第二部 五話 セシリアの慈悲とユリウスの懺悔
執務室での俺はセシリアには最も見せられない部分だった。
「ユリウス、本当に夜までに終わるのか?」
「間に合わせるしかないよ。泣き言を吐き捨てる前に手と頭脳を動かしてくれないか?」
そんな愚痴を言いあっているんだから。一事が万事、そんな具合では誰にも見せられたものじゃない。…セシリアは賢い。だからこそ、俺のプライドが許さなかった。
「邪魔するぜ! 兄上」
そんなことを言いながらアルトゥールが執務室に現れても、気に留めている場合じゃなくて。
「今はお前と遊んでいる場合じゃないんだ。見ればわかるだろう? アルトゥール」
書類を片手にしたままでそんな雑なことを返すしかなかった。
「ちょっとだけでいいから付き合ってくれって! 特大の差し入れを用意したからよ」
「今はお前の悪ふざけに付き合っている暇もないんだ」
そう言いながらあるアルトゥールの方へ顔を向けると、その後ろから見慣れたドレス姿が見えた。途端に顔から血の気が引いていく。
「セシリア…!?」
「これはこれは… 歓迎いたしますよ。今はあなたの手も借りたい状況ですので」
なにかを察したアロイスが穏やかな笑みを浮かべて書類の束を差し出している。セシリアは即座に何か気付いた様子で書類に目を落とすと、
「ヴェスペル自治領からの苦情について… 今の領主とはどんな方なのですか? この内容だとあまり上手くいっていないようですが」
アロイスを見上げて不思議そうな顔で問いかける。その顔は凛としていて、政務を担う王女の片鱗を伺わせた。けれど…
「どうしてあなたがここにいるんだ!?」
思わず感情的になってしまう。セシリアは少し考えた後、笑みを浮かべて、
「あなたの妻として、多忙を極める夫を見過ごしてはいられなかったからですよ。アルトゥール殿下に色々と教えて頂きました」
俺に歩み寄りつつ答えた。そして、俺の頬にそっと手を触れさせると、
「私は確かにあなたの妻となったのです。ただ飼われているだけの愛玩動物ではありません」
毅然とした態度で明かしてくれた。
思考が熱を持ち、苛立ちを禁じ得ない。セシリアの前では完璧を極めていたいのに、優しさを取り繕う余裕さえない。セシリアの後ろでアルトゥールが物珍しそうな顔で見ているけれど、気にしてもいられない。
「俺はそんな風に扱った覚えはないよ」
「そうですね。あなたはとても大事にしてくださっている。だからこそ、ですよ。そんなあなたの支えになりたいのです。いずれ皇后となるのですから」
「セシリア…! 再び国の道具になると!? それこそが俺の最も嫌う結末だというのに…!!」
思わず爆発した感情のままに言うと、セシリアは首を横に振って笑みを深めた。そして、ギリギリと握りしめていた俺の手をそっと取り上げ、頬を寄せつつ、
「確かに私は民の奴隷であれ、国を支える道具であれと教えられてきました。民の幸せこそが私の幸せ、そうでなければ女王など務まらないと… お母様はそう教えるしかなかったのでしょう」
とヴェスペル自治領で貴族となった元女王夫妻を思い出し、思考から熱が引いていくと同時にセシリアの落ち着いた声がやけに脳に響く。
…どうして道具であれなどと教えたのか? 俺には分からない。自分の力で道を選んできた俺には… 与えられた状況に適応し、常に最適の道を切り開いてきたと自負できる俺には……
「セシリア、あなたは自由だ。自由でいていいんだ。もう誰の道具でもなければ、誰の奴隷にもならなくていい。幸せでいていいのに、あなたはどうして…?」
「私は自由ですよ。そして、誰よりも幸せです。あなたに奪われたけれど、身をささげようと決めたのは私ですよ。あなたはただきっかけを下さった。それだけです」
その言葉に心の何かが解放されて、涙が滲む。思わずその場に膝をついてしまう。婚儀の際でもなければ皇太子が膝をつくなど、あってはいけないのに。
「俺は罪を犯した。…私利私欲のために帝国の軍を動かし、罪なき人々を不安にさらした。あまつさえ平和を謳歌していた小国を飲み込んでしまった… 俺は俺を許せないんだ。俺の罪が恐ろしい… その強欲を許せない」
セシリアはそんな俺を優しく抱き締めて、
「ユリウス… あなたを愛したこと、後悔したことはありません。あなたはヴェスペルの為にも心を砕いてくださっている。だから、もう許してもいいのです。私はあなたの罪さえも分かち合いたいと思っているのですから」
涙を滲ませつつ答えてくれた。それから、そっと唇を重ねてくる。見慣れた美貌にアウローラ女神の微笑みが重なる。慈悲深き暁の女神が…
「もう自分を許してもいいのですよ。私があなたの何もかもを分かち合いたいと願っているのですから」
こんなことに何の意味があるだろう。だけれど、奪ってでもと狂ったように愛した彼女だからこそ、俺の心は……
「生涯の幸せをあなたに誓おう。セシリア」
「あなたの幸せこそが私の幸せですよ。ユリウス」
そっと跪いて俺と同じ目線に立ってくれたセシリアを抱き締め、何度目かのキスを交わした。それはまるで婚儀のようだった……
懺悔のシーン悩みました(-ω-;)ユリウス殿下は悩むこと多いです。実は。でも、結果的に良いシーンになってくれたかな。セシリアさんもいいキャラになってくれました( ゜д゜)ウム 次回で終わりのつもりです。最後までお付き合いくだされば幸いです。




