第二十九話 戦争の終わり
魔王城の門が閉じた。
重い音が、静かな城内に響く。
アルヴェインは前を見た。
長い廊下の先。
そこには、巨大な扉があった。
「……いるな」
アルヴェインが呟く。
ラウルが剣を握り直した。
「分かるのか?」
「ああ」
リディアも魔力を感じ取る。
「かなり強いわ」
セレナは三人を見渡した。
「じゃあ、いつも通りね」
「いつも通り?」
ラウルが笑う。
「四人で行って、四人で帰る」
「そう」
セレナは頷いた。
アルヴェインも笑った。
「そうだな」
四人は扉の前に立った。
アルヴェインが手を伸ばす。
巨大な扉が、ゆっくりと開いた。
◇
玉座の間。
その奥に、魔王がいた。
「来たか」
低い声が響く。
「大賢者アルヴェイン」
アルヴェインは杖を構えた。
「魔王」
「貴様の名は、幾度となく聞いた」
「俺もお前の話は聞いている」
「ならば分かるだろう」
魔王が立ち上がる。
「この戦いは、どちらかが倒れるまで終わらぬ」
「そうだな」
アルヴェインは静かに答えた。
「だから、終わらせに来た」
◇
戦いが始まった。
黒い魔力が玉座の間を覆う。
ラウルが前へ出る。
「アル!」
「分かってる!」
アルヴェインの魔法が魔王の攻撃を受け止める。
リディアが横から魔法を放つ。
セレナは二人の傷を癒やしながら、戦況を見ていた。
四人は何度も戦ってきた。
だからこそ、互いの動きが分かる。
「左!」
「任せろ!」
ラウルが斬り込む。
「上!」
リディアの魔法が魔王の攻撃を打ち消す。
アルヴェインが一気に距離を詰める。
魔王の魔力とアルヴェインの魔法が激突した。
轟音が響く。
床が砕ける。
壁が崩れる。
それでも四人は退かなかった。
◇
どれほど戦ったのか。
時間の感覚さえなくなっていた。
アルヴェインの呼吸が乱れる。
ラウルの肩から血が流れている。
リディアの魔力も限界に近い。
そしてセレナも――。
「セレナ!」
アルヴェインが叫んだ。
魔王の攻撃が、彼女を直撃していた。
セレナの身体が吹き飛ぶ。
「セレナ!」
ラウルが叫ぶ。
アルヴェインは駆け寄った。
「大丈夫か!」
「……大丈夫」
セレナは笑おうとした。
しかし、立ち上がれない。
アルヴェインはすぐに治癒魔法を使った。
光がセレナを包む。
「治す」
「アル……」
「動くな」
アルヴェインの魔力がさらに強くなる。
「まだ治せる」
「アル」
「黙ってろ」
「アルヴェイン」
リディアが静かに呼ぶ。
アルヴェインは聞こえないふりをした。
「まだだ」
治癒魔法を重ねる。
しかし。
光は次第に弱くなっていった。
「……なぜだ」
アルヴェインの声が震える。
「なぜ治らない……」
セレナは彼の手を握った。
「もういいの」
「よくない」
「アル」
「俺は大賢者だ」
その言葉が、かすかに震えていた。
「これくらい……」
「アル」
セレナは穏やかに笑った。
「もう十分よ」
アルヴェインは言葉を失った。
「戦争は終わったんでしょう?」
「……まだだ」
アルヴェインは魔王を見る。
「まだ終わってない」
「ううん」
セレナは首を振る。
「あなたたちなら終わらせられる」
「セレナ……」
「だから、行って」
アルヴェインは動けなかった。
「帰るんでしょう?」
セレナが微笑む。
「四人で」
アルヴェインの目が揺れた。
「……ああ」
「じゃあ、行って」
アルヴェインはゆっくり立ち上がった。
「……分かった」
セレナが小さく笑う。
「いい子ね」
アルヴェインは振り返らなかった。
振り返れば、行けなくなる気がした。
◇
「アル!」
ラウルが叫ぶ。
「終わらせるぞ!」
「ああ!」
三人が魔王へ向かう。
ラウルが剣を振る。
リディアが魔法を放つ。
アルヴェインが杖を掲げた。
魔王が咆哮する。
「人間ごときが!」
「人間だからだ」
アルヴェインは静かに言った。
「帰りたい場所がある」
魔力が膨れ上がる。
「帰るために、ここで終わらせる」
杖の先から、まばゆい光が放たれた。
三人の力が重なる。
巨大な光が魔王を包んだ。
魔王の魔力が崩れていく。
そして――。
静寂が訪れた。
◇
魔王が倒れた。
長い戦争が終わった。
誰もすぐには声を出さなかった。
ラウルが剣を下ろす。
「……終わった」
リディアが目を閉じる。
「ええ」
アルヴェインは、後ろを振り返った。
「セレナ……」
そこには、静かに横たわるセレナがいた。
アルヴェインは近づく。
もう治癒魔法を使わなかった。
ただ、隣に座った。
「……終わったよ」
返事はない。
「戦争、終わった」
アルヴェインは小さく息を吐いた。
「これで……帰れるな」
ラウルが顔を伏せる。
リディアは涙を拭った。
三人はしばらく、何も言わなかった。
◇
数日後。
王都は歓喜に包まれていた。
魔王討伐。
戦争終結。
世界を救った英雄。
アルヴェインの名は、大陸中に広がった。
人々は彼を称えた。
王国は褒賞を用意した。
爵位。
財産。
名誉。
そして、王国史に残る英雄としての地位。
しかし。
アルヴェインは、そのどれにも心を動かされなかった。
セレナのいない世界で。
何を得ても意味がないように思えた。
◇
夜。
アルヴェインは一人で王都の外れにいた。
空を見上げる。
「……セレナ」
もちろん返事はない。
アルヴェインは目を閉じた。
――戦わなくていい日が来たら、何をしたい?
――いつか見つけてね。
「……まだ分からないよ」
小さく呟く。
「でも」
少しだけ空を見上げる。
「もう、戦わなくていいんだな」
その言葉を口にした瞬間。
初めて、自分が戦いから離れることを考えた。
◇
そして。
五十歳の誕生日を迎えた日。
アルヴェインは、国王の前に立っていた。
長い戦争は終わった。
魔王も倒れた。
世界は平和を取り戻しつつある。
王は言った。
「アルヴェイン。これからも王国のために力を貸してほしい」
アルヴェインは静かに頭を下げる。
「申し訳ありません」
「……何?」
「私は、ここで引退します」
王は驚いた。
「引退?」
「はい」
アルヴェインは自分の杖を見る。
長い間、共に戦ってきた杖。
それを静かに下ろす。
「大賢者としての役目は、もう終わりました」
「しかし、あなたは世界を救った英雄だ」
アルヴェインは首を横に振った。
「もう十分です」
王は何も言えなかった。
アルヴェインは深く頭を下げた。
「これからは、ただ静かに暮らしたいと思います」
こうして。
世界を救った大賢者は、五十歳でその名を捨てた。
そして誰にも告げず、王都を去る。
その先に何が待っているのか。
本人にも、まだ分からなかった。
ただ一つ。
セレナとの約束だけが、心の奥に残っていた。
――戦わなくていい日が来たら、何をしたい?
その答えを探すために。
アルヴェインは、長い旅へ出た。




