↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名も知られぬ大賢者は畑を作って余生を過ごす  作者: まーサンタ
第二部 畑の隣に人が増える

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/32

第十五話 鍛冶師のこだわり



 朝。


 アルヴェインは畑で鍬を使っていた。


 ザクッ。


 ザクッ。


 土に刃を入れるたび、手に小さな違和感が伝わってくる。


「……そろそろだな」


 鍬を持ち上げる。


 刃の先が、ほんの少し欠けていた。


「ノアに頼むか」


 アルヴェインは鍬を肩に担いだ。


     ◇


 村の鍛冶場。


 カンッ!


 カンッ!


 いつもの音が響いている。


「ノア」


「……なんだ?」


 ノアが振り返る。


「鍬を直してほしい」


「見せろ」


 アルヴェインが鍬を渡す。


 ノアは刃を見るなり、


「買い替えればいいだろ」


「まだ使える」


「先が欠けてるぞ」


「少しだけだ」


「少しだけでも、農具としては困るだろ」


「だから直してほしい」


「……」


 ノアは鍬を裏返した。


 刃だけではなく、柄の部分までじっくり見る。


「ずいぶん大事に使ってるな」


「道具だからな」


「道具?」


「使えるものを、簡単に捨てる理由はない」


 ノアは黙った。


 そして鍬を作業台に置く。


「分かった。夕方までには直す」


「頼む」


     ◇


 夕方。


 アルヴェインが鍛冶場へ戻ると、ノアが鍬を差し出した。


「ほら」


「ありがとう」


 アルヴェインは刃を指でなぞる。


「いい仕上がりだ」


「当然だ」


 ノアは腕を組んだ。


「ところで、お前」


「なんだ?」


「この鍬、どうやって使ってる?」


「普通に」


「普通じゃねえ」


 ノアは柄を指差した。


「ここを見ろ」


「何かあるか?」


「握る場所がほとんど傷んでない」


「そうか?」


「毎日使ってるんだろ?」


「ああ」


「なのに変な力がかかってない」


 ノアは首を傾げた。


「普通はもっと傷む」


「力を入れすぎなければいい」


「簡単に言うな」


 ノアは苦笑した。


「鍬は剣みたいに振り回すもんじゃないぞ」


 アルヴェインが顔を上げる。


「それくらいは知っている」


「……今の言い方、ちょっと気になったな」


「何が?」


「いや」


 ノアは鍬を返した。


「農夫らしくなってきたと思っただけだ」


     ◇


 翌朝。


 ノアが畑へやってきた。


「アルヴェイン!」


「どうした?」


「鍬を届けに来た」


「昨日もらったぞ」


「そうじゃない」


 ノアは畑を見渡す。


「ちょっと見せろ」


「何を?」


「お前の畑仕事」


 アルヴェインは少し考えた。


「見て面白いものじゃないぞ」


「いいから」


「好きにしろ」


 アルヴェインは鍬を握る。


 畝の横に立つ。


 土を見る。


 指で少し触れる。


「……昨日、雨が降ったから、この辺りはまだ柔らかい」


 ザクッ。


 浅く鍬を入れる。


 少し移動する。


 ザクッ。


 今度は深く入れる。


 ノアが目を細めた。


「……場所によって変えてるのか?」


「ああ」


「土が違うから?」


「そうだ」


「全部同じように耕す方が楽だろ」


「楽なのと、いい方法なのは違う」


 ノアは黙った。


「鍬は土に合わせる」


 アルヴェインが言う。


「道具に無理をさせても、土に無理をさせても、長続きしない」


「……」


「だから、力は必要な分だけ使う」


 ノアはしばらくアルヴェインを見ていた。


「お前、本当に農夫なのか?」


「今はな」


「今は?」


「昔はいろいろやっていた」


「何を?」


「いろいろだ」


 アルヴェインは鍬を動かす。


「昔の話は、もういいだろ」


 ノアはそれ以上聞かなかった。


     ◇


 そこへミレアとトーマがやってきた。


「アルじいさん!」


「おはようございます」


「おう、ミレア」


 ノアも手を上げる。


「ノアさん、何してるんですか?」


「こいつの畑仕事を見てた」


「アルじいさんの?」


「そうだ」


 トーマが鍬を持つ。


「僕もやる!」


「待て」


 ノアが止める。


「鍬をそんな持ち方するな」


「え?」


「道具は大事に扱え」


 ノアが柄を握る位置を直してやる。


「こうだ」


「こう?」


「ああ」


 トーマが鍬を振る。


 ザクッ。


「できた!」


「今度はアルじいさんが教える」


 アルヴェインが土を見る。


「トーマ」


「はい!」


「さっきより少し浅く」


「どうして?」


「ここは土が柔らかい」


「分かった!」


 トーマがもう一度鍬を入れる。


 ザクッ。


「おお!」


 ミレアが拍手する。


「上手!」


「へへっ」


 ノアが腕を組む。


「なるほどな」


「何が?」


 ミレアが尋ねる。


「俺は道具の使い方を教える」


 ノアはアルヴェインを見る。


「こいつは土の見方を教える」


「二人とも先生ですね」


 アルヴェインが苦笑した。


「俺は先生じゃない」


「じゃあ何ですか?」


「農夫だ」


 ノアが吹き出す。


「まだ言ってやがる」


     ◇


 昼。


 ノアは畑の端で弁当を食べていた。


 ガルが近づいてくる。


「おう、ガル」


 灰色の魔獣がノアを見る。


 尻尾を一度振る。


「今日も見張りか?」


「わふ」


「ご苦労さん」


 ノアはガルの頭を軽く撫でた。


 すっかり慣れたものだった。


 村ではもう、ガルを特別な存在として騒ぐ者はいない。


 畑の番犬。


 それが今のガルの役割だった。


 ノアはふと畑を見る。


 アルヴェイン。


 ミレア。


 トーマ。


 薬草園のエマ。


 畑の入口にいるガル。


 いつの間にか、あの荒れ地には人が集まっている。


「……一人で暮らしたい奴の畑には見えねえな」


 ノアが呟く。


 アルヴェインが振り返る。


「何か言ったか?」


「何でもねえ」


     ◇


 夕方。


 ノアが帰ろうとすると、アルヴェインが声をかけた。


「ノア」


「ん?」


「鍬、助かった」


「……ああ」


「また頼むかもしれない」


「いつでも来い」


 ノアは少し笑った。


「ただし、次はもっと丈夫なのを作ってやる」


「今ので十分だ」


「鍛冶師としては、それじゃ困る」


「そうか」


「俺が納得するまで改良する」


「好きにしろ」


 ノアは鍛冶場へ戻っていった。


 アルヴェインはその背中を見送る。


「……変わった男だな」


 ガルが隣に来る。


「わふ」


「お前もそう思うか?」


 ガルは答えない。


 ただ、尻尾を揺らした。


 アルヴェインは畑を見る。


 自分一人で始めた場所。


 そこに今は、薬草があり。


 子供の小さな畑があり。


 鍛冶師が作った道具があり。


 番犬までいる。


「静かに暮らすつもりだったんだがな」


 アルヴェインは小さく笑った。


「……まあ、悪くない」


 夕暮れの畑に、穏やかな風が吹いた。


 そしてその日。


 畑の隣に――


 また一人、居場所を見つけた男がいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。