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第二部 二話 渡り鳥のように宴を楽しむ

セシリア姫を連れて出ていく兄の背中が不意に遠く見えた。皇太子と皇子という違いはあれど、たった二人しかいない帝国の皇子で、将来は当たり前に兄を支える道を選ぶつもりでアウローラ王国への留学を選んだ。


人間が一人もいないエルフの国では帝国の影響力などないに等しい。そんな国で帝国を支えるにふさわしい実力を身に着けようと考えていた。…兄は果たして、そんなアルトゥールを必要としていたんだろうか?


もしもたった一人で帝国を支える道を選んでいたら…?


ワインで気持ちよく酔っていたのに、冷めていくようなことばかり考えてしまうのは兄が先に婚儀を行ったせいだろうか。あるいはアルトゥールの知らない所で恋をしていたから?


「ユリウス殿下も嫉妬するんだなあ」


傍らでウィルヘルムがウィスキーグラス片手に笑みを浮かべつつ言う。悪戯っぽく笑ってはいるが、賢い男だ。あながち外れてもいないだろうと考えたけれど、認めるにはアルトゥールの中でユリウスという兄は理想的過ぎて。


「そんなわけねえだろ! あの兄上が俺に嫉妬なんて!」


そう言いながらも兄にエスコートされて出ていくセシリア姫を見つめる。10年前から知り合っていたというヴェスペル王国の王女だった彼女は思っていたよりも繊細で優しそうな女だった。


「今宵は二人きりでのんびりさせてやれよ。アルトゥール」


「わ、分かってるって! 無粋なことはしねえよ。いくら久しぶりに会うからってさ。今は宴を楽しまないと損だしよ!」


アロイスの言葉に力いっぱい返してみたものの、胸が切なく疼く。皇帝となるユリウスへの寂しさなのか? セシリアへの横恋慕なのかは分からないが…


「お姫様には気をつけな。本気になっちゃいけないぜ。アルトゥール殿下」


「な!? あるわけねえだろ!! セシリア姫は兄上の妻になられたんだぜ! 冗談も程々にしろよな!」


ウィルヘルムの冗談交じりの言葉に反論しては見たものの、否定しきれなかった。そこを見抜いているんだろう。ウィルヘルムはウィスキーを一気に呷った後で、


「人妻になられたのが惜しいと思うほどには麗しいお方だったからなあ。その魅力に惹かれちまうのも分かるさ。ま、ご令嬢は今宵の宴に沢山招待されている。楽しむと良い」


アルトゥールの魅力に惹かれてくれたのだろう。招待されていた貴族の令嬢たちが三人ほど近づいてきていた。


「あ、アルトゥール殿下…! 一曲踊っていただけませんか? 今宵の宴の思い出にお慈悲を頂きたいのです」


声をかけてきたのは黒髪を結い上げた女で、アルトゥールより幾つか年下かもしれない。


「私はアロイス様と…!」


「私は銀髪の素敵なそちらの方がいいです!」


令嬢たちに答えて各々でエスコートしつつ大広間へ向かう。曲は再びゆったりとしたものに変わろうとしていた。


「名前を聞いてもいいか? 俺のことはアルトゥールでいいぜ」


「そんな! では、私のことはアリアとお呼びください。アリアンヌ・ビュセルと申します。アルトゥール殿下」


「ビュセル子爵の娘か! 確か19歳になるんだったか? 知ってるぜ。成人の儀式にいたからな」


そんな他愛のないことを話しつつ、ダンスを楽しみ、その後はワイン片手にアリアの話へ耳を傾ける。セシリア姫とは違う家庭的な様子が窺い知れた。子爵家の令嬢ともなると、そういうものかもしれない。


休日にはメイド長からお菓子作りを習ったり、お茶のブレンドをしたりして過ごしているとか……


命令すること、世話されることに慣れたセシリア姫とは似ても似つかぬ生活ぶりに内心で苦笑した。…王女として、次期女王として育てられたセシリアと、子爵家の娘として慎ましく暮らしているアリアでは比べるべくもないからだ。


「アルトゥール殿下はあの神秘的なアウローラ王国へご留学なさっているんですよね?」


「おぅ! 自由にやらせてもらってるぜ。魔物討伐に加わったり、錬金術を学んだりさ。寿命が長い分、錬金術や魔法に卓越してて面白いぜ」


「魔物討伐なんて…! 勇敢であられるのですね。英雄譚をお聞かせ下さいな。錬金術というものも学んでいらっしゃるなんて、素晴らしいわ」


19歳では早くも大人の領域なのだろう。アルトゥールに媚びてくるアリアに答えて、適当な英雄譚を語って聞かせてやる。


古代竜をアロイスと二人きりで討伐して帰ってきた兄と違って、兄の友人だというエグマリヌというハイエルフを隊長とする討伐隊へ参加しただけだが…


それでもアリアにとっては未知のお話だったのだろう。目を輝かせて聞いて聞くれた。…ひどく戸惑うばかりだったセシリアにはなかった反応で。


「アルトゥール殿下はこのまま宴を楽しまれるおつもりですか?」


「アリアはそろそろ帰るのか?」


「いえ、アルトゥール殿下さえよろしければ、我が家へご招待したいと思いまして… 狭苦しい屋敷ではありますが、料理は自慢できますわ」


言外に寝所で寵愛を賜りたいと言っているのだ。行く末はこのまま側室となれるか、あわよくば正妃の道をも狙っているんだろう。…ワインで良い気分に酔っていた思考が急速に冷めていく。


アルトゥール・ルーナ・オルトスの前にソーリス・オルトス帝国の皇子で、皇位継承権第二位というのが浮かんでしまうのが切ない。


「俺はもう少し楽しんでいくぜ。馬車まで送ってやるからよ」


そう言いながら腰を抱き寄せて手の甲へキスを落とす。これくらいは寵愛でもなんでもなく挨拶の領域となるはずだから。


「…はい。お心遣い感謝いたします。また会っていただけますか?」


「悪いな! あくまでも一時帰国でよ。そんなに日がないんだ。留学が終わったら、またゆっくりしようぜ。その時はお気に入りのブレンド紅茶でもごちそうしてくれよな」


馬車までエスコートしつつ、言外に寵愛を与える気はないと返す。分かりやすくがっかりするアリアを馬車まで送り届けると、体よく断ってきたのだろう。ウィルヘルムが大広間の扉辺りで待っていてくれた。


「楽しめたかい? アルトゥール」


「そこそこな! お菓子作りとお茶のブレンドが好きな素朴なお嬢さんだったぜ。大胆にも寝所へ誘ってきたんで送り届けてきたところさ」


「それが無難だな。ま、今宵はのんびりしようや。酒も料理もたんまりあることだし」


そんなことを話しながらまだにぎわっている大広間へ戻っていく。視界の端ではアロイスが令嬢の為に馬車を呼んでいる所だった。


「アロイス様…! 自慢のバラ園を見ていただけないのが残念ですわ」


「今宵はバラよりも美しいあなたと出会えただけで十分ですよ。では、またお会いしましょう」


歯の浮くような言葉だが、アロイスが言うとサマになっているのが面白い所で。ウィルヘルムと二人で顔を見合わせて、こっそり笑ってしまった。


それから、また適当な令嬢を探す。まるで渡り鳥のようだと自虐しつつ……

宴の席が難しかったです( ゜д゜)ウム アルトゥールに書き慣れてくるとユリウスが難しくなるわけで(-ω-;) でも楽しいので(・∀・)イイ!!でしょう。このシリーズで一番書きやすいのはウィルヘルムさんだったりします。そして、一番難しいのはセシリアさん。そんなシリーズですが、最後までお付き合いくだされば幸いです。

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