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名も知られぬ大賢者は畑を作って余生を過ごす  作者: まーサンタ
第五部 大賢者、もう一度だけ

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第四十八話 逆らう力


 朝。


 村の墓地には、昨夜の騒ぎの跡が残っていた。


 いくつかの墓石が倒れ、地面には黒い霧が薄く漂っている。


 ミレアたち村人が片付けをしている横で、アルヴェインは一人、地面を見つめていた。


「……」


 しゃがみ込み、土に手を触れる。


 微かな魔力。


 冷たい。


 重い。


 そして、北の山から流れてくる魔力と同じ波長を持っている。


「アルヴェイン」


 ガルドが近づいてきた。


「何を見ている?」


「魔力の流れだ」


「死霊の?」


「いや」


 アルヴェインは北を見る。


「その向こうだ」


 古代龍。


 まだ姿を見せてはいない。


 だが、その魔力だけが山を越え、地中を伝い、村にまで届いている。


 死霊は、その魔力に呼応して生まれている。


 つまり。


 古代龍の力が強くなるほど、周囲への影響も強くなる。


 アルヴェインは立ち上がった。


「……」


 何かを考えている。


「どうした?」


「いや」


 アルヴェインは答えなかった。


     ◇


 昼。


 アルヴェインは村外れの畑に、小さな魔法陣を描いていた。


「何してるの?」


 ミレアが尋ねる。


「実験だ」


「危なくない?」


「小さいから大丈夫だ」


「なら安心ね」


 ミレアはそう言って、畑の作業へ戻っていった。


 アルヴェインは魔法陣を見る。


 火。


 水。


 風。


 土。


 光。


 闇。


 六つの属性。


 それぞれの魔力を繋ぐ。


 そこへ、ごく微かな異質な魔力を加えた。


 ――古代龍の魔力。


 魔法陣が揺れる。


 普通なら、ここで術式が崩れる。


 だが。


「……」


 アルヴェインは目を細めた。


 魔力の流れが一瞬だけ変わる。


 六属性を繋いでいた魔力が、古代龍の魔力を取り込む。


 そして。


 魔法陣の光が強くなった。


「……」


 アルヴェインは何も言わなかった。


 ただ、魔法陣を見つめている。


     ◇


「アルヴェイン!」


 グラディオンが上空から降りてきた。


「何をしている?」


「実験だ」


「それは見れば分かる」


 グラディオンは魔法陣を見る。


「妙な魔力が混じっているな」


「ああ」


「古代龍のものか?」


「そうだ」


 グラディオンが眉を寄せる。


「危険ではないのか?」


「まだ分からない」


「なら、やめておけ」


「そうもいかない」


 アルヴェインは魔法陣を消した。


「確かめる必要がある」


 グラディオンはアルヴェインを見る。


「お前、何か考えているな」


「そう見えるか?」


「長い付き合いだからな」


 アルヴェインは少しだけ笑った。


「……まだ実験だ」


「そうか」


 グラディオンはそれ以上聞かなかった。


「なら、俺は待つ」


「ああ」


     ◇


 その頃。


 王都の魔導研究所。


 エレナは大量の記録を前にしていた。


「この数値……」


 魔力測定器を何度も確認する。


「どうしました?」


 研究員が尋ねる。


「古代龍の魔力が流れ込んだ瞬間だけ、封印側の出力が上がっています」


「そんなはずは……」


「私もそう思ったんです」


 エレナは記録を並べる。


 古代龍の魔力が増える。


 封印が弱くなる。


 しかし、その直後。


 一瞬だけ、七色の封縛の魔力が強くなる。


「偶然でしょうか?」


「分かりません」


 エレナは首を振る。


「でも、何度も起きています」


 彼女の頭に、アルヴェインの言葉が浮かんだ。


 ――続きを考えろ。


「……アルヴェインさん」


 エレナは呟いた。


「もしかして、何か気づいたんですか?」


     ◇


 夕方。


 村に警鐘が鳴った。


「また来たぞ!」


 北側の森から、青白い影が現れる。


 昨日より多い。


 数十体。


 村人たちが息を呑む。


「宿へ!」


 ミレアが子供たちを誘導する。


「慌てないで!」


 ガルドが村人を安全な場所へ移動させる。


 アルヴェインは村の入口に立った。


「土壁を」


 手を上げる。


 地面が盛り上がる。


 巨大な壁ではない。


 死霊の進路を限定する程度の高さ。


「風を」


 風が吹き、死霊たちを横へ押し流す。


「光を」


 淡い光が地面を照らす。


 死霊たちの動きが鈍る。


「今だ!」


 村人たちが水路の仕切りを動かす。


 水が流れ、死霊たちの進路をさらに狭める。


「そこだ!」


 空から声が響く。


 グラディオン。


 黒い翼が月明かりを遮る。


「まとめて吹き飛ばすぞ!」


「村を焼くなよ!」


「分かっている!」


 黒い炎が森の奥へ走る。


 死霊そのものではなく、地面に漂う古代龍の魔力を焼き払う。


 青白い影が次々と薄くなっていく。


 やがて。


 最後の一体が消えた。


     ◇


 夜。


 村は静かになった。


「怪我人は?」


 アルヴェインが尋ねる。


「いない」


 ガルドが答える。


「よかった」


 アルヴェインは北の山を見る。


 グラディオンも隣に立った。


「お前」


「何だ?」


「さっきからずっと考えているだろう」


「ああ」


「何を?」


 アルヴェインは答えなかった。


 ただ、北の山を見る。


 古代龍の魔力。


 それは七色の封縛を壊している。


 なら。


 壊す力を。


 封じる力に変えることができるなら。


 アルヴェインの頭の中で、一つの可能性が形になっていく。


 六属性を繋ぐ魔力。


 そこへ。


 古代龍の魔力を混ぜる。


 敵の力が強くなるほど。


 封印も強くなる。


 それなら。


「……」


 アルヴェインは小さく呟いた。


「そうか」


「何が分かった?」


 ガルドが聞く。


「まだ何も」


 アルヴェインはそう答えた。


 それ以上は話さなかった。


     ◇


 深夜。


 村の畑。


 誰もいない場所で、アルヴェインはもう一度、小さな魔法陣を描いた。


 六つの属性。


 火。


 水。


 風。


 土。


 光。


 闇。


 それらを繋ぐ魔力。


 そして。


 ほんの少し。


 古代龍の魔力を混ぜる。


 ――ギィン。


 魔法陣が強く輝いた。


 アルヴェインの目が細くなる。


 今度は先ほどより長く持った。


 古代龍の魔力が強くなる。


 それに呼応するように。


 六属性を繋ぐ魔力も強くなる。


 アルヴェインは静かに魔法陣を消した。


「……」


 何も言わない。


 ただ、北の山を見る。


 そこでは七色の封縛が揺らいでいる。


 だが、その揺らぎの中に。


 ほんの一瞬だけ。


 今までにはなかった強い光が混じった。


 アルヴェインはそれを見ていた。


 そして。


 小さく笑った。


 まだ、誰にも話すつもりはない。


 これはまだ、完成した魔法ではない。


 けれど。


 十九年前に完成させられなかった七色の封縛に。


 新しい可能性が生まれた瞬間だった。

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