↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名も知られぬ大賢者は畑を作って余生を過ごす  作者: まーサンタ
第三部 忘れられた大賢者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/32

第二十二話 若き日の四人



 翌朝。


 アルヴェインは、いつも通り畑にいた。


 土を軽く掘り返し、昨日立てた支柱を確認する。


「アルじいさん、おはようございます」


 ミレアがやってきた。


「ああ。おはよう」


 その後ろからトーマも走ってくる。


「アルじいちゃん! 今日は何する?」


「豆の支柱を増やす」


「任せて!」


 トーマが支柱を抱えて走っていく。


 少し遅れて、カイルとリンも畑へやってきた。


「おはようございます!」


「おはよう」


 カイルは鍬を手に取る。


 そして、昨日から気になっていたことを口にした。


「アルヴェインさん」


「なんだ?」


「昨日の杖なんですけど」


「ああ」


「アルヴェインさんって、昔はどんな魔法使いだったんですか?」


 アルヴェインは少しだけ手を止めた。


「どんな、か」


「はい」


 カイルは真面目な顔をしている。


「俺も強くなりたいので」


「そうか」


「アルヴェインさんみたいに、強い魔法使いになれたらと思ってます」


 アルヴェインは少し笑った。


「俺みたいになる必要はない」


「でも――」


「強くなるだけなら簡単だ」


「え?」


「毎日鍛えればいい」


「……それだけですか?」


「ああ」


 カイルが拍子抜けした顔をする。


 リンが横で笑った。


「カイル、簡単そうに聞こえるけど、毎日続けるのが一番難しいんじゃない?」


「それは……そうだけど」


 アルヴェインは鍬を土へ入れながら言った。


「それに、本当に難しいのは強くなった後だ」


「強くなった後?」


「その力で何をするかだ」


 カイルが黙る。


「力があるからといって、使わなければならないわけじゃない」


「……」


「使うなら、なぜ使うのかを考えたほうがいい」


 アルヴェインはそれだけ言って、再び畑を耕し始めた。


 カイルはしばらく考えていた。


「難しいですね」


「畑よりは簡単だ」


「また畑ですか」


 リンが笑った。


 アルヴェインも笑った。


     ◇


 昼前。


 アルヴェインは一人で畑の端にある土を掘っていた。


 鍬を入れる。


 土を返す。


 また鍬を入れる。


 単純な作業。


 けれど、その単純さが心地よかった。


 ふと、鍬を振る手が止まる。


 ――昔。


 自分も同じように、何度も杖を振った。


 ただし、土を耕すためではない。


 敵を倒すためだった。


 アルヴェインは遠くを見る。


 そして、記憶の中へ沈んでいった。


     ◇


 数十年前。


 まだ若かったアルヴェインは、一人で旅をしていた。


 魔法を学び、魔物を倒し、各地を巡る。


 その日も、森の中で魔物と戦っていた。


「……これで終わりだ」


 杖を振る。


 魔法が走り、魔物が吹き飛ぶ。


 若きアルヴェインは息を吐いた。


「終わったか」


「無茶しすぎ」


 背後から声がした。


 アルヴェインが振り返る。


 そこには、一人の少女が立っていた。


 銀色の髪。


 穏やかな目。


 手には治癒魔法の光。


「怪我してる」


「これくらいなら平気だ」


「平気じゃないから治すの」


 少女はアルヴェインの腕に手をかざした。


 温かな光が傷を包む。


「……ありがとう」


「どういたしまして」


 少女は笑った。


「私はセレナ」


「アルヴェインだ」


「長いわね」


「そうか?」


「アルでいい?」


「好きにすればいい」


「じゃあ、アル」


 それが、始まりだった。


     ◇


 旅を続けるうちに、二人は一人の剣士と出会った。


「おい!」


 大声が響く。


 若い男が剣を構えている。


「この先は危険だぞ!」


 アルヴェインが男を見る。


「危険なら、なぜお前がいる?」


「俺が倒すからだ!」


 セレナが吹き出す。


「面白い人ね」


「聞こえてるぞ!」


「俺はラウルだ!」


 男は胸を張った。


 その後、もう一人。


 魔法書を抱えた女性が現れた。


「あなたたち、ずいぶん変わった旅をしているのね」


「誰だ?」


 アルヴェインが尋ねる。


「リディア」


「魔法使いか」


「あなたもでしょう?」


「ああ」


 リディアはアルヴェインをじっと見る。


「その魔法……」


「なんだ?」


「理論が妙に独特ね」


「悪いか?」


「別に。興味深いだけ」


 セレナが笑う。


「これで四人ね」


「勝手に決めるな!」


 ラウルが叫んだ。


 リディアがため息をつく。


 アルヴェインは三人を見た。


 なぜか。


 この三人といると、退屈しなかった。


 それだけだった。


     ◇


 それから四人は、一緒に旅をするようになった。


 魔物を倒す。


 町を訪れる。


 時には宿代を節約するため、野宿する。


 ラウルが薪を集め。


 セレナが食事を作り。


 リディアが文句を言い。


 アルヴェインが黙って火を見ている。


 そんな日々だった。


 そしてある日。


 四人は小さな町を襲っていた魔族と遭遇した。


「来るぞ!」


 ラウルが剣を構える。


 リディアが魔法を準備する。


 セレナは後方へ下がった。


 アルヴェインは敵を見る。


 一瞬。


 敵の数。


 位置。


 動き。


 逃げ道。


 すべてが頭の中に入る。


「ラウル、左へ三歩」


「分かった!」


「リディア、今だ」


「任せて!」


 魔法が走る。


「セレナ、後ろの家へ!」


「分かった!」


 四人が動く。


 無駄がない。


 敵が倒れていく。


 最後の一体をアルヴェインが魔法で吹き飛ばした。


 静かになる。


「……終わったな」


 ラウルが剣を下ろす。


「怪我は?」


 セレナが尋ねる。


「ない」


 アルヴェインが答える。


「なら、今日は勝ちね」


 セレナが笑った。


 アルヴェインも笑った。


 この頃はまだ。


 自分たちが何者になるのか、誰も知らなかった。


 ただ、四人で旅をしていた。


 それだけだった。


     ◇


「……アルじいさん?」


 声が聞こえた。


 アルヴェインが目を開ける。


 目の前にはミレアが立っていた。


「どうしたの?」


「いや」


 アルヴェインは畑を見る。


「少し昔のことを考えていただけだ」


「疲れたんですか?」


「そういうわけじゃない」


 ミレアはそれ以上聞かなかった。


「じゃあ、お昼にしましょう」


「ああ」


 アルヴェインは鍬を肩に担いだ。


 過去の仲間については、何も話さなかった。


 ミレアも知らない。


 カイルも知らない。


 リンも知らない。


 村の誰も知らない。


 その記憶を知っているのは、アルヴェイン自身と――


 かつて同じ戦場にいたガルドだけだった。


     ◇


 夕方。


 畑の仕事を終えたアルヴェインは、一人で畑を眺めていた。


 風が吹く。


 小さな葉が揺れる。


 ふと、昔のセレナの声が蘇る。


「いつか戦わなくていい日が来たら、何をしたい?」


 若い頃のアルヴェインには、答えられなかった。


 何をしたいのか。


 考えたこともなかった。


 けれど今なら。


「……畑だな」


 小さく笑う。


「こんなに時間がかかったか」


 誰に聞かせるでもなく呟いた。


     ◇


 夜。


 アルヴェインは納屋へ入った。


 古い木箱を開ける。


 中には、かつて使っていた杖。


 手に取る。


 杖の感触から、また遠い記憶が蘇る。


 笑っていたセレナ。


 豪快なラウル。


 理屈っぽいリディア。


 そして、若い自分。


 アルヴェインは目を閉じる。


「……あの頃は、楽しかったな」


 しかし。


 その瞬間。


 遠い記憶の中で――


 鐘が鳴った。


 一度。


 二度。


 三度。


 低く、重い鐘の音。


 若きアルヴェインたち四人が振り返る。


 街の向こうから、黒い煙が上がっている。


 誰かが叫ぶ。


「魔王軍が動いた!」


 アルヴェインは目を開けた。


 静かな納屋。


 そこには誰もいない。


 ただ、古い杖だけが月明かりを受けている。


「……あの日からだったな」


 アルヴェインは杖を木箱へ戻した。


 そして静かに蓋を閉じた。


 戦争の始まりを告げた鐘の音は、もう聞こえない。


 それでも。


 アルヴェインの記憶の中では、今も消えていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。