↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名も知られぬ大賢者は畑を作って余生を過ごす  作者: まーサンタ
第二部 畑の隣に人が増える

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/32

第二十話 古い杖



 朝。


 アルヴェインが畑へ出ると、納屋の前から声が聞こえた。


「アルじいさん!」


 ミレアだった。


「どうした?」


「トーマが納屋の奥から変な箱を見つけたんです」


「変な箱?」


「これ!」


 トーマが両手で抱えている。


 古びた木箱だった。


 表面には長い年月の埃が積もり、金具には錆が浮いている。


「昨日の整理で見つけたんだ!」


 アルヴェインは木箱を見る。


 しばらく黙った。


「……そんなところにあったか」


「知ってるの?」


 ミレアが尋ねる。


「ああ。昔のものだ」


「開けていい?」


「構わない」


 トーマが嬉しそうに蓋へ手をかける。


 ぎい、と古い音がした。


 中には、布に包まれた一本の杖が入っていた。


     ◇


 ミレアが布をめくる。


「これ……」


 古い杖。


 長い年月を経ているはずなのに、木にはほとんど傷みがない。


 先端には小さな魔石が埋め込まれている。


「アルじいさんが昔使ってた杖?」


「ああ」


 アルヴェインは答えた。


 その声はいつもと変わらない。


 けれど。


 杖へ伸ばした手が、ほんの一瞬だけ止まった。


 そして杖を握る。


 指先に、懐かしい感触が伝わってきた。


 冷たい夜。


 焼けた大地。


 遠くで響く魔法の音。


 何度も握った杖。


 何度も振るった魔法。


 そして――。


 アルヴェインは目を閉じた。


「……久しぶりだな」


「アルじいさん?」


「いや」


 アルヴェインは目を開ける。


「何でもない」


 ミレアは少し不思議そうに見た。


     ◇


 そこへカイルとリンがやってきた。


「おはようございます!」


「おや」


 カイルが木箱を覗き込む。


「それ、何ですか?」


「昔の杖だ」


 アルヴェインが答える。


「アルヴェインさんが使っていた?」


「ああ」


「へえ……」


 カイルは興味深そうに杖を見る。


「これが、昔のアルヴェインさんの杖ですか」


「そういうことだ」


「かなり古いですね」


「長く使っていたからな」


 カイルは少し考えた。


「一度、魔法を使ってみてもらえませんか?」


 アルヴェインはカイルを見る。


「今か?」


「はい」


「畑仕事の途中だぞ」


「そこを何とか」


「断る」


「即答……」


 リンが小さく笑う。


「諦めなさい、カイル」


「でも、せっかく昔の杖が出てきたんですよ?」


「アルヴェインさんが使いたくないなら、それまででしょ」


「そうですけど……」


 アルヴェインは杖を見下ろした。


「昔は毎日のように使っていた」


「それなら、また使えばいいじゃないですか」


 カイルが言う。


 アルヴェインは少しだけ笑った。


「魔法は便利だ」


「はい」


「便利すぎる」


「……?」


「畑仕事とは違うんだ」


 アルヴェインは杖を軽く持ち上げる。


「土を耕して、種を植えて、水をやって、芽が出るのを待つ。魔法なら一瞬でできることでも、畑ではそうはいかない」


「確かに」


「だから今は、こっちのほうが面白い」


 アルヴェインは鍬を見る。


 カイルは苦笑した。


「本当に畑が好きなんですね」


「ああ」


     ◇


 リンは黙って杖を見ていた。


 魔法使いが使う杖としては、ずいぶん簡素だった。


 余計な装飾がない。


 魔力を増幅するための細工も少ない。


 なのに。


 アルヴェインが握った瞬間だけ、杖の先に淡い光が走った。


 一瞬だった。


 見間違いかもしれない。


 だが、リンは見逃さなかった。


「……アルヴェインさん」


「なんだ?」


「その杖、普通の杖なんですか?」


「昔の杖だ」


「そうじゃなくて」


 リンは少し考えてから続けた。


「ずいぶん大事にしていたんですね」


 アルヴェインは杖を見る。


「……まあな」


 それ以上は答えなかった。


 リンも聞かなかった。


 ただ一つ。


 彼女の中に新しい疑問が残った。


 この人は、昔どんな魔法使いだったのだろう。


     ◇


 昼前。


 ガルドが納屋へやってきた。


「アルヴェイン」


「ああ」


 ガルドの視線が、アルヴェインの手元へ向く。


 古い杖。


 ガルドの足が止まった。


「……」


 ほんの一瞬。


 村長の顔から、昔を知る男の顔へ変わる。


 アルヴェインも気づいていた。


 二人の視線が交わる。


 しかし、ガルドは何も聞かなかった。


「古い杖だな」


「ああ」


「まだ持っていたのか」


「忘れていただけだ」


「そうか」


 それだけだった。


 ミレアが二人を見る。


「おじいちゃん、知ってるの?」


 ガルドは孫娘を見る。


「昔、見たことがあるだけだ」


「ふーん」


 ミレアは深く考えずに頷いた。


 ガルドはアルヴェインを見る。


 アルヴェインも何も言わない。


 それで十分だった。


     ◇


 午後。


 アルヴェインは杖を布で包み直した。


 ミレアが尋ねる。


「また使うんですか?」


「どうだろうな」


「せっかく見つかったのに?」


「必要になれば使う」


「必要にならなかったら?」


「しまっておく」


「もったいない」


 アルヴェインは笑う。


「そうでもない」


「どうして?」


「使わないで済むなら、そのほうがいいからな」


 ミレアは少しだけ考えた。


「……魔法って、そんなに大変なんですか?」


「魔法そのものは大変じゃない」


「じゃあ?」


 アルヴェインは答えなかった。


 代わりに、畑へ視線を向ける。


「今はこっちがある」


 土。


 芽。


 葉。


 風。


 そして、人の声。


「それで十分だ」


     ◇


 夜。


 村が静かになった頃。


 アルヴェインは一人で納屋へ向かった。


 木箱から杖を取り出す。


 月明かりの下。


 昔と変わらない杖が、静かに光を受けている。


「……久しぶりだな」


 アルヴェインは杖を握る。


 魔力がわずかに流れた。


 淡い光が、杖の先で揺れる。


 その光を見ながら、アルヴェインは昔を思い出していた。


 戦場。


 仲間たち。


 魔王との戦い。


 そして、すべてが終わった後の静けさ。


 耳の奥で、懐かしい声がする。


 セレナ。


 いつも隣にいた仲間。


 治癒魔法を使いながら、笑っていた彼女。


「いつか戦わなくていい日が来たら、何をしたい?」


 あの時。


 アルヴェインは答えられなかった。


 何をすればいいのか分からなかった。


 戦うことしか知らなかったから。


 けれど。


 今なら分かる。


 アルヴェインは納屋の外を見る。


 月明かりに照らされた畑。


 小さな芽。


 風に揺れる葉。


 遠くに見える村の明かり。


「……もう、見つけたよ」


 杖を見つめる。


「俺がしたかったこと」


 そして、静かに木箱へ戻す。


「だから、お前の出番はもうない」


 蓋を閉じる。


 木箱を納屋の奥へしまう。


 アルヴェインはそのまま畑へ向かった。


 夜の畑には、静かな風が吹いている。


 アルヴェインは畑を見渡した。


「明日は、豆の支柱を立てるか」


 戦場で振るった杖より。


 今の彼には、一本の鍬のほうが大切だった。


 その頃。


 納屋の奥では、古い杖が静かに眠っていた。


 そしてその杖は――


 アルヴェインがかつて何者だったのかを知る者にとって、


 決して忘れられない過去の証だった。


 第二部「畑の隣に人が増える」。


 ここに、一つの区切りがついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。