第十九話 畑に集まる人々
朝。
アルヴェインが畑へ出ると、すでにミレアがいた。
「おはようございます、アルじいさん」
「ああ。早いな」
「今日は収穫のお手伝いです」
少し離れたところでは、トーマが自分の豆畑を見ている。
「アルじいちゃん! 昨日より大きくなった!」
「よかったな」
「うん!」
そこへエマもやってきた。
「おはようございます」
「薬草か?」
「ええ。昨日植えたものが気になって」
さらに村の道から、ノアが歩いてくる。
「アルヴェイン」
「どうした?」
「昨日頼まれた農具、持ってきた」
ノアの手には、修理した鍬があった。
「助かる」
「それと、少し畑を見せろ」
「またか?」
「土を見るのが面白くなってきた」
アルヴェインが苦笑する。
「鍛冶師が土を見てどうする」
「いいだろ」
そこへ、
「おはようございます!」
元気な声が響いた。
カイルだった。
隣にはリンもいる。
「今日も来たのか」
アルヴェインが言う。
「はい!」
「森の調査は?」
「午後からです」
「そうか」
アルヴェインは周囲を見渡した。
ミレア。
トーマ。
エマ。
ノア。
カイル。
リン。
いつの間にか、畑の周りに人が集まっている。
「……」
「どうしました?」
ミレアが尋ねる。
「いや」
アルヴェインは小さく息を吐いた。
「今日は何かあるのかと思ってな」
「何もありませんよ」
「そうか」
「みんな、ここに来たいだけです」
「……」
アルヴェインは畑を見る。
「俺は一人で暮らすために、ここへ来たんだがな」
ミレアが笑う。
「もう無理ですね、アルじいさん」
「そうらしい」
◇
午前中。
それぞれが自然に仕事を始めた。
ミレアは収穫。
トーマは豆の世話。
エマは薬草の確認。
ノアは壊れた農具の修理。
カイルは鍬を持って畑を耕している。
リンはその様子を眺めながら、薬草の葉を整理していた。
「カイル」
「何?」
「また力を入れすぎてる」
「え?」
ザクッ!
鍬が土に深く刺さった。
「……」
「ほら」
「分かってるよ」
カイルは苦笑した。
アルヴェインが振り返る。
「昨日よりはいい」
「本当ですか?」
「ああ」
「よし!」
カイルの顔が明るくなる。
リンが笑った。
「褒められると分かりやすいね」
「いいだろ別に」
◇
昼前。
カイルが鍛冶場へ向かおうとしていたノアを呼び止めた。
「ノアさん!」
「なんだ?」
「俺の剣、ちょっと見てもらえませんか?」
ノアが眉をひそめる。
「手入れしたか?」
「一応」
「見せろ」
カイルが剣を渡す。
ノアは刃を見る。
「……雑だな」
「えっ」
「手入れが足りない」
「でも普通に使えますよ」
「今はな」
ノアは剣を返す。
「道具は使えるだけじゃ駄目だ。長く使えるようにするんだ」
カイルは黙った。
「鍬と同じですか?」
「そうだ」
ノアがアルヴェインを見る。
「こいつから聞いたんだろ」
「はい」
「なら覚えろ」
「はい!」
カイルは素直に頷いた。
ノアは少し驚いた顔をして、それから笑った。
「……お前、意外と素直だな」
◇
午後。
リンはエマの薬草を見ていた。
「この葉、森にもあります」
「本当?」
「はい。ただ、少し湿った場所に生えています」
「じゃあ、今度採取してきてもらえる?」
「分かりました」
「代わりに、村の近くで採れる薬草を教えるわ」
「お願いします」
アルヴェインはその様子を少し離れたところから見ていた。
誰かと誰かが話している。
知識を交換している。
助け合っている。
そんな光景が、いつの間にか当たり前になっていた。
◇
夕方。
一人の村人が畑へやってきた。
「アルヴェインさん」
「ああ」
「この前教えてもらった通りに土を混ぜてみたんだ」
「どうだった?」
「作物の育ちが良くなった」
「それはよかった」
「また、いろいろ教えてもらってもいいか?」
「俺でよければ」
「ありがとう」
村人が帰っていく。
アルヴェインはその背中を見る。
「アルじいさん」
ミレアが隣に来る。
「なんだ?」
「もう村の人たち、アルじいさんを頼りにしてますよ」
「そうか?」
「はい」
「困ったな」
「嬉しそうですよ」
「そう見えるか?」
「見えます」
アルヴェインは少しだけ笑った。
◇
その日の夕方。
ノアが村の倉庫へ農具を取りに行った。
しばらくして戻ってきた彼の手には、古い金属片があった。
「アルヴェイン」
「なんだ、それ?」
「倉庫の奥に転がってた」
ノアが金属片を差し出す。
「昔の武器らしい」
アルヴェインは受け取った。
瞬間。
指先に、微かな感触が走った。
古い魔力の痕跡。
焦げた鉄の匂い。
遠い昔の戦場。
アルヴェインの目が、一瞬だけ遠くなる。
ノアが気づく。
「どうした?」
「……いや」
アルヴェインは金属片を見つめた。
「もう使えないな」
「だろうな。錆びてる」
「これは返す」
「分かった」
ノアが受け取る。
その様子を、少し離れたところからガルドが見ていた。
アルヴェインの表情が変わったこと。
金属片を握った瞬間、何かを思い出したような目をしたこと。
ガルドは何も言わなかった。
ただ、小さく呟く。
「……そうか」
◇
夜。
アルヴェインは納屋の整理をしていた。
古い木箱。
使っていない農具。
昔から残っている道具。
「こんなものまで持ってきたか」
一つの箱を開ける。
中は空だった。
底には、かすかな王国の紋章が残っている。
アルヴェインはしばらく見つめた。
「……もう、必要ないものだ」
箱を閉じる。
そして、そのまま奥へ戻した。
その時。
納屋の入口から声がした。
「アルじいちゃん!」
トーマだった。
「どうした?」
「明日使う道具、ここに置いていい?」
「ああ。邪魔にならないところにな」
「分かった!」
トーマが中へ入る。
ミレアも続いてきた。
「トーマ、勝手に奥へ行かないで」
「分かってるよ」
二人は納屋の隅を整理し始める。
アルヴェインは二人に任せて外へ出た。
そして。
誰も気づかなかった。
納屋の奥。
古い荷物の下に隠れていた、小さな木箱が少しだけ動いたことを。
その木箱は、長い年月を閉じ込めたまま、静かにそこにあった。
アルヴェインは知らない。
その中に眠っているものが、自分の過去を大きく揺り起こすことを。
まだ誰も知らない。
その木箱の中に――
かつて「大賢者」と呼ばれた男が、戦いの中で使っていた杖が眠っていることを。
畑の外では、夜風が静かに吹いていた。
そしてアルヴェインの知らないところで。
忘れたはずの過去が、少しずつ土の中から顔を出そうとしていた。




