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名も知られぬ大賢者は畑を作って余生を過ごす  作者: まーサンタ
第二部 畑の隣に人が増える

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第十四話 薬草を育てる



 朝。


 アルヴェインが畑へ出ると、薬草園の前にエマが立っていた。


「おはようございます」


「ああ。早いな」


「昨日から少し気になっていて」


 エマは薬草の葉を一枚、指先でそっと触る。


「ここの薬草、普通より育ちがいいです」


「そうか?」


「ええ。葉の色もいいし、根の張り方もきれいです」


 アルヴェインはしゃがみ込んだ。


「水をやりすぎてないか?」


「気をつけています」


「それなら土だな」


「やっぱり、そう思います?」


「ああ」


 アルヴェインは土を少し掘る。


「この辺りは水はけがいい。薬草には向いている」


「野菜だけじゃなく、薬草にも詳しいんですね」


「育てるものなら、大体同じだ」


「でも、薬草は種類によってかなり違いますよ」


「そこは教えてくれ」


 エマが少し驚いた。


「私に?」


「ああ」


「アルヴェインさんでも知らないことがあるんですね」


「知らないことだらけだ」


 アルヴェインは平然と言った。


「魔法なら長年やってきたが、植物のことはまだまだだ」


 エマは微笑んだ。


「じゃあ、私が先生ですね」


「頼む」


     ◇


 エマは薬草を一種類ずつ説明していった。


「これは傷薬に使います」


「収穫は?」


「花が咲く直前」


「なるほど」


「これは乾燥させてから使います」


「日陰で?」


「そうです」


「湿気は?」


「避けます」


 アルヴェインは覚える。


 一つずつ。


 丁寧に。


 魔法の呪文を覚える時とは違う。


 植物には植物の都合がある。


 急かしても育たない。


 命令しても芽は出ない。


「面白いですね」


 エマが言った。


「何が?」


「アルヴェインさんが、こんなに真剣に薬草の話を聞いているのが」


「知らないからな」


「知りたい?」


「ああ」


 アルヴェインは芽を眺める。


「育つものを見るのは好きだ」


     ◇


 昼過ぎ。


 ミレアが籠を持ってやってきた。


「エマさん、ここにいたんですね」


「ええ。薬草を見ています」


「私も手伝います!」


 ミレアはすぐにしゃがみ込む。


「これ、雑草ですか?」


「それは薬草」


「こっちは?」


「雑草です」


「……難しい」


 アルヴェインが笑う。


「葉の形を覚えれば分かる」


「アルじいさんは全部分かるんですか?」


「いや」


「えっ?」


「俺もエマに教えてもらっている」


 ミレアは意外そうな顔をした。


「アルじいさんでも知らないことがあるんだ」


「当たり前だ」


「なんか安心しました」


「どういう意味だ?」


「何でも知ってる人みたいだから」


 アルヴェインは苦笑した。


「俺は農夫だぞ」


「はいはい」


「信じてないな」


「ちょっとだけ」


     ◇


 そこへトーマが走ってきた。


「アルじいちゃん!」


「走るな。転ぶぞ」


「大丈夫!」


 言った直後。


 石につまずいた。


「あっ!」


 転びそうになったトーマの体を、ガルが横から支えた。


「わっ!」


 ガルの大きな体に抱きつくような形になる。


「ガル、ありがとう!」


「わふ」


 エマが笑う。


「本当に賢いですね」


「ああ」


「アルヴェインさんが教えたんですか?」


「俺は何も教えてない」


 アルヴェインはガルを見る。


「こいつが勝手に覚えた」


 ガルは何事もなかったように畑の入口へ戻っていく。


「すごい……」


 ミレアが感心する。


「村の子供たちのこと、ちゃんと見てるんですね」


「番犬だからな」


「それだけじゃない気がします」


 アルヴェインは答えなかった。


     ◇


 夕方。


 エマが帰ろうとした時、アルヴェインが呼び止めた。


「エマ」


「はい?」


「薬草を育てる場所を、もう少し広げようと思う」


「本当ですか?」


「ああ」


「だったら、薬草の種類を増やせます」


「どんなものがいい?」


 エマは少し考えた。


「傷薬になるもの。それから熱を下げるもの。お腹の薬になるものも」


「分かった」


「……アルヴェインさん」


「何だ?」


「薬草園を作るの、楽しいですか?」


 アルヴェインは少し考えた。


「楽しいというより――」


 畑を見る。


 野菜。


 薬草。


 小さな畝。


 トーマの豆畑。


 そして、入口で番をするガル。


「誰かの役に立つものが育つのは、悪くない」


 エマは静かに笑った。


「そうですね」


     ◇


 その夜。


 アルヴェインは一人で畑を見回った。


 薬草園の小さな芽。


 昼間より少し伸びている。


「植物は急げない」


 土に手を触れる。


「だから、人間が待つしかない」


 昔。


 魔法なら、一瞬で結果を出せた。


 敵を倒すことも。


 傷を治すことも。


 巨大な城壁を作ることも。


 けれど畑は違う。


 種を植える。


 水をやる。


 草を取る。


 そして待つ。


「……やっぱり、こっちの方が難しいな」


 アルヴェインは小さく笑った。


 その時、背後から足音がした。


「アルじいさん?」


 ミレアだった。


「まだ起きてたのか」


「アルじいさんこそ」


「少し畑を見ていた」


「明日でもいいのに」


「そうだな」


 ミレアは隣に立つ。


「薬草、増やすんですよね?」


「ああ」


「畑、どんどん大きくなりますね」


「そうだな」


「人も増えました」


「……人?」


「私、トーマ、エマさん、ノアさん。それにガル」


 ミレアが笑う。


「最初はアルじいさん一人だったのに」


 アルヴェインは黙って畑を見た。


 確かにそうだった。


 誰とも関わらないために、ここへ来た。


 静かに土を耕して。


 静かに作物を育てて。


 静かに余生を過ごすつもりだった。


 なのに。


 気がつけば、畑の隣には人がいる。


「……不思議なものだな」


「何がです?」


「いや」


 アルヴェインは笑った。


「明日も早い。もう寝ろ」


「はい。おやすみなさい、アルじいさん」


「ああ。おやすみ」


 ミレアが帰っていく。


 アルヴェインはもう一度、畑を眺めた。


 そして入口に座るガルを見る。


「お前も寝ろ」


「わふ」


「……番犬は大変だな」


 ガルは朱色の瞳で、静かな夜の村を見つめていた。


 畑の隣に。


 また一つ。


 新しいものが育ち始めていた。

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