみがレコメンドされる仕組みなので、文字を読むだけで否が応でもマイナスな感情が呼び起こされてしまう。
「あーダメだ。こんなの見ている場合じゃないよ」
僕は自覚的に声に出して呟き、そっと布団から起き上がって洗面所へ移動した。
顔を冷水で洗い、鏡越しに自分の顔を眺める。
これに似た顔の四人。
僕の家族。その全員が異能力者。
綺羅子や白鳥を見て分かったことだが、僕の家族はおそらくそこまで強い部類の異能力者ではない。
強さの定義とは? みたいな話は一旦スルーだ。
要するに、トラブルになった時にどれくらい大きな話になってしまうか、という目安の話だと思って欲しい。
家族が怪我をして帰ってくることはあった。それを治療したこともある。
でも慣れているつもりになっていただけだ。
だからちょっとニュースになったくらいで動揺するのだ。
「僕は綺羅子の……許婚」
白鳥に宣言した瞬間のことがフラッシュバックする。
僕は異能力者のことを、実は何も知らないのかもしれない。
それなのに、結婚だって?
「……寝よう」
ひとつ深呼吸をし、僕は慎重に布団まで戻った。
スマホは手の届かない足元へとぶん投げた。
ちなみにだが布団の並びは川の字を正面から見て左からフェルナンデス、僕、綺羅子。
行儀良く布団に収まっているフェルナンデスの側からは静かな寝息が聞こえてきている。
体力も消耗しているだろうし、安眠できているなら幸いだ。
「平常心、平常心……」
そう、僕の安眠を妨害する要素はもうひとつ、この状況そのものだ。
一体どういうことなんだ。
女子二人とひとつ屋根の下で寝ている、冷静に考えるとドキドキワクワク青春ラブコメすぎるだろ。
これからスケベなハプニングのひとつやふたつ起きてもおかしくない……既に起きていた気もするが、思い出すと余計に寝られなくなりそうだ。
(やはりそういうことになるならフェルナンデスか? 待て待てやはりってなんだよ)
煩悩が過ぎる。寝られなさすぎて頭がおかしくなっているらしい。
僕はなるべく冷静になろうと、左肩を下にしてフェルナンデスに背を向け、
「うわっ⁉︎」
「よお、お前も起きてたのか」
暗闇に爛々と反射するクリムゾンレッドの瞳に思わず小さな悲鳴を上げてしまった。
「お、驚かすなよ。起こしちゃったなら謝るけど」
「まあ起きてたけど、それに紗人は関係ねえよ。単にあたしも寝付けなかっただけさ」
「それじゃずっと起きてたの?」
「お前が念仏のように平常心を唱えるところ、吹き出しそうになった」
「もう殺してくれ」
「待て待て、別にからかおうってわけじゃないぜ」
「じゃあなんだよ」
「あたしもちょうど、同じことを考えたってだけ」
「同じこと?」
綺羅子は首を縦に振り、横たえていた身体を仰向けに、視線を天井へと移した。
「なんか久しぶりだったんだ。異能力のことを考えなくてもいい一日が」
安堵とも、呆れとも、あるいは自嘲とも取れる言葉。
突然の吐露に、僕は言葉を見失ってしまった。
「久しぶりに平常心ってのを手に入れた気がする。船に乗って、ラウンドワンで遊んで……ケンカの時はちょっとだけチカラ使っちまったけど、それ以外はただ友達と風呂に入って、うまいメシ食って、明日は……海に行く」
すぅ、と息を吸い込み、吐く音が聞こえた。
「ただ海に行くってだけなのに緊張するんだ。ガラでもねーけどさ」
「海にはあまり行かないのかい」
「海岸を見るくらいはしてたけどな。最後は確か……五歳とか?」
「沖縄に暮らしているのに」
「案外行かないもんだぜ、海なんて。あたしみたいに友達もいないと尚更な」
「……家族は」
「父さんはどこに行ったかわかんねえ。そして母さんは父さんがいなくなってすぐにあたしを珊瑚島にぶち込んで、手紙と金だけ送ってくる」
「それは、その」
「いらねえこと聞いたなって思ってんならそれは間違いだぜ。お前は保留中とはいえあたしの許婚。自分の相手がどういうやつでどういう家庭なのかはきちんと知っておいた方がいい。後になって後悔しても遅いんだ」
綺羅子の言葉はそのひとつひとつが、僕に何かを言い含めるようだった。
彼女の考える義理とやらを果たし終わって、実際に許婚として拒絶する際に、なるべく僕を傷つけないようにするための予防線。
「……明日も僕の護衛、よろしくね」
「なんだよそれ。でもまあ、任せろ」
綺羅子は再び僕をクリムゾンレッドの瞳で見据え、ニッと笑った。
その輝きを見ていられなくて、僕は目を閉じた。
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