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名も知られぬ大賢者は畑を作って余生を過ごす  作者: まーサンタ
第五部 大賢者、もう一度だけ

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第四十九話 封印の継ぎ手


 朝。


 村の宿兼酒場に、一羽の伝書鳥が降り立った。


 足に結ばれていた小さな筒を、ミレアが外す。


「アルヴェインさん、王都からです」


「エレナか?」


「たぶん」


 アルヴェインは筒を受け取った。


 中から出てきたのは、何枚もの魔力記録だった。


 北の山で観測された七色の封縛の変化。


 古代龍の魔力。


 そして、それぞれの数値が細かく記されている。


 アルヴェインは一枚ずつ確認していく。


「……」


 しばらくして。


「やっぱりな」


 ガルドが眉を上げる。


「何がだ?」


「いや」


 アルヴェインは紙を畳んだ。


「まだ確かめる必要がある」


     ◇


 村の外れ。


 アルヴェインは一人で魔法陣を描いていた。


 火。


 水。


 風。


 土。


 光。


 闇。


 六つの属性を、それぞれ別の場所に配置する。


 その中心を魔力で繋ぐ。


 これが、七色の封縛の基礎だった。


 十九年前。


 アルヴェインが完成させた、未完成の超高等封印魔術。


 古代龍を倒すことはできなかった。


 だから封じた。


 しかし。


 その封印を壊しているのも、古代龍自身の魔力だった。


「……」


 アルヴェインは術式を見つめる。


 六属性。


 そして、その間を繋ぐ魔力。


 七色の封縛という名前は、六属性の魔力が融合した結果として生まれる光に由来する。


 そこへ。


 古代龍の魔力を少量だけ加える。


 ――ギィン。


 魔法陣が震えた。


 術式が崩れかける。


 アルヴェインはすぐに魔力を止めた。


「……違う」


 取り込むだけでは駄目だ。


 古代龍の魔力が強くなれば、術式も強くなる。


 だが同時に、制御を失えば封印そのものを壊してしまう。


 必要なのは。


 排除でも融合でもない。


 流れ。


 循環。


 アルヴェインは魔法陣を書き直した。


     ◇


 昼。


 グラディオンが村の外へ降り立った。


「またやっているのか」


「ああ」


「何を作っている?」


「まだ分からない」


「お前が分からないと言うとは珍しいな」


 アルヴェインは笑う。


「分からないことくらいある」


「嘘をつけ」


「……」


「何か思いついている顔だ」


 アルヴェインは答えない。


 グラディオンは魔法陣を見る。


「古代龍の魔力を使っているな」


「ああ」


「危険だぞ」


「分かっている」


 グラディオンはしばらく魔法陣を眺めた。


「なら、俺の魔力も使ってみろ」


「お前の?」


「古代龍とは違う。だが、同じ龍族の力だ」


 グラディオンが魔力を少しだけ流す。


 黒い魔力が魔法陣へ入った。


 瞬間。


 六属性の魔力が大きく揺れた。


 古代龍の魔力と黒龍の魔力がぶつかる。


 しかし。


 その反発によって、魔力の流れがはっきりと見えた。


 アルヴェインの目が変わる。


「……」


 六属性。


 古代龍。


 グラディオン。


 それぞれの魔力が、ぶつかりながらも一定の方向へ流れている。


 アルヴェインは魔法陣を書き換えた。


「なるほど……」


 グラディオンが尋ねる。


「分かったか?」


「ああ」


「何が?」


「融合じゃない」


「では?」


「……まだいい」


 アルヴェインは魔法陣を消した。


「もう少し試す」


     ◇


 王都。


 エレナも研究を続けていた。


「やっぱり変です」


 研究員たちが記録を確認する。


「封印が弱まるほど、古代龍の魔力が内部へ侵入している」


「その通りです」


「ですが、この部分だけ……」


 エレナが指を差す。


「逆に強くなっています」


 古代龍の魔力が増えた瞬間。


 七色の封縛の一部が強く反応している。


「なぜ……?」


 エレナはリディアの研究ノートを開く。


 何度も読み返す。


 ページをめくる。


 そして、ある一文で手が止まった。


 ――魔法は、相反する力を排除するだけが答えではない。


「……」


 エレナはその言葉を見つめた。


「先生……」


 もう一度、記録を見る。


「もしかして……」


 だが、まだ確信は持てない。


「アルヴェインさんなら……」


     ◇


 夕方。


 村の墓地から、また青白い光が漏れた。


「またか!」


 村人たちがざわめく。


 アルヴェインが駆けつける。


 死霊が数体、姿を現している。


 しかし。


 前とは違う。


 アルヴェインが先ほど作った小さな魔法陣を墓地の外へ設置する。


 古代龍の魔力が流れ込む。


 魔法陣が光る。


 ――ギィン。


 その光が強くなる。


 死霊の動きが鈍った。


「……」


 アルヴェインは魔法陣を見る。


 古代龍の魔力が増える。


 それに合わせて、魔法陣の力も増している。


 ほんの一瞬。


 アルヴェインの目が細くなった。


「これだ」


 今度は、はっきりと言った。


     ◇


 夜。


 村の宿兼酒場。


 アルヴェインはエレナから届いた手紙を読んでいた。


アルヴェインさんへ。


封印が弱くなる時、一部の魔力だけが逆に強くなっています。


私はまだ理由が分かりません。


でも、そこに何か秘密がある気がします。


アルヴェインさんなら、何か分かりますか?


 アルヴェインはしばらく黙っていた。


 そして紙の裏に短く書く。


もう少しだ。


お前も考えろ。


 それだけだった。


 ミレアが横から覗く。


「短いね」


「十分だ」


「エレナさん、分かるかな?」


「分かるだろ」


 アルヴェインはそう言って、手紙を封じた。


     ◇


 深夜。


 アルヴェインは再び北の山を見ていた。


 七色の封縛。


 その周囲を、古代龍の魔力が包んでいる。


 以前なら。


 その魔力を遠ざけようとした。


 だが今は違う。


 アルヴェインは目を閉じる。


 魔力の流れを感じ取る。


 火。


 水。


 風。


 土。


 光。


 闇。


 六つの属性が繋がっている。


 そこへ古代龍の魔力が流れ込む。


 押し込むのではない。


 受け止める。


 流す。


 そして再び六属性へ戻す。


「……」


 アルヴェインは小さく息を吐いた。


「七色の封縛……」


 十九年前の自分が作った術式。


 未完成だった。


 だから古代龍を完全に倒すことはできなかった。


 だが。


「もう一度、作り直せるかもしれないな」


 その瞬間。


 北の山から魔力が押し寄せる。


 七色の封縛が大きく揺れる。


 だが。


 一部の光が、今までより強く輝いた。


 古代龍の魔力を受けたからこそ。


 その光は強くなった。


 アルヴェインは静かにそれを見つめていた。


 まだ完成ではない。


 名前すらない。


 ただ。


 かつて失敗した封印に。


 新しい道が生まれた。


 そしてその道の先には。


 十九年前には届かなかった答えが。


 確かに見え始めていた。

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