18.百年
生きてる!
でも。
金木犀も、この手の中に。
彩夏は一枝の金木犀を受け取った。
ふわり、というには些か強い芳香が鼻を打つ。
見れば、濃い緑の葉を圧し、オレンジ色の小さな花の群が我も我もと自己主張している。この近隣ではまだ、花の季節には早かろうに。
「これは?」
「貰った」
ロウは答えて、俺にも、と海城に空いた手を差し出す。
花火の先端を蝋燭の火にかざす彼を見ながら、彩夏は金木犀の枝を弄んでいた。
金木犀。
甘く強い秋の香。
今まさに花開き咲き誇り、けれどそのまま散り急ぐ、火花の如き金蜜色。
ただ一枝が、宵の闇も線香の匂いも追い遣って、幽かに季節の風を呼び込んだ。
その風を打ち払うように、シュッと鋭い音と共に白光が噴いた。少し身を屈めたロウの手元で、眩い白は直ぐに緑に、そして赤にと色を変え始める。淡く漂う煙が光を受けて渦巻き、蚊遣りと火薬の入り混じった夏の夜のスクリーンを揺らめかせた。
夏と秋の間に境目は無い。この煙のように、知らぬ間に混ざっていくのだ。
それと気づく日まで。
立ち上る香りに目を落とせば、深緑の鋸歯に守られた金蜜色が、私は咲いているのだと、季節の移ろいを主張する。
半ば無意識に、手の中で弄んでいた小枝を光にかざす。蝋燭の光を受けて、小花の群は恰も花火のように震えて燃えた。
「ロウ。『十二階』って、なんだっけ」
十二階? ロウは頭だけ巡らせた。
「凌雲閣だろ、浅草の」
「凌雲閣、だっけ」
口に出して繰り返す。どうしてだろう、その名の字をすぐさま思い出せた。
「赤煉瓦の十二階建てだったから、十二階って名の方が通ってしまったが。
帝都直下のあの地震で壊れて、その月の内に解体されてしまったよ。大正十二年……ああ、もう百年にもなるのか」
大正十二年九月一日。
西暦一九二三年九月一日。
「百年、か」
彩夏は呟いた。
「百年だよ、もう。—―それとも、未だ、かな」
ロウは応え、けれどもうこちらを見ない。背中を向けて、花火の束を探っている。
そういえば、と代わりのように海城が緋の残る燃えさしを振り振り口にする。
「凌雲閣の幽霊って有名な話があるんだって」
防災の日が九月一日である理由の一つ。
あと、所謂『二百十日』に当たり、台風来襲も多いシーズンだから、という話。
諸説ありますが。
私の所在する付近は寧ろ、二百二十日くらいに台風来襲が集中してますね。




