七話 狂気に飲み込まれるエリック・ヴェスペル
エリックにとってセシリアはなんだったのだろう。
彼女が人質として出て行ってから、そう考えることが多くなった。今はどうしているだろうという心配から、ユリウス皇太子の褥に呼ばれでもしたらという歪な独占欲にまで発展して。
「エリック殿下、どうかこれ以上はお許しを。帝国側に気づかれる可能性もありますので…」
「これだけ人払いをしてあれば大丈夫だ! 続けろ!」
王宮付きの魔術師に命令して、老齢の魔術師が操る鏡を食い入るように見つめる。エリックの背丈ほどもある鏡の中では帝国風のドレスを着せられたセシリアがユリウスと向き合って話をしていた。
もとから口数の多い娘ではなかったため、専らユリウスの話を聞いてやっている方が多かったが… それでも時折微笑みを浮かべている所からすると、ひどく大事にされているようだった。
エリックではないユリウス・ソーリス・オルトスという異端の男によって。
「何を話しているかまで分からないなどと…!!」
「申し訳ございません! もう私も若くありませんので、これが限界で…」
魔術師を怒鳴りつけている視界の隅でユリウスがセシリアを抱き寄せ、頬に口付けている様が映った。それを最後に映像は途切れてしまい…
気付くと、限界を超えた魔術師はその場に倒れこむ所で。
傍に控えていた騎士が受け止めてやっているのを尻目に捉えながらも、目の前で起きたことが信じられず、全身が震えだすのを止められない。…怒りによって。
「セシリアが… ユリウス皇太子と…?」
「エリック殿下、魔術師を医師へ診せてもよろしいですか? なにやら顔色が悪く、呼吸も浅くなっております」
「好きにしろ! どうせ力が尽きただけだ!!」
騎士の優しさを突き放して、エリックは傍に置かれていたワイングラスを手に取り、残り少ないワインを一気に呷った。それでも気分は晴れない。
結局、手ずからグラスにワインを注ぎ、二度三度と飲み干してようやく気分が落ち着く無様さで。
騎士はそんなエリックに構わず、魔術師を脇に抱えて出ていく。エリックに敬意を払う様子はない。…セシリアあってのエリックだと、そういうことなのだろう。
彼女の為に心から払える敬意もエリックには注がれないという事でしかなく。
「どうして俺は直系じゃないんだ!?」
それでも王族には違いない。そして、傍系といえど残り少ないヴェスペル王家の人間。次の国王にはエリックをと、女王夫妻も望んでいる。ヴェスペル王国はエリックの即位と共に独立国家でなく自治国家へなり下がることも決まった。
そして、それまでにセシリアはユリウス皇太子の正妃となる事も決まっていて。…なにもかもユリウス皇太子の言いなりで、むしろ慈悲深い処遇だと女王夫妻は感謝している有様だ。
帝国の恵みを受けることでヴェスペル王国は医療問題から解放され、年ごとに下がってゆく国民の生活レベルも上がっていくというだろうという筋書きだ。…それもユリウス皇太子からの提案で。
「セシリア… お前ならこの事態をどう見ただろうね。ユリウス皇太子の傍にいるお前は」
ヴェスペル王国でもユリウス皇太子の人気は上昇しつつあり、侵略したというのに手厚い庇護をくれるばかりか、セシリア王女のことも恋人のように大事にしているとあっては、そうなっても当たり前だ。
代わりに悪役扱いされているのはエリックだ。どうして国を空けてでもセシリア王女の傍についていかなかったのか?と批判するばかりか、自治国家の王といえど国王には違いない。
セシリア王女を追い出してでも国王になりたかったのではないかと、声高に叫ばれる始末で。
「ユリウス皇太子が悪いんだ…!!」
誰もいなくなったプライベートルームで呟く。長く伸ばした金髪に紫色の目をした比類なき美貌の男。ソーリス・オルトス帝国の皇太子で、帝国の名を頂くたった一人の……
なにより、常にエリックを慕ってくれていたセシリアを奪ってしまった男だ。聞けば、偽名を使って世界各国を旅してまわったとか、そのさいに古代龍を討伐してきたなどという嘘か誠か分からないことまで噂されている。
民からの信頼も人気も厚く、幼馴染のアロイス・ブランク侯爵と共に帝国を若いながらも牛耳っている男だ。
……ならば、失えば崩壊する?
「っは! ははっ… そうだ。どうして気付かなかったんだ。ユリウスを殺せばいい。そうすれば、俺は帝国をもこの手にできるんだ!!」
誰にともなく宣言する。直系の王女であるセシリアと違って、b王系である証の黒い目に宿っているのは狂気に他ならなかった。
「エリック殿下、ワインのお代わりをお持ちしました」
「すぐに貴族達を集めろ。開戦の準備だ!!」
魔術師を医師の下へ届けた騎士に命令し、ワインのお代わりを注ぐ。
「エリック殿下…!? 何を考えていらっしゃるのですか!?」
「この小さなヴェスペルだけじゃない! 帝国をも手に入れる妙案が思いついたんだ。今宵は祝杯だぞ!!」
そう叫んだエリックに見えていたのはなんだったのか…? 最早、そう問いかける者はどこにもいなかった。
女王夫妻は国の片隅にある屋敷で隠居生活を始める準備をしており、なにより穏やかな暮らしを好むセシリアは帝国に人質として出て行ってしまった。
エリックを狂わせたのは、もしかしたら孤独であったかもしれない。
「帝国が夜の暗闇に乗じて攻めてきたように、俺達も新月の夜を狙うんだ! 敵はユリウス・ソーリス・オルトスただ一人!! 雑魚には目をくれるな!」
集まった貴族達の戸惑いなど構わず、たった一人で命令を下すエリックはもはや正気とは言えなかった。ただ空になっていくワインボトルの数が虚しくて。
(-ω-;)エリックごめんよ。それだけ言っておきます。難しかったです。
悪役って難しいですね。私自身はごく平凡な人間なので狂気なんかないし。さて!どうする!?ユリウスがんばれー!!って感じですね。最後までお付き合いくだされば幸いです。感想くだされば、もっと幸いです。




