第六話「修羅の血肉」
元は、ご神木を飾るための、しめ縄だったと言う。
「お前の使い勝手の良いように、綯い直した。雪緋の霊気を込めてある」と、ぶっきらぼうに神職の者は言う。「これで結界を使えば、どんな妖魔も封じられる」
「ありがとうございます」と、少女はまだ硬い縄を受け取り、慇懃に挨拶をした。
国の中で起こる騒動を、方々で治めて行く間に、少女は新しい武器の使い方を学んで行った。
何故、少女が「妖魔狩り」を志したのかを、神職の者達は聞けずに居た。
彼女が、自分のきょうだいだけに向ける笑顔を、先の人物は、憮然とした心持で眺める。
あの「二人」への扱い方が悪いのだろうが、少女は、決して自分ときょうだいの輪の中に、他人を入れない。
白い髪と赤い瞳を持つ彼女を、恋い慕う者がいないわけではない。しかし、それは人間の女への思いとは違った。
何故なら、少女は龍神を奉るために育てられた、神体その者なのであるのだから。
術にかかった奥方は、ようやく「我に返った顔」をし、へなへなと床に座り込んだ。
それでも、童は掴んだ手を緩めなかった。
娘は、奥方に問うた。
「何故、己が子を殺めた?」
奥方は、端的に答える。
「あの妖が、子の肉を求めるからだ。凛之助、庄之助、お紗枝、お美菜、宗之介……。みんな妖に差し出した。あいつは、私の目の前で食らって見せた」
娘の問いは続く。
「妖と言うのは?」
「見れば分かるだろう。何故あの男が、病に臥せっていた男が、今、あれほどに強靭に成ったのか」
確証を得た娘は、奥方の首から縄を外した。
同時に、童の手から、緑色の光が奥方の体に行き渡る。彼女は、ぐったりと意識を失った。
ふすまの隙間から覗くと、壁に、幾つも刀や槍が飾られている部屋があった。奥には布団が述べられ、いびきが聞こえた。此処が地主の寝室らしい。
娘と童は、ふすまを潜り、その部屋の畳の上で眠っている者を、見下ろした。
床の中に居る其れは、既に人の姿ではない。角と牙を生やし、真っ赤に染まった皮膚をしている。
かつて地主の病を治したと言う「腕の良い医者」が何をしたのかを、二人は知る事となった。
修羅の血肉を、地主に食わせたのだ。
妖の気を放つようになった男は、身の内に溶けた血肉に意識を奪われ、妻を洗脳し、自分の配下に置いた。
肉を求め、やがて人の子等に手を付けた。
床下の骨は、無数にあった。自分の子供だけでなく、村中の子供を取っては食って居たのだろう。
娘が袂から刃を取り出すと、さっきまでいびきをかいていた男が、「やめておけ」と唸った。
娘と童は、その場から跳び退る。
男はゆっくりと床から体を起こし、膝をついて立ち上がった。その身の丈は六尺以上ある。
鬼は、唸るような声を出す。
「神祓いの娘。お前が対峙しているのは、地獄を管理する鬼神であるぞ。平伏すが良い」
娘は首を横に振り、刃を構えると、「唯の人食いだ」と断言した。
彼女が、瞬く間に間を詰め、切りつけると同時に、鬼は身の丈からは似合わないほど素早く、身を翻した。
刃は空を切ったが、娘は背を見せぬよう、くるりと相手の方に向き直る。再び、刃を相手の方に突きつける。
鬼は壁に飾られていた太刀を手に取り、鞘から抜き放つ。拭っても取れぬ血糊がついた、不気味な太刀だった。
娘は、武器の不利を知った。
骨を磨いて作った刃は、鋼の刃で叩かれれば、軽く折れてしまうだろう。
打ち合いをする余裕はない。
その利を知ってか、鬼は勝機を得た顔をして、切りかかってくる。
娘は、刃を避け、庭に躍り出た。
追って来た鬼は、尚も鋭く切りつけてきた。真上から、右から、左から、そして中心を貫くように。
娘は、踊り子のような軽やかな身のこなしで、細かく体を操り、避けて、避け続けた。
振るわれた太刀が、慣性のままに流れると予想して居たら、すぐさま刃を返して往復で切り付けて来る。
娘も、この時は左腕の衣の袖が少し裂け、血が出ない程度の浅い切り傷が出来た。
背後を取ろうと隙を狙ったが、鬼は娘以上に素早い。
それでも娘は跳躍し、鬼の首を目がけて切りかかる。
鬼は、娘の一撃を紙一重で避けた隙に、自分の顔の横を通った娘の腕を捉えた。
痣の出来そうな握力に、娘は顔を歪め、歯を食いしばった。
鬼は唸る。
「四肢を切り刻んで、食ろうてやろう」
娘の頭に向かって、太刀が振り上げられた。
忍び寄っていた童が、背後から鬼の背に飛び掛かる。その目元に指を立て、太刀を握っている手を握りつぶそうとした。
鬼の目元から、血が滲む。しかし、腕のほうはびくともしない。
「硬い」と、童は呻いた。
鬼は、首を大きく振る。頭に回していたほうの、童の手が離れた。
その隙に、娘は鬼の首に縄をかけた。妖の気が断たれる時の、衝撃が走る。
ゴンッと言う、岩に岩がぶつかったような音がした。
鬼の体は、動きの途中で硬直する。
「人食いよ」と、娘は息を切らせ、唱える。「お前の命、これ以上、長らえる事はない」
鬼は口も動かせないようで、何も語らない。
「セツヒ」と、娘は相棒に声をかけた。
童は、牙の並ぶ口を大きく開けると、六尺の身の丈の鬼を、一口で呑み込んだ。
後に残ったのは、手入れの行き届いていない、血糊がべったりと付いた太刀だけだった。
次の日の朝、地主の家の奉公人達は、「旦那様」が居なくなっている事と、「奥様」が子供部屋で倒れているのを発見した。
そして、剝がされている畳の下から、奇妙な悪臭がする事にも気づいた。
ようやく履き慣れてきた雪駄で雪を踏みしめながら、娘と童は西南を目指す。
元凶が居なくなったあの村で、あれ以上、子供のかどわかしが起こる事はないだろう。
娘は、片手に握り込めるだけの小判が何枚あるか、歩きながら数えている。
地主の家を去る時に、盗んできたものだ。
手触りの柔らかい小判は、だいぶ質の良い金が含まれているようだった。
「暫く、路銀には困らないだろうね」
そう言って歩を進める彼等の先には、まだ深い夜が続いている。
修羅の血肉を「薬」として用いている医者は、今日も何処かで新しい鬼を作っているのだから。
あの部屋の床下で、子供達の骨を見つけた奉公人達は、骨を集め、共同墓地に埋めた。
発狂した奥方は、しっかりした証言が出来るわけではなかったが、衝動的に子供を殺そうとするので、奉行所に連れられて行き、獄門の刑に処された。
地主の後釜には彼の甥が就き、その地を治める事となった。
新しい若き地主は、やがて見合いをして、村の娘の中から妻を娶った。
一時期は、全く子供の姿が見えなかった村に、はしゃぎまわって遊ぶ子等の姿が見られるようになるのは、約四年後の事である。
コトコトと、煮える鍋がある。
山の中の一軒家には、ぼさぼさの髪を長く伸ばした老婆が住んでいた。
髪の色は白髪の混ざる僅かに赤を含んだ茶で、その皮膚には長く生きた者の持つ皴が、深く刻まれていた。
床に置かれたまな板の傍らに、狸の皮が見えた。
狸肉を食う予定のようだ。
天井からは、薬草や香草の類が干され、壁際には複数の壺が置かれ、床の間には、牛の頭を飾ってある。
「怖やぁ。怖やぁ」と、老婆は呟いた。「人の子、怖やぁ。全部喰っちまう」
そう言ってから、老婆は壺の一つに、狸肉の一片を放り投げた。
壺の口の所に引っかかった肉は、汁を滴らせた。
餌に気づいたように、壺は、まるで食うかの如く肉片を吸い込む。
「ふん。旨いか?」と、老婆は壺に笑みを向ける。
壺の中から、キャッキャと歓声を上げる子供の声が聞こえた。




