第四十九話 封印の継ぎ手
朝。
村の宿兼酒場に、一羽の伝書鳥が降り立った。
足に結ばれていた小さな筒を、ミレアが外す。
「アルヴェインさん、王都からです」
「エレナか?」
「たぶん」
アルヴェインは筒を受け取った。
中から出てきたのは、何枚もの魔力記録だった。
北の山で観測された七色の封縛の変化。
古代龍の魔力。
そして、それぞれの数値が細かく記されている。
アルヴェインは一枚ずつ確認していく。
「……」
しばらくして。
「やっぱりな」
ガルドが眉を上げる。
「何がだ?」
「いや」
アルヴェインは紙を畳んだ。
「まだ確かめる必要がある」
◇
村の外れ。
アルヴェインは一人で魔法陣を描いていた。
火。
水。
風。
土。
光。
闇。
六つの属性を、それぞれ別の場所に配置する。
その中心を魔力で繋ぐ。
これが、七色の封縛の基礎だった。
十九年前。
アルヴェインが完成させた、未完成の超高等封印魔術。
古代龍を倒すことはできなかった。
だから封じた。
しかし。
その封印を壊しているのも、古代龍自身の魔力だった。
「……」
アルヴェインは術式を見つめる。
六属性。
そして、その間を繋ぐ魔力。
七色の封縛という名前は、六属性の魔力が融合した結果として生まれる光に由来する。
そこへ。
古代龍の魔力を少量だけ加える。
――ギィン。
魔法陣が震えた。
術式が崩れかける。
アルヴェインはすぐに魔力を止めた。
「……違う」
取り込むだけでは駄目だ。
古代龍の魔力が強くなれば、術式も強くなる。
だが同時に、制御を失えば封印そのものを壊してしまう。
必要なのは。
排除でも融合でもない。
流れ。
循環。
アルヴェインは魔法陣を書き直した。
◇
昼。
グラディオンが村の外へ降り立った。
「またやっているのか」
「ああ」
「何を作っている?」
「まだ分からない」
「お前が分からないと言うとは珍しいな」
アルヴェインは笑う。
「分からないことくらいある」
「嘘をつけ」
「……」
「何か思いついている顔だ」
アルヴェインは答えない。
グラディオンは魔法陣を見る。
「古代龍の魔力を使っているな」
「ああ」
「危険だぞ」
「分かっている」
グラディオンはしばらく魔法陣を眺めた。
「なら、俺の魔力も使ってみろ」
「お前の?」
「古代龍とは違う。だが、同じ龍族の力だ」
グラディオンが魔力を少しだけ流す。
黒い魔力が魔法陣へ入った。
瞬間。
六属性の魔力が大きく揺れた。
古代龍の魔力と黒龍の魔力がぶつかる。
しかし。
その反発によって、魔力の流れがはっきりと見えた。
アルヴェインの目が変わる。
「……」
六属性。
古代龍。
グラディオン。
それぞれの魔力が、ぶつかりながらも一定の方向へ流れている。
アルヴェインは魔法陣を書き換えた。
「なるほど……」
グラディオンが尋ねる。
「分かったか?」
「ああ」
「何が?」
「融合じゃない」
「では?」
「……まだいい」
アルヴェインは魔法陣を消した。
「もう少し試す」
◇
王都。
エレナも研究を続けていた。
「やっぱり変です」
研究員たちが記録を確認する。
「封印が弱まるほど、古代龍の魔力が内部へ侵入している」
「その通りです」
「ですが、この部分だけ……」
エレナが指を差す。
「逆に強くなっています」
古代龍の魔力が増えた瞬間。
七色の封縛の一部が強く反応している。
「なぜ……?」
エレナはリディアの研究ノートを開く。
何度も読み返す。
ページをめくる。
そして、ある一文で手が止まった。
――魔法は、相反する力を排除するだけが答えではない。
「……」
エレナはその言葉を見つめた。
「先生……」
もう一度、記録を見る。
「もしかして……」
だが、まだ確信は持てない。
「アルヴェインさんなら……」
◇
夕方。
村の墓地から、また青白い光が漏れた。
「またか!」
村人たちがざわめく。
アルヴェインが駆けつける。
死霊が数体、姿を現している。
しかし。
前とは違う。
アルヴェインが先ほど作った小さな魔法陣を墓地の外へ設置する。
古代龍の魔力が流れ込む。
魔法陣が光る。
――ギィン。
その光が強くなる。
死霊の動きが鈍った。
「……」
アルヴェインは魔法陣を見る。
古代龍の魔力が増える。
それに合わせて、魔法陣の力も増している。
ほんの一瞬。
アルヴェインの目が細くなった。
「これだ」
今度は、はっきりと言った。
◇
夜。
村の宿兼酒場。
アルヴェインはエレナから届いた手紙を読んでいた。
アルヴェインさんへ。
封印が弱くなる時、一部の魔力だけが逆に強くなっています。
私はまだ理由が分かりません。
でも、そこに何か秘密がある気がします。
アルヴェインさんなら、何か分かりますか?
アルヴェインはしばらく黙っていた。
そして紙の裏に短く書く。
もう少しだ。
お前も考えろ。
それだけだった。
ミレアが横から覗く。
「短いね」
「十分だ」
「エレナさん、分かるかな?」
「分かるだろ」
アルヴェインはそう言って、手紙を封じた。
◇
深夜。
アルヴェインは再び北の山を見ていた。
七色の封縛。
その周囲を、古代龍の魔力が包んでいる。
以前なら。
その魔力を遠ざけようとした。
だが今は違う。
アルヴェインは目を閉じる。
魔力の流れを感じ取る。
火。
水。
風。
土。
光。
闇。
六つの属性が繋がっている。
そこへ古代龍の魔力が流れ込む。
押し込むのではない。
受け止める。
流す。
そして再び六属性へ戻す。
「……」
アルヴェインは小さく息を吐いた。
「七色の封縛……」
十九年前の自分が作った術式。
未完成だった。
だから古代龍を完全に倒すことはできなかった。
だが。
「もう一度、作り直せるかもしれないな」
その瞬間。
北の山から魔力が押し寄せる。
七色の封縛が大きく揺れる。
だが。
一部の光が、今までより強く輝いた。
古代龍の魔力を受けたからこそ。
その光は強くなった。
アルヴェインは静かにそれを見つめていた。
まだ完成ではない。
名前すらない。
ただ。
かつて失敗した封印に。
新しい道が生まれた。
そしてその道の先には。
十九年前には届かなかった答えが。
確かに見え始めていた。




