第十八話 冒険者と角ウサギ
朝。
村の広場に、いつもより人が集まっていた。
「どうした?」
アルヴェインが近づくと、ガルドが振り返った。
「村の畑が荒らされた」
「どこの畑だ?」
「西側だ。豆と葉野菜が少しな」
アルヴェインは頷いた。
「角ウサギか?」
「おそらくな」
ガルドがため息をつく。
「最近、森の方で見かけることが増えている」
そこへカイルがやってきた。
「角ウサギですか?」
「ああ」
「それなら俺たちに任せてください!」
カイルが胸を張る。
リンもその後ろから歩いてきた。
「カイル、勝手に決めないで」
「でも困ってるんだろ?」
「そうだけど」
カイルはアルヴェインを見る。
「アルヴェインさんも来ますよね?」
「様子を見るだけだ」
「十分です!」
ミレアも手を挙げる。
「私も行きます」
トーマも続く。
「僕も!」
「トーマは畑を荒らされないように見張ってろ」
「えー!」
「お前の豆畑は無事なんだからな」
「……分かった」
トーマは渋々頷いた。
アルヴェインの畑では、今日もガルが入口を見張っている。
こちらの畑には何の被害もない。
ガルが毎日、きちんと番をしているからだ。
「ガル、留守番を頼む」
「わふ」
ガルはアルヴェインを見ると、いつもの場所に伏せた。
◇
西側の畑。
畑の端に、小さな穴がいくつも開いている。
「ここだな」
アルヴェインがしゃがみ込む。
土を指で触れる。
「足跡もある」
リンも近くを見る。
「小さいですね」
「ああ」
ミレアが周囲を見回す。
「一匹ですか?」
「二匹くらいかもしれない」
アルヴェインが答える。
カイルが驚く。
「どうして分かるんです?」
「食べられた量と足跡の重なり方だ」
「……」
リンがアルヴェインを見る。
まただ。
この老人は、まるで何年も角ウサギを観察してきたように話す。
「この先だ」
アルヴェインが森へ続く草むらを指差す。
「巣が近い」
「分かるんですか?」
「たぶんな」
カイルは剣の柄に手を置いた。
「じゃあ、俺が――」
「待て」
アルヴェインが言った。
「はい?」
「倒す必要はない」
「でも魔物ですよ?」
「村の畑を荒らさなければいい」
アルヴェインは足跡を見る。
「わざわざ殺す必要はないだろう」
カイルは少し考えた。
「……昨日と同じですね」
「ああ」
「力を使いすぎない」
「そういうことだ」
◇
しばらく探すと、草むらが動いた。
「いた!」
カイルが叫ぶ。
小さな角ウサギが、こちらを見ている。
白と茶色の毛。
額には小さな角。
「今度こそ!」
カイルが剣を抜く。
「カイル」
リンが呼ぶ。
「分かってる!」
カイルは剣を構えた。
角ウサギが身を低くする。
飛びかかろうとした、その時。
「待て」
アルヴェインの声。
カイルが止まった。
「……」
角ウサギも動きを止める。
「どうする?」
アルヴェインがカイルに尋ねる。
「え?」
「昨日のことを思い出せ」
カイルは考える。
追いかければ逃げる。
攻撃すれば、さらに逃げる。
だったら。
「……別の場所へ誘導する」
「どうやって?」
「食べ物を使う」
アルヴェインは頷いた。
「やってみろ」
◇
カイルは村人に頼んで、畑の外へ出す野菜の葉を少し分けてもらった。
リンが少し離れた場所へ葉を置く。
「これで来るかな?」
「たぶん」
カイルが息を潜める。
角ウサギが葉を見る。
一歩。
二歩。
ゆっくり近づいてくる。
「来た……」
カイルが小声で言う。
角ウサギが葉を食べ始めた。
リンがさらに少し先へ葉を置く。
角ウサギが移動する。
また置く。
少しずつ。
畑から離れていく。
「うまくいってる」
ミレアが小さく笑う。
やがて角ウサギは森の入口までたどり着いた。
そこで一度振り返る。
そして森の中へ消えていった。
「……やった」
カイルが呟いた。
「倒さなくても、守れるんですね」
アルヴェインは頷いた。
「ああ」
「これも強さですか?」
「さあな」
アルヴェインは笑った。
「だが、悪くない判断だ」
カイルの顔が明るくなる。
「ありがとうございます!」
「礼を言われるようなことじゃない」
「でも俺、嬉しいです」
「そうか」
◇
畑の持ち主が近づいてきた。
「ありがとうな、冒険者さん」
「いえ!」
カイルは頭を下げた。
「これでしばらく大丈夫だと思います」
「助かったよ」
村人が笑う。
「野菜が全滅しなくてよかった」
カイルは嬉しそうだった。
魔物を倒したわけではない。
誰かに大きな称号をもらったわけでもない。
それでも。
誰かの役に立った。
それが、思っていたより嬉しかった。
「英雄って……」
カイルが呟く。
「こういうことなのかもしれないな」
リンが横を見る。
「少しは分かってきた?」
「何となく」
アルヴェインは二人の会話を聞きながら、何も言わなかった。
◇
帰り道。
リンがアルヴェインの隣を歩いていた。
「アルヴェインさん」
「なんだ?」
「一つ聞いてもいいですか?」
「ああ」
「どうして、魔物のことをあんなによく知っているんですか?」
アルヴェインは歩きながら考える。
「長く生きていれば、それくらい分かる」
「……そうですか」
「何か変か?」
「いえ」
リンは笑った。
「ただの農夫にしては、いろいろ知っているなと思って」
「農夫も勉強するんだ」
「そうですね」
リンはそれ以上聞かなかった。
けれど、その疑問は消えなかった。
◇
夕方。
アルヴェインの畑。
ガルはいつもの場所に座っていた。
「ただいま」
「わふ」
アルヴェインが畑を見回す。
今日も無事だった。
「何もなかったか?」
「わふ」
ガルが尻尾を振る。
「そうか」
アルヴェインは畑の土に手を触れた。
少し離れた村の畑では、今日も作物が育っている。
「……畑は、みんなで守ればいい」
アルヴェインが呟く。
最初は、自分一人で暮らすために作った畑だった。
けれど今では。
誰かが手伝い。
誰かが教え。
誰かが守る。
そんな場所になり始めている。
アルヴェインは空を見上げた。
「静かに暮らすつもりだったんだがな」
ガルが隣で、
「わふ」
と鳴いた。
アルヴェインは小さく笑った。
今日もまた。
畑の隣に、人のつながりが一つ増えていた。




