第2話 エリア11
安堵のため息をつく。警戒していた自分が馬鹿馬鹿しい。
とりあえず、今は敵意がないようだ。
「このデカブツの名前、何とかローター機って言ってたよな」
これは純粋な疑問。
「ティルトローター機です!」
誇らしげに教えてくれた。
ティルトローター機……そんな名前なのか。ごめん、長いからデカブツでいいや。
ここからは真面目な話だ。この少女はなぜこれに乗っていたのか。こんな所まで来て、一体何をするつもりなのか。何か情報があれば、今後に活かせるかもしれない。
「じゃあ、リリアはなんでこのデカブツに乗ってたんだ?」
「はて、なんででしょうか?」
はにゃ?の次はこれかよ。真面目な雰囲気をぶち壊す天才か何か?
……AIがAIの仕事してない件。
リリアは不思議そうに頭を抱えたり、腕を組んでいる。
するとリリアがパッと表情を変えたと思ったら、すぐにしゅんとして力なく言った。
「多分さっきの衝撃で記憶を失ったぽいです」
声のトーンが1段下がった。
リリアはとても残念そうな顔で、手をソワソワさせている。
その言動に俺は呆気にとられ、口は半開きのまま閉じようとしない。
これはあれだな、いわゆるポンコツってやつだ。
リリアは俺を見て、またムスッとした表情で俺を見上げる。
俺は感情が顔に出てたんだろう。
可愛らしい少女は口を膨らませて、「ムー!」、と声をもらす。何か言いたげに……。
ここまで人間を完璧に再現したヒューマノイドなんて初めて見た。誰がどう見ても人間だと答えるだろう。それ以前に出会った時から今この瞬間までヒューマノイドのヒの字もない。まるで感情があるかのように。
だけど、それは重要じゃない。妹を見つけられる手がかりを持っている可能がある。
「リリアの記憶は、どこまで分かっている?」
俺の声色を聞くなり、リリアはプンプン怒るのを止めた。
外は太陽が沈み暗くなり始めた。満月の影響か、デカブツの隙間を照らしている月の光量が大きい。微かに燃えている炎と、弱く散っている火花が、沈んだ青と淡い赤の綺麗なコントラストを見せていた。
リリアは何か決心したように真剣な眼差しを向ける。
「エリア11に行け……。この命令だけは、ずっと記憶されているんです」
リリアが小さな手のひらを差し出す。そこから機械の音とともに謎の物体が出てきた。この動作に、目の前に立っている少女がヒューマノイドであることを再確認させられる。
少女曰く、エリア11にある装置の鍵ということ。何の装置なのかは分からないらしい。が、とてもじゃないが鍵には見えない。現代の鍵はカードが主流だ。いつの時代なのだろうか、少し興味がある。
……エリア11。なぜエリア11なのか。それに命令とは?
ん?待てよ……。何か引っかかる。
リリアは次の質問を待ちかねた様子で落ち着きがない、
「ごめん、ちょっと考えさせてくれ」
あの日、サイバーテロの被害を最初に受けたのはエリア11。そして、この少女は言った。”装置の鍵”、と。これらを踏まえると、この鍵はサイバーテロに関係していると考えられる。なるほどな、都市部の連中がリリアを乗せていた理由がわかる気がした。不確かな見解が確信を持ち始める。
あれこれ考えていると、新たな疑問が浮かぶ。初めて会った時、「助けに来てくれたんですか」と放った言葉。あれは、都市部の連中から助けてくれたのか、という意味ではないか?
「リリアは都市部の連中とどういう関係なんだ?」
リリアの表情が曇り始め、ついには「んー」と小さく唸る始末。
まさか、分からないなんて言うなよ………。
「記憶は曖昧ですけど、私はずっと主要都市の人達から逃げてきました」
だとすると、この少女は奴らに捕まっていたのだろう。…何のために?本当にこの鍵が目的か?鍵が目的なら、こいつは要らないだろ。一緒に乗っている理由が別にあるとかしか考えられない。
「この鍵、あいつらは知ってるのか」
「知らないはずです」
やはりか。記憶が曖昧だから確証には至らないが、鍵を理由に追っている線は薄くなった。このデカブツに乗っていた他の理由が何なのか……また振り出しに戻るじゃねぇか。謎が多すぎる。
リリアは相変わらず落ち着きがない。デカブツの内部をあちこち歩きまわって、火花が散っている場所に顔を近づけては後退したり、死体をツンツンしてる。少女の見た目でやるもんじゃないぞ、それ。
対して俺は、その場で固まっている。少女の様子をつい目で追ってしまう。
これは推測だが、この鍵はサイバーテロに関係ある。もしかしたら、この人工知能の支配を終わらせられるかもしれない。そして、鍵とは別の理由でリリアを追っている都市部の奴ら。
つまり、都市部の奴らも動くほどの重大な存在が、今目の前にいる。
リリアに目をやると、ちょうど瓦礫につまづいて転んでいた。
「痛いっ!」
うん、痛いらしい。痛そうに頭をさすってる
世界の命運を背負っているとは到底思えない光景が次々と目に映ってくる。なんなんだこの状況。
うぅ、頭が痛い。どうしてこうなった?……でも、これは妹を助ける最短ルートなのかもしれない。闇雲に妹を探すより、エリア11にある主悪の根源を潰す。これ以上ない選択肢だ。しかし、そんなことが俺にできるだろうか。世界の命運だぞ?個人がどうにか出来る問題じゃない。……けど、都市部の奴らに任せるわけにもいかない。
ミリスを助けるために、ここまで6年以上かかった。その割には何の成果もない。だとしても、このまま不出来な結末を終わらせるものか。
……俺と出会うまで、どうか生きていてくれ、ミリス。必ず救って見せるよ。
レオンは覚悟を決めたように歩き出す。その足取りに迷いはない。
リリアも慌てて後を追う。
「よし、行くぞリリア」
「えっと、どこにですか?」
そんなの決まっている。
「エリア11だ」
満月の光の中で、リリアの表情がパッと輝く。
バイクのエンジンが心臓のように鼓動する。表示されている時刻は18時34分。満月のおかげで辺りは見えやすい。走るにはもってこいの好条件だ。
いつもと違うのは、俺の後ろにはリリアというヒューマノイドが乗っていること。何の支障もない。
バイクのセンサーには複数の敵ユニットが、ここを中心に囲んでいる。すぐ後ろにもいた。どうやら長話しすぎたらしい。
「フルスロットルで行くぞ、リリア!」
その瞬間、バイクが咆哮を上げる。タイヤは勢いよく回転し、前輪を浮かせたまま発進する。静止した世界が、轟音を合図に動きだす。デカブツに別れを告げるように爆音を轟かせる。途端に敵ユニットが現れたと思ったら、一瞬にして点になる。メーターが200㎞を超えてもなお、加速は止まらない。
機関銃を向けて連射してくるが、当たる気配はない。
「140m先に2体の敵ユニットがいます!その右、100m地点にも敵ユニットを3体確認!このまま行くと、鉢合わせるので、そこを左に迂回した方がいいと思います!」
不意にリリアが口を開いたと思ったら、バイクのセンサーより的確な指示をしだす。
驚いた、ここまで具体的なAIは初めてだ。
「っ分かった!お前を完全には信用してないが、その指示に従おう!」
言われた通りに道路の交差点で方向を変える。急な方向転換により、バイクは大きく傾く。
「ままま待ってください!!ここまま行くと建物にっ……!!」
リリアが強く背中を掴んできたと同時に、衝撃が伝わる。すると世界は完全な横向きに変わっていた。バイクはそのまま建物の側面を削りながら走り出している。
「俺を誰だと思ってる?」
バイクからは下、というか左を向けば地面がある異様な光景が広がっている。
その運転技術と、それに対応できるバイクの性能が、神がかった操縦を見せつけた。
そして何事もなかったかのように、地面を駆け抜ける。
「す、凄いです!!こんなの初めてですっ!!映画の中にいるみたいですっ!!」
後ろに乗っている少女は目をキラキラさせてはしゃいでいる。
ふぅ……正直焦った。
内心ではそう思っていても、顔は二ヤついている。
少女の絶賛の嵐が、レオンの達成感と高揚感を倍増させていた。
センサーで近くに敵ユニットがいないことを確認してから、バイクは徐々に減速していく。
あの状況を打開出来たことにより、ドーパミンが脳内で溢れていた。
「そういえばなんですけど、名前なんですか?」
不意にリリアが尋ねてきた。
そういえば言ってなかったな。
「レオン。黒鉄レオンだ」




