表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: 口羽龍
第6章 2人の絆
111/116

2

 翌日、薫はいつものように目を覚ました。今日は休みだが、いつもの休日より早く起きた。今日は香川に向かう。また追い出されると思っても、行ってしまう。それほど、故郷への思いが強い。また帰りたいと思っているが、それは本当にかなうんだろうか? 僕はもう一生東京にいるのでは? 栄作の顔を思い浮かべるたびに、そう思ってしまう。でも、結婚した望の姿を見たいから、また行かないと。


 薫は自宅を出発して、最寄りの駅に向かった。休日、この辺りを歩いている人はまばらだ。昨日の朝の騒然とした雰囲気がまるで嘘のようだ。


 薫は行きの電車に乗った。行きの電車は混雑しているが、平日ほどではない。けっこう乗っているが、静かだ。これがいつもの休日の風景だ。薫は休日、東京を歩く事が多い。大体これぐらいの混雑ぶりだとわかっていた。


 薫は東京駅にやって来た。何度も降り立った東京駅。望と出会って以降、ここに行く事が多くなった。望が引きつけているように見える。望には感謝しないと。


 薫は東海道新幹線に乗った。行先はもちろん岡山駅で、岡山駅から快速マリンライナーに乗って高松駅に向かう。もう何度も行った道だ。これまで行く勇気すらなかったのに、望に会ってから行く事が多くなった。


「父さん・・・」


 薫はまた栄作の事を思い出した。栄作はどんな想いで僕を育てたんだろう。将来、池辺うどんを継いでほしいと願ったんだろうか? きっとそうに違いない。だが、僕は罪を犯してしまい、それを大きな十字架として背負い、東京で生きている。おそらく、池辺うどんの次の大将は望になるだろう。望は栄作から絶大な信頼を得ている。問題を起こさず、とても紳士な性格だ。望なら、きっと池辺うどんを継いでくれるだろうと思っているに違いない。


 東海道新幹線はゆっくりと東京駅を後にした。薫は窓側の席に座り、東京の流れる車窓を見ている。何度も見てきた東京の風景、どうしてこんなになれる事ができないんだろうか? やはり、香川への想いが強いからだろうか? もう僕は栄作と縁を切られて、池辺うどんに来れば追い出されてしまう。どんなにまた働きたいと思っても、それはかなわないだろう。一生、東京でうどんを作らなければならないだろう。なんて悲しい日々なんだろうか? みんなには、本物のうどんを味わってほしいのに。店長として頑張ってはいるものの、どこか物足りない。やはり本場ぐらいの作り方ではないと、自分の思い通りのコシにはならない。そうしたくても、会社の方針でそうはできない。本当につらいよ。


 東海道新幹線は新横浜駅を出ると、スピードを一気に上げた。前に座っている親子連れの子どもは、そのスピードに喜んでいる。思えば自分もそうだったな。初めて新幹線に乗った時、そのスピードの速さには驚いたものだ。図鑑でしか見た事のない新幹線に乗って、あれだけ早く流れる車窓を見て、とても驚いた。今はそのスピードで興奮する事はなくなった。そのスピードに慣れたからだ。


 東海道新幹線は次から次へと駅を通過して、西へ西へと向かっていく。その度に、薫は緊張している。栄作の事を思い出しているからだ。栄作の怖い顔を見ると、本当に帰っていいんだろうかと思えてくる。だけど、結婚した望とその妻を見たいという想いが、僕を引きつけている。


 東海道新幹線は新大阪駅を後にした。ここからは山陽新幹線の区間だ。乗客はまばらになった。それを見ると、徐々に岡山駅に近づいてきたんだと実感できる。それとともに、薫はドキドキしている。どうしてだろう。望の妻がどんな人なのか、楽しみだからだろうか? それとも、栄作にまた会ったらどうしようという緊張からドキドキしているんだろうか? 一体どっちだろう。


 薫は栄作の写真を見た。高校を卒業して、東京の大学に進学するために上京する時に撮った写真だ。家族みんな笑っている。俊介も、安奈も、従業員全員だ。栄作はとても愛情をもって育ててくれた。受験の時には鍋焼きうどんを作ってくれた。入試に向かう時には、手作りのお守りを作ってくれた。合格が決まった時には、みんな喜んでくれたな。あの頃は栄作にとても期待されていたな。将来、池辺うどんを継いで、この味を守り抜くだろうと。だが、今では絶縁になって、池辺うどんに来るたびに追い出されてしまう。できれば、あの頃に戻りたいよ。だけど、もうあの頃に戻れない。どうすればあの頃に戻れるんだろう。どんなに考えても、その答えが見つからない。薫は写真を見て、いつのまにか泣いていた。だが、誰もそれに気づいていない。山陽新幹線のスピードが落ちてきた。岡山の風景が見える。もうすぐ岡山駅だ。早く涙をぬぐって、降りる準備をしないと。薫は立ち上がり、デッキに向かった。だが、薫はなかなか泣き止まない。それほどつらいのだ。だけど、進まないと。泣いてばかりでは、生きていけない。前を向いて歩かないと。泣いてばかりでは、何も始まらないのだから。だが、薫にはそれできるんだろうか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ