十話 奪い尽くしても
※一線を越えた翌朝なので素肌率高いです。
どれだけこの朝を待ち焦がれていただろう。俺は傍らで眠るセシリアを見下ろして、そっと笑みを浮かべた。結局、迎えは来なかった。諸々の事情を察したアロイスの配慮かもしれない。
彼女は俺の行動の意味を知っていた。それでも受け入れてくれて…
ならば、俺はもう一つの憂いを払ってしまわなければいけない。エリック王子の起こそうとしていることを『無かった』ことにするために。
「セシリア、そろそろ時間だよ」
夜明け近くまで寝かせてやれなかったから、もう少しゆっくり寝顔を眺めていたいところではあるけれど、この部屋に近づく気配に気づき、仕方なしに声をかける。
けれど、元からなのか。それとも俺との情事がよほど疲れさせたのか…
俺にすり寄るばかりで起きる気配が全くない。誰のせいで起きられないのか? そう考えると複雑な気持ちになるけれど、これはまだまだ起きそうにないと諦めて、ズボンの上にシャツだけを羽織って出迎えることにする。
部屋の外で出迎えると、すでに戦装束をまとったアロイスが騎士を連れて階段を上ってくる所だった。
「やあ、おはよう。アロイス」
「あぁ、もうあれこれと問いかけはしない。お前も支度するんだろう? 準備はできているぞ」
「そうだね。ところで… 下に女官を待たせていたりするかな?」
俺の言葉に諸々を察したのだろう。アロイスは目を丸くした後で深くため息をつき、小さく頷くだけで去っていった。騎士たちを連れて… その寸前、
「ユリウス、アロイス様の声が聞こえましたが… どうかしたのですか?」
素肌に俺の上着だけを羽織った姿のセシリアが寝ぼけ半分で現れる。俺は去っていく所だった騎士の視線から守りつつ、
「朝食を注文しようか。湯浴みもしなくてはいけないね。今、アロイスが君の女官を呼んでくれているから支度して宮殿に帰ろう」
と額にキスしながら告げる。階下で歓声が聞こえるのとアロイスの怒鳴り声が聞こえることから、俺の防衛もむなしくセシリアのあられもない姿は見られてしまったかもしれない。
「やれやれ… 俺もまだまだ完ぺきとはいかないなあ」
「あなたはすさまじい努力をなさったんだと思いますよ。ユリウス」
労わるように言ってくれるセシリアの頬にキスして彼女を抱き上げ、ベッドへ連れていく。こうなると、昨日買っておいた櫛が役に立ちそうだった。錬金術の品は職人の作ったものと違ってアラが目立つと聞いていたけれど…
「部屋係が起こしに来るまで、まだ少し時間があるからね。手慰みに髪を梳かしてあげようかな」
「はい。ありがとう。ユリウス」
屈託なく笑ってくれるセシリアが愛しくてベッドの上に押し倒したくなってしまうけれど、ギリギリのところで堪える。王女としての地位を払われた彼女はただ整列で心優しい女でしかなくて。
「俺に昨夜と同じことをされるとは思わないのかなあ。あなたは」
と、手を出したのは俺自身なのにこんな余計な心配をしてしまう。
「え…?」
呆れ交じりに言ったことでようやく自分の置かれた立場と、俺との関係の変化を思い出したんだろう。頬を赤らめて言葉を失う。この反応をもう少し眺めていたいけれど…
「今度はもう少し優しくしてあげるからさ」
唇を重ねるだけのキスをして、テーブルの上に置きっぱなしになっていた箱を空け、櫛を取り出す。錬金術で作られたとは思えない精巧さで、実用にも耐えられそうだった。
「これを作ったエルフはよほど手先が器用だったんだね」
「そうですか。エルフ族… 神話の中とあなたのお話でしか見たことはありません。長命の種族で、純血ほど金髪に青い目となるとか…」
「そう話したんだったね。婚儀が終わったら行ってみようか。アウローラ王国へ。きっと俺と友人になった男もまだ生きているよ。あの頃と全く変わらない姿でね。もう10年近く昔になるのに」
そんな他愛もないことを話しつつ、金の櫛で髪を梳かしてやる。思っていたより彼女の髪は柔らかく繊細で傷つけはしないかと心配になったけれど、痛みを訴えないということは俺の手つきも悪くないらしい。
「また街へも行こう。アウローラ王国だけじゃない。もっと色々な国へ連れていきたいなあ」
「良い学びとなりますね。私はヴェスペル王国の中しか知りませんから」
俺は新婚旅行のつもりで言ったのに、やはり意味が通じていなくて。悪戯半分で、
「新婚旅行だよ。セシリア」
と後ろからそっと抱き寄せつつ囁いた。驚いて小さく声を漏らす様まで愛しくてならなくて… ベッドへ押し倒してたまらなくなる。
性衝動というのは全くないわけじゃない。けれど、本当に抱きたいと思うのはセシリアだけだった。…だからこそ、女官達を適当に寝所へ呼ぶ気には一度もならなくて。
「宮殿へ帰ったら、あなたは少し眠っておいで。疲れているようだからね」
「ありがとう。だけれど、大丈夫です。…戦場へ参られるのでしょう?」
思わぬ言葉に目を丸くしたのは俺の方で。セシリアは初めて苦笑して見せると、
「ヴェスペル王家の中では珍しく、私は魔力に敏感なのです。とはいっても、分かるのはずっと後なので全く役に立ちませんが… それに先ほどの騎士達は鎧姿に剣を佩いておいででしたし」
やはり鋭い洞察力の香る様子で明かして見せた。それから、髪を梳かす手を止めた俺の手をそっと握って、
「私は待っています。この帝国であなたの帰りを待っていますから」
優しく笑って言った。何かも覚悟した上でのことだと察し、俺は櫛をベッドの上に放り出して強く抱き締めた。セシリアは何も言わず、そっと背に腕を回して抱き返してくれた。
「これを最後にしてくるよ。あなたの国との戦は…」
「はい。信じていますよ。エリック兄様はおかしくなってしまわれました。もう私の知るあの方ではないでしょう」
「エリック殿下は国を背負うには心が弱すぎたんだよ。俺が自由にして差し上げよう。彼には恨まれてしまうかもしれないけれどね」
俺の言葉に涙をにじませながらも頷く。この帝国で生きていく覚悟を決めてくれた。ヴェスペル王国の次期女王ではなく、ユリウス・ソーリス・オルトスの次期正妃として生きていくことにしたんだと、全身で理解した。
……すべて奪ったはずなのに、奪い尽くしたと感じていたのに。どうして俺は満たされないんだろう。だけれど、こんなに幸せなのはどうしたことなのか…
「最速で終わらせて帰るから待っていて。またデートしよう。街を歩くのもいいけれど、今度は適当な貴族屋敷を訪問してみても面白いかもしれないね」
「はい。あまり迷惑になるようなことは慎まなければいけませんよ。ユリウス」
そんな生真面目なことを言うセシリアの唇をキスで塞いで…
その後は二人きりで朝食を摂って宮殿からの迎えを待ちつつ湯浴みをした。俺もセシリアも宮殿から来てくれた女官の手を借りて、下級貴族ではなく皇太子とその婚約者として高級宿屋から帰還した。
お待たせいたしました( ^^) _旦~~ ラブラブ度高めでお届けします。次回はエリック王子の出番なので、ちょっと小休止ってところで。ラストが見えてきましたが、最後までお付き合いくだされば幸いです。




