第三部 二話 父親になれなかった皇帝
※全体的に救いがなくて暗いです。ご注意ください。
ユリウスに皇帝の地位を譲ると宣言した時から、王冠は彼の傍からなくなった。本当に退位を決めたのだと実感はしても、それだけで何も感じはしなかった。ユリウスへの心配など欠片もなくて…
「皇帝陛下、無事に離宮へ到着しました。すぐに医師を呼びますので…」
「いらん。どうせいつ死んでもおかしくないのだ。ベッドで休ませてくれればいい」
「畏まりました。では寝所までお連れ致します」
傍仕えの肩を借りて馬車から降りる。たったそれだけの動作さえ困難な程に体が重く、もどかしくてならない。せめて健康な体でさえあれば… そう思ってみても仕方ない。
先代皇帝は類まれなる美貌と頑健な体に相応しく女好きで知られ、離宮にも幾人もの妾達を連れて行った。…その様を浅ましいと侮蔑はしても、類まれなる美貌に羨望など抱けるはずもなくて。
結局、自分と同じく美貌を持たず、氷のような目をした皇后を微かな性欲のままに奪っただけで義務的に交わり、子をもうけた後は寝所どころか食事さえともにすることもなくなった。
…氷のように冷めた夫婦関係が皇帝をひどく惨めにさせた。
「ユリウスはどうしてる?」
「皇太子殿下なら、弟のアルトゥール殿下を見送られた後は政務に励んでおられるかと…」
「そうか。あやつの御世なら帝国はますます豊かになるのだろうな。我と違って、才覚がある」
何か言いたげな傍仕えを追い払い、ベッドへ身を横たえる。覚悟していたとはいえ、馬車での長時間の移動に病弱な体は耐えられなかったらしい。クッションの効いたベッドに安堵を覚えると同時に眠気が襲ってきた。
…ユリウスは精力的に励むだろう。外交、政務、寝所でもセシリアという麗しい正妃を愛でて……
微睡みの中でさえ安寧を覚えることもできず、いつまでこの地獄が続くのだろうと考えてしまう。早く楽になりたいのに、先代の直系の長子という立場に縛られ、皇帝になった後はその比類なき地位によって縛られて…
先代は美しさを持たずに生まれた皇帝を愛さず、ひたすら妾達を愛でることに執着した。死の間際まで必ず若く美しい女達を求めて… あれこそが醜悪なのだと肌に感じる瞬間だった。
「我はそうならんと誓ったが、老いてしまえばなにもかも虚しいだけだな」
老いて尚若く美しい女に執着した先代と、老いて尚も何ら執着らしきものを得られない自分と… より惨めなのはどちらなのだろうか。
考えてみても意味はない。
そんな時でも考えてしまうのは二人の息子たちで。ユリウスとアルトゥールは醜く生まれた両親に似ず、美貌と頑健な体と才覚を与えられて産まれた。
義務的で愛情もなにもない交わりの果てだというのに、どんな皮肉なのか。
名を与えたのは神官で、いずれも神話の中に登場する英雄の名だったか…
微睡みながらそんなことを考えて、ちらりともしも愛せていたらと考えてしまう。親子関係というものが血筋の上の話でなく、本物であったなら?
意味はないと即座に切り捨てる。先代皇帝にそっくりの美貌を受け継いで生まれたユリウスとアルトゥールを侮蔑することしかできなかったのだから。
その答えが見送りのない出立で、皇后でさえご機嫌伺いにも来ない。ユリウスは政務に励み、アルトゥールは20歳にして初めての外交に挑み、皇后は若い青年貴族を漁っているんだろう。
アロイスとウィルヘルムの両親達が執拗に攻め立てていたことを思い出す。どれほど才覚に恵まれようとも、ユリウスとアルトゥールはあなたの愛情を必要としている幼子であるのだと、しつこく喚き散らしていた。
あの時はうるさいだけだと煩わしく思っていた。もしも身を入れて聞いていたら何か違っただろうか…
こんな、こんな孤独な人生を生きずに済んだのか…?
そんなことを考えながら、皇帝はようやく眠ることを許された。安眠とはいいがたいが、それでも思考を止めることができたのは彼にとって幸いだったかもしれない。
この後、ユリウスの戴冠式と同時に上皇と改められた。病弱でやせ細った体でありながら、安らかな死を許されたのはユリウスとアルトゥールに老いの影が見え始めた頃になってからのことで……
長く生きることが果たして、彼にとってどれほどの幸せだっただろう。
お待たせいたしました( ^^) _旦~~ 第三部でようやくユリウスの家族関係が出てきます。ちょっとユリウスとアルトゥールがかわいそうで辛かったです(-ω-;)最後までお付き合いくだされば幸いです(`・ω・´)ゞ




