第二部 三話 多忙を極める日々の中の癒し
宴の明けた朝から俺の仕事はそれまで以上に山積みになっていた。それまであくまでも代理だったものが、正式に皇帝として指名されたせいだろう。
「ユリウス、お前の署名と捺印を待つ書類はこの山で最後だぞ」
「…簡単に言ってくれるね。お前に代わりにやってほしいくらいだよ」
皮肉交じりに言うと、アロイスが書類の束を片手に苦笑した。それから女官に命じてお茶の支度をさせつつ、
「皇帝陛下は今日中に帝国の南側にある離宮へお移りになる。皇后様を伴われてだ。このままではセシリア殿下にも仕事が回ってくるかもしれんな」
冗談とも本音ともつかないことを言った。俺は女官の用意してくれたお茶を啜った後で、
「冗談はそこまでにしてくれないかな。俺はセシリアの手を煩わせたくないんだ。彼女を道具のようにしたくない」
とヴェスペル王国の王女という道具でしかなかった彼女の姿を思い出し、眉間にしわを寄せつつ答えた。幼い頃から道具として育てられてきたセシリア。おそらく有能な人材であるのかもしれないが、だからこそ、頼りたくなかった。
「…そうか。なら、お前が引き受けるしかないが」
まだ何か言いたげなアロイスに構わず書類の山に取り組む。実際、書類の山だけが俺の仕事じゃない。
「あと少しでセシリア殿下とのお茶の時間だがどうする?」
「もちろん行くよ。その分、お前にも無理をさせてしまうけれど」
「構わん。息抜きは大事だろう」
アロイスの本音に近い言葉がありがたかった。セシリアとの短い逢瀬だけが俺の大事な息抜きになっているのは事実だったから。
「だが、その後は多忙を極めることになるぞ。覚悟しておけ。昨日の宴の席で行われていた密談の報告も上がってきている」
「あぁ、頼りにしているよ。寝所でまで仕事をしたくないからね」
言外にセシリアと共に過ごしたいんだと告げる。アロイスは深いことを問わず、黙って頷いてくれた。新婚夫婦の夜なのだからと気を使ってくれているのかもしれない。
「お前の婚儀の際にはありったけの花を贈らせてもらうよ。皇帝の名でね」
「あぁ、是非ともそうしてくれ。いつになるかは分からんがな」
そんな他愛のないことを話しつつ笑みを交わしあい、二人で執務室を出ていく。
執務室からセシリアの待つ温室へ向かうと、彼女は寛いだ様子でグランドハープを弾いていた。曲名が分からないけれど、どこか楽しそうなのでお気に入りの曲かもしれない。
そんなことを考えつつ歩み寄ると、女官の囁きでようやく気付いたセシリアが俺の方まで歩み寄り、アロイスの前だという事も忘れて抱きついてくる。普段から控えめな彼女にしては珍しく大胆な行動だと思ったけれど、
「ユリウス…! 今朝は早く出て行ってしまわれたので、よく眠れなかったのかと心配していました」
彼女なりに心配の種があったのだと明かしてくれる。そう言われてみると、確かに彼女がよく眠っていたので起こさずに出て行ってしまったのだったか…
理由は仕事が朝早くから山積みだったせいだけれど、素直に言えるほど俺のプライドは低くなくて。
「よく眠れたせいでベッドにいるのも落ち着かなくてね。次はあなたが起きるまで待っていたいなあ」
と冗談交じりに答える。すると、恥じらうでもなく安堵した顔で頷いてくれて、胸の奥底が愛しさで満たされる。アロイスに構わず目元にキスを落とし、重ねるだけのキスを交わした後、二人きりのティータイムとなった。
「あなたはよく眠れているかい? 昨夜も遅くなってしまったけれど…」
流石に意味が分かったのだろう。恥じらうように言葉を濁した後、
「少し遅くなってしまいました。私ももう少し体力をつけなければいけませんね。あなたについていけるように」
と素直に受け取っていいのか分からないことを答えた。少し悩んだ挙句、新婚夫婦なのだし、素直に受け取らせてもらおうかと決めて。
「それじゃ、今宵はあなたに合わせて差し上げようか」
と女官の淹れたハーブティーを片手に言うと、セシリアはガラスのカップを両手で持ちあげると、
「いえ、それは… 大丈夫ですから。女官から教わりました。先代の皇帝陛下は側室を幾人も囲っていたとか。…私は強欲なのです。だから、その…」
耳まで顔を赤らめて言いよどむセシリアが可愛くてならない。けれど、俺が絶倫で有名だった先々代の皇帝のことまで話した覚えはない。
「安心してほしいな。その点においてはね。あなたに苦労をさせてしまうかもしれないけれど」
そう言いながらセシリアの後ろで控えている女官へ目をやると、即座に顔ごと眼をそらすことから、不要な知恵を授けてしまった自覚はあるんだろう。
「そうですか… それはよかったです。私、努力しますから。側室同士で争いが起きて先代様の頃は苦労なさったんだと聞きました。女官から成り上がったせいで散々に我がままを言われたとか…」
「だから… 俺の欲はたった一人にしか向かないよ。気づかないかい?」
そう言いながら彼女の小さな手を取り上げ、そっと手の甲に唇を触れさせる。それから左手の薬指に嵌められた指輪へキスを落とした。
「先代… まあ、俺の祖父に当たる方だけれど同じことはできないなあ。数多の女性達を愛でる余裕はなくてね。あなたの幸せこそが俺の幸せなのだから」
「同じ殿方でもこんなに違いのあるものなのですね。…私、知りませんでした」
「きっと天国で後悔しているよ。たった一人だけを愛し抜くことができなかったとね。父上も後悔しているさ。誰も愛することができなかったとね」
ようやく笑ってくれたセシリアに安堵して、その後は二人きりの時間をのんびりと堪能した。別れ際のキスが長くなったのは新婚なので許してほしい所だ。
このシーン書きやすかったです(・∀・)イイ!! ラブ分高めでお届けしました。もうちょっとギリギリを攻めてみたかったのですが、ユリウスさんが思ってたよりも真面目ですね( ゜д゜)ウム そんな感じで最後までお付き合いくだされば幸いです。




