第二部 四話 ユリウスを囲む状況の変化
ユリウスが執務室へ戻ってからも私のやるべきことは変わらない。グランドハープを弾いたり、広大な庭を散策したりするだけだ。
「ハープの練習をなさいますか? ユリウス様はお気に召しておられます。帝国でも随一の腕前だと」
「えぇ、そうしましょうか」
女官とそんなことを話しながらユリウスの領域へ戻り、用意されているグランドハープの前へ戻った。皇太子の正妃というのはこんな風なのかとぼんやりした気分で考える。
ヴェスペル王国の次期女王として生きていた頃は忙しくしていた気がする。女王の補佐として政務に係わり、時には諸国の使者を出迎えて…
「ちょっと邪魔するぜ! セシリア姫はここか?」
そう言って現れたのは宴の席でユリウスの次にダンスを踊ったアルトゥール殿下だ。正装していた宴の時と違い、幾らか簡素な格好をしている。
「おくつろぎのところ邪魔するよ。無論、タダとは言わないからさ」
同じく幾らか簡素な格好をした銀髪のウィルヘルム様が近づいた女官に革製のケースを手渡しつつ告げた。
「アウローラ王国からの土産だ。二胡っていうらしいぜ!」
私の傍に大股で歩み寄りながら言うと、後ろをついて歩いてきた女官が手近なテーブルにケースを置いて中身を取り出した。
「あなたならすぐに弾きこなせるさ。セシリア殿下」
「二胡ですか… 東洋に伝わる古い楽器ですね。できるでしょうか… 伝え聞いただけなのですが」
女官の手から二胡を受け取り、そっと構えてみる。アルトゥール殿下は女官が慌てて用意した椅子に座り、私の分だったはずのハーブティーを啜ると、
「俺達はただ新妻の暮らしぶりを覗きに来たんじゃないんだぜ。ちょっと兄上は言葉が足りないみたいだからよ。フォローしに来たんだ」
「アルトゥール殿下… わざわざ言う事でもないと思うがね。ユリウス殿下なりにお考えあってのことなんだし」
「いや、こう見えて兄弟だから分かるんだ。兄上は無理してる。それをあなたにどうにかしてほしいんだ」
傍仕えのウィルヘルム様が苦笑混じりに言うのも構わず、女官に二杯目のハーブティーを促しつつ語りだす。
「俺もどこまで把握しきれているかは疑わしいんだけどよ。俺達の父親である皇帝陛下は今日中に帝国の南側にある離宮へ移っちまう。実質、兄上は戴冠式を待たずに皇帝になったってわけだ」
その言葉で諸々の状況の変化に気付き、顔から血の気が引いていく。考えてみれば当たり前だ。どうして安穏としていたんだろう。それまでもユリウスは皇帝の代理として帝国の全てを担い、忙しくしていたはずだ。
それでも私とティータイムを過ごすことができたのはあくまでも代理であったからだ。だけれど、最重要事項を請け負っていた皇帝陛下は政務の要である宮殿を出ていかれた。…ユリウスはその時点で皇帝になったも同然という事だ。
「ユリウスは一人でこの帝国を担っていると… そういう事になるんですね。帝国の政務を一人で…」
「アロイスが手伝っているとは思うが、あくまでも手伝いであって代理になれるわけじゃないからな。実際、俺に仕事が回ってこないのが不思議でならないんだぜ。俺も実質の皇太子になったってのによ」
「ユリウス殿下のご配慮なんだろうなあ。まだお若いあなたには自由でいてほしいっていうさ」
傍に控えたウィルヘルム様が苦笑を浮かべたままで告げる。その言葉に相槌を打ったアルトゥール殿下はやや不満そうな顔をしていた。それから二杯目のハーブティーを啜ると、
「兄上の悪い所な! 一人で何でもできる。できないことの方が少ない。だから、誰にも分けることをしないんだ。昔からだぜ」
アルトゥール殿下の言葉に手が震えてしまい、目聡く気付いた女官が私の手から二胡をそっと取り上げた。
「あなたが悪いわけじゃあないさ。この俺だって同じだ。自分は成人の儀を済ませる前から政務や外交を担ってたってのに、俺には成人の儀の後ものんびり留学してろって? それもおかしな話だろ」
「ユリウスは昔からだったのですね… 奪った後は守ることしかしない」
「悪い癖だな。庇護すること、守ることがなにより大事なことだと思っている。対等の地位ってのも大事だと思うのによ。だからよ! 兄上の所に行こうぜ。今から!」
空になったカップを預けつつ言うと、ソファから立ち上がる。そして宴の席のように手を差し伸べた。…ユリウスの為になるならと私は庭で花を愛でたり、グランドハープを弾いたりと、日々のんびり過ごしていた。
私の存在が癒しになっているというなら、それでいいと疑いもしなかった。
けれど、その一方でユリウスが自分を使い捨てる勢いで忙しくしているなら… 私にもっとできることがあるんじゃないか? ユリウスがどこまで受け入れてくれるかは分からないけれど。
「アルトゥール殿下、感謝します。共に参ります。私も元はヴェスペル王国の女王として望まれた身ですので政務の手伝いくらいできますから」
そっと手を重ねて立ち上がり、エスコートされるまま隣に並ぶ。ユリウスより幾らか近い所にあるアルトゥール殿下の顔を見上げて笑みを浮かべた。
「おぅ! そう言ってくれると思ったぜ。あなたは優しいだけじゃないんだな! 兄上が惚れぬいた女だってだけある。な? ウィルヘルム!」
「あのアロイスが温室の花にするには惜しいと言っているんだ。それなりに胆力のあるお方だとは思っていたさ」
私を挟む形で並んだ二人がまるで気さくな様子で話す。言っていることの意味は分からないけれど、ユリウスがひどく多忙を極めていることとアロイス様が私の力を頼りたがっているのは理解できたから。
「ユリウスはどう思うか分かりません。ですが… 私は温室の花でなく彼の妻になったのです。その違いを分かってもらえたらとは思いますよ」
「そうだな! 俺もいつまでも剣の扱い方さえ知らなかったガキじゃねえんだって分かってもらわないとな」
アルトゥール殿下なりに思う所があったのかもしれない。自分は幼い頃から帝国の政務を担う立場にあったというのに、同じ年齢になった弟のことはいつまでも子ども扱いしてしまっているユリウスに。
お待たせいたしました( ^^) _旦~~ とっても書き慣れてきたアルトゥールくん。出番が増えてしまって、すっかり主役級ですね( ゜д゜)ウム でも! ユリウスにもこれから頑張ってもらいますので。お付き合いくだされば幸いです。




