第十三話 畑の番犬
朝。
アルヴェインが畑へ出ると、すでに先客がいた。
灰色の大きな体。
朱色の瞳。
畑の入口に座り、周囲をじっと見張っている。
「おはよう、ガル」
アルヴェインが声をかける。
ガルは振り返り、尻尾を一度だけ振った。
「今日も早いな」
「わふ」
「そうか」
アルヴェインは鍬を持った。
ガルは再び畑の外へ視線を戻す。
すっかり、この場所が自分の持ち場になっている。
村の人々も、もうガルを怖がってはいなかった。
最初の頃こそ、
「魔獣が畑にいるぞ」
と騒がれたものだが、今では子供たちが近くを通っても誰も気にしない。
むしろ――。
「あ、ガルだ!」
遠くからトーマの声が聞こえた。
ガルの耳がぴくりと動く。
「おはよう!」
トーマが走ってくる。
ガルは立ち上がった。
そしてトーマが近づいてくると、頭を低くする。
「よしよし」
トーマが頭を撫でる。
「今日も番犬してるの?」
「わふ」
「偉いなあ」
「お前も少しは畑を手伝え」
アルヴェインが言う。
「分かってる!」
トーマはすぐに畑へ入っていった。
◇
しばらくすると、ミレアもやってきた。
「アルじいさん、おはようございます」
「ああ」
「トーマ、朝から来てたんですね」
「毎日来る」
「すっかりお気に入りですね」
ミレアはガルを見る。
「ガルも元気そう」
ガルはミレアの方を見る。
尻尾がゆっくり動いた。
「本当に賢いですよね」
「ああ」
「村の人の顔、みんな覚えてるんじゃないですか?」
「たぶんな」
「私も?」
「もちろんだろ」
ミレアが笑う。
「じゃあ、私が近づいてもちゃんと分かってくれるんだ」
ガルがミレアの手に鼻を近づける。
「ほら」
「本当だ」
そこへ村長のガルドが歩いてきた。
「おはよう」
「おじいちゃん、おはよう」
ミレアが振り返る。
ガルドはガルを見る。
「今日も畑の番か」
「そうらしい」
「最初はどうなることかと思ったがな」
ガルドが笑う。
「今じゃ、村の子供たちの方がガルに懐いている」
「ガルも子供には甘いからな」
アルヴェインが言う。
「魔獣なのに不思議なものだ」
「性格だろう」
ガルドは少しだけアルヴェインを見る。
「……お前の言うことは、本当によく聞くな」
「そうか?」
「ああ」
ガルドはそれ以上言わなかった。
アルヴェインも何も言わない。
ガルドは、アルヴェインについて気づいていることがある。
だが、それを口にするつもりはなかった。
◇
昼前。
ノアが鍛冶場からやってきた。
「アルヴェイン!」
「なんだ?」
「昨日頼まれた道具、できたぞ」
ノアが小さな金具を渡す。
「早いな」
「簡単なものだからな」
アルヴェインは受け取って確認する。
「いい出来だ」
「当然だ」
ノアが胸を張る。
その時、ガルがノアを見る。
「おう、ガル」
ノアが手を上げる。
ガルは一度だけ尻尾を振った。
「こいつ、俺のことも覚えてやがる」
「毎日見てるからな」
「犬みたいだな」
「狼型の魔獣だ」
「分かってるよ」
ノアは笑った。
「でも、畑の番犬としては最高だな」
ガルは誇らしげに胸を張った。
◇
午後。
エマも薬草を持ってやってきた。
「ガル、こんにちは」
「わふ」
「今日も元気ね」
エマはガルの横を通り、薬草園へ向かう。
「アルヴェインさん、少し見てください」
「ああ」
二人が薬草を確認している間も、ガルは畑の入口から動かない。
誰かが近づけば見る。
村人なら何もしない。
知らない人間なら、じっと観察する。
そしてアルヴェインが一言、
「大丈夫だ」
と言えば、すぐに警戒を解く。
その様子を見ていたトーマが言った。
「ガルって、アルじいちゃんのこと信じてるんだね」
「そうだな」
アルヴェインはガルを見る。
「俺も信じてる」
ガルの耳が動いた。
「わふ」
小さく鳴く。
◇
夕方。
畑仕事を終えたアルヴェインは、ガルの横に座った。
「最初は、ただの居候だったのにな」
ガルを見る。
「今じゃ、立派な番犬だ」
ガルはアルヴェインの手に鼻先を寄せる。
「……番犬というより、見張り役か」
村の方を見る。
家々に灯りがともり始めている。
子供たちの声。
鍛冶場から聞こえる鉄の音。
薬草を煮る匂い。
少しずつ、人の気配が増えている。
アルヴェインは、それを眺めた。
「静かに暮らすつもりだったんだがな」
「わふ」
「お前もそう思うか?」
ガルは答えない。
ただ、アルヴェインの隣に座っている。
「……まあ、悪くない」
アルヴェインは立ち上がった。
「帰るぞ、ガル」
ガルも立ち上がる。
二人並んで家へ向かう。
畑の入口には、今日もガルがいた。
村人たちにとっては、もう当たり前の光景だった。
――アルヴェインの畑には、灰色の魔獣がいる。
――その魔獣は、畑を守っている。
そして誰も知らない。
その魔獣を従える老人が、かつてどれほどの力を持っていたのかを。
ただ一人。
村長のガルドだけが、その秘密に気づいていた。




