ライバルとの邂逅
翌朝、悠馬は氷川が運転する軽自動車の助手席で、窓の外を流れる日高の風景をぼんやりと眺めていた。
「しかし氷川さん、朝の七時出発は早すぎでしょ……」
「種牡馬見学のアポイントは九時からです。移動に一時間、余裕を見て三十分前到着。妥当なスケジュールです」
「相変わらずキッチリしてるっすね……」
今日の目的地は、日高でも有数の種牡馬牧場「ノーザンストームスタッド」。ダンジグ系の種牡馬を複数繋養しており、悠馬が狙っている血統の馬がいる。先日、氷川が手際よくアポイントを取ってくれたのだ。
「しかしオーナー、なぜあの牧場を選んだんです?」
「んー、カケラの能力を伸ばすには、ダンジグ系でスピードと瞬発力を強化したい。あの牧場には、ちょうどいい種牡馬が何頭かいるはず」
「また『勘』ですか」
「そうっす!w」
氷川はため息をついたが、それ以上は何も言わなかった。
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ノーザンストームスタッドに到着すると、広大な敷地と立派な馬房に、悠馬は素直に感嘆の声を上げた。
「うわあ、スケールが違う……うちの五倍はあるでしょ、これ」
「五十倍の間違いでは」
二人がエントランスで待っていると、奥からスーツ姿の若い男が現れた。長身でモデルのような容姿。高級そうなスーツをさらりと着こなし、自信に満ちた笑みを浮かべている。
「やあ、君が霧島ファームの新しいオーナーか」
男は悠馬を見下ろすように言った。
「噂は聞いているよ」
「どんな噂っすか?w」
「破産寸前の牧場を継いだ、馬鹿な若造——とな」
悠馬は一瞬きょとんとしたが、すぐにいつもの調子で笑い返した。
「そりゃまた、手厳しいことでw で、あんたは?」
「失礼。私は天城颯馬。天城ファームの者だ。今日はここのオーナーに頼まれて、君たちの案内を任されている」
天城颯馬——。悠馬は内心で身構えた。天城ファームといえば日高最大手の牧場だ。そして、田所がかつて所属していた牧場でもある。
「天城ファームの若旦那が、なんでうちみたいな弱小牧場の案内を?」
「興味があったんだよ。田所の爺さんが選んだ新しいオーナーとやらにね」
颯馬の声には、明確な敵意が込められていた。
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三人は並んで種牡馬の馬房を見て回った。ノーザンストームスタッドには、十頭以上の種牡馬が繋養されている。G1を勝った馬から、重賞どまりの馬まで、その顔ぶれは多彩だった。
「この馬は『ストームブリンガー』。スプリンターズSを三連覇した名馬だ。種付け料は八百万」
「たっか!w うちの年間予算が吹き飛ぶっすよ」
「こちらは『ゲイルダンサー』。芝のマイルで活躍した。種付け料は三百万」
「お、それならギリギリ……」
悠馬は馬房の前に立つと、そっと手を伸ばした。
「おい、勝手に触るな——」
颯馬が制止する間もなく、悠馬の手はゲイルダンサーの鼻先に触れていた。
その瞬間——。
**スピード:青(中程度の光)**
**スタミナ:緑(弱い光)**
**瞬発力:赤(強い光)**
**気性:黄(安定)**
**健康:白(やや弱い)**
さらに、馬の「感情」が流れ込んでくる。プライドが高い。自分を安売りしたくない。もっと走りたかった。引退は早すぎた——
「……なるほど」
悠馬は手を引いた。ゲイルダンサーは、なぜか名残惜しそうに鼻を鳴らした。
「あんた、プライド高いんだな。でも、悪くない」
颯馬が眉をひそめる。
「何を言っている?」
「こいつ、まだ走りたがってる。引退が早すぎたって思ってる。だから種付けでも、手を抜かない。ちゃんと走れる仔を残したいって——」
「気性が難しい馬だって、データにも出ているはずだが」
「データだけじゃわからないことって、あるんすよ」
颯馬はしばらく黙って悠馬を見つめていたが、やがて口元を歪めた。
「面白いな、君は」
「よく言われますw」
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見学を終え、三人は牧場の応接室に移動した。氷川が持参した資料を広げ、具体的な種付けの交渉に入る。
「ゲイルダンサーに申し込むとして、種付け料三百万。支払いは一括か?」
「分割でお願いしたいっす。うち、まだ余裕ないんで」
「ふん、だろうな」
颯馬はソファに深く腰掛け、悠馬を見据えた。
「だが、ゲイルダンサーの今年の申し込みはすでに一杯だ。来年に回してもらうしかない」
「えっ、そうなんすか!?」
「ああ。だから——」
颯馬は立ち上がり、悠馬に近づいた。
「君に提案がある。うちの牧場で繋養している種牡馬を使わないか? ダンジグ系なら『ストームチェイサー』がいる。種付け料は二百万だ」
「なんでまた、ライバルにそんな親切を?」
「親切じゃない。興味だ」
颯馬は笑った。それは、どこか獲物を見るような目だった。
「君の言う『データだけじゃわからないこと』とやらが、本当に結果を出せるのか——見てみたい」
「なるほど、実験台っすかw」
「そういうことだ。どうする?」
悠馬は少し考えた。天城ファームの種牡馬を使うということは、ライバルの手のひらで踊るようなものだ。だが、選択肢は多くない。
「そのストームチェイサーって馬、見せてもらえます?」
「ああ、構わない」
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天城ファームは、ノーザンストームスタッドよりもさらに広大な敷地を誇っていた。馬房は百を超え、放牧地は見渡す限り続いている。
「すげえ……これが大手か……」
「感心している場合か。こっちだ」
颯馬に案内され、悠馬たちはストームチェイサーの馬房へ向かった。芦毛の巨漢で、筋肉の塊のような馬体をしている。
「この馬は現役時代、ダートの中距離で無双した。G1は三勝。気性は荒いが、走りは本物だ」
悠馬は馬房の前に立った。ストームチェイサーは耳を伏せ、警戒した目で悠馬を睨んでいる。
「気をつけろ、噛みつくぞ」
「大丈夫っすよ」
悠馬はゆっくりと手を差し伸べた。ストームチェイサーは鼻を鳴らし、牙を剥きかけた——が。
悠馬の手が触れた瞬間、馬の動きが止まった。
**スピード:青(強い光)**
**スタミナ:緑(強い光)**
**瞬発力:赤(中程度)**
**気性:黄(激しく揺らぐ=荒いが、根は臆病)**
**健康:白(強い光)**
感情が流れ込んでくる。怖い。人間が怖い。期待されるのが怖い。走るのは好きだ。でも、負けたらどうしよう。いつも怖い——
「……そうか、お前、怖がってただけなんだな」
悠馬は静かな声で囁いた。
「大丈夫だ。お前の仔は、俺がちゃんと走らせる。怖がらなくていい」
ストームチェイサーの耳が、ゆっくりと前に向いた。そして、巨体をかがめて、悠馬の手に鼻先を押し付けた。
颯馬が、信じられないものを見た顔で立ち尽くしている。
「……あのストームチェイサーが、初対面の人間に懐くとは」
「まあ、俺、馬には好かれるみたいっすよw」
「……何者なんだ、君は」
颯馬の声には、先ほどまでの余裕が消えていた。
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帰りの車中。悠馬は助手席で、スマホを眺めていた。
「ストームチェイサー、いい馬だったっすね」
「そうですね。種付け料も二百万と、予算内です」
氷川はハンドルを握りながら、ちらりと悠馬を見た。
「しかし、天城ファームの種牡馬を使うのは、リスクではありませんか? あの男、何か企んでいるのでは」
「かもね。でも、馬に罪はないっすから」
悠馬は窓の外を見つめながら、ぽつりと言った。
「ストームチェイサーは、怖がってただけだ。人間に期待されるのが怖くて、だから牙を剥いてた。でも、本当は走りたいんだ。自分の仔が走るのを見たいんだ」
「……オーナーには、それがわかるんですか」
「まあ、なんとなくっすよw」
悠馬は笑ったが、氷川はそれ以上追及しなかった。
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その夜。悠馬のスマホが震えた。
≪新ミッション:ホシノナミダの配合相手を決定せよ≫
≪現在の候補:ストームチェイサー(天城ファーム)≫
≪決定しますか? YES / NO≫
悠馬は迷わず、YESをタップした。
≪決定しました。種付け料二百万円を予算から支出します≫
≪報酬:厩舎の増築費用 800万円を入金しました≫
≪新ミッション:天城ファームの秘密を探れ≫
≪期限:制限なし≫
≪報酬:???≫
「天城ファームの秘密……?」
悠馬はスマホを見つめながら、今日の颯馬の言葉を思い出していた。
——君の言う『データだけじゃわからないこと』とやらが、本当に結果を出せるのか、見てみたい。
「あいつも、何かを探してるのかもな」
悠馬はそう呟いて、布団に潛り込んだ。明日からは、いよいよキセキノカケラの育成が本格化する。そして、新しい仔馬の誕生に向けての準備も。
「やることいっぱいっすね……おやすみなさい」
こうして、霧島ファームの新たな一歩が、静かに踏み出されたのだった。




