第四話「湖の亡霊」
打ち捨てられた、古い大きな社の中で、少女は骨の山を見つけた。
「此処が、私達のおかあの居た場所か」と言って、うず高く積まれている骨を撫でる。
彼女の隣にいる、蛇のようなものは、ある場所に少女を連れて行った。
其処には、他の骨に比べてまだ真新しい、巨大な鯨のような骨があった。
その骨は少女の手に馴染みがよく、よく研げば鋭い刃として使えそうだった。
「私、体を鍛えようかな」と、少女は言う。「何にも出来ないままじゃ、居られないもの」
蛇のようなものは、すり寄るように、少女の頬に頭を寄せた。
革製の煙草入れの中には、煙管と一緒に、煙草の葉が三分の一ほど入って居た。
「火を」と、娘が声をかけると、童は指の先に赤い火を燈らせた。
地面に山にした煙草の葉に、小さな火を燈す。
それに細く息を吹きかけると、紫煙が舞い、洞穴の方へ流れて行った。
洞穴の中から、煙の臭いが戻ってくるくらいに、充満した頃。
シャッと、喉を鳴らしながら、洞穴から小さな蛇が飛び出して来た。
娘はそれを手で掴んで、勢いよく遠くへ放り投げる。
化け物が現れる事を察し、娘は洞穴の前から飛び退いた。
洞穴を注視して居た童の目に、血濡れの化け物が映る。しかし、彼の表情は崩れない。
それは、人を一飲みに出来そうな、見上げるような巨体の蛇だった。
木の幹の如き胴体を持つ蛇達が、次々に洞穴から出てくる。
その中には、潰された片目から出血しているものや、腹からまだ流血しているもの、そして敵から受けて自然治癒した傷跡を持つものも居た。
その足元には、通常の大きさの蛇達が群れ集まり、威嚇するように牙をむいている。
「大蛇は十五居る」と、娘は袂から針の様な刃を手に取り、敵の数を数えた。「小蛇は八十居る」
童は頷き、胸の前で青い炎を練った。
「一つ目!」と声をかけて、娘は素早く走り出し、高く跳躍する。
狙われた大蛇の一匹が、口を大きく開け、牙を見せた。
娘はその鼻先に取り付き、腕力と腹筋で身を引き上げると、蛇の顔の上に膝をつく。
娘の手にした刃が、大蛇の両目を貫いた。
同時に、大蛇の首から下は、童の放った火炎の波で焼き尽くされた。
娘は、すとんと岩場に着地して、次の獲物を見定める。
「二つ目!」と、相棒に声をかけ、少女は蛇の首の後ろを踏み台に、その頭の上に駆け上がった。
そのようにして、十五の化け蛇の首を取った娘は、炎に巻き込まれて焼け死んだ小蛇達を尻目に、洞穴の中を確認した。
そこには、無数の卵を抱いてうずくまる、一層体の大きな蛇が居た。
喉を鳴らし、牙をむき、大蛇は敵を威嚇する。
その周りには、肉を消化した後、吐き出されたと思われる、人骨が散乱していた。
大蛇達は、外で獲物を狩って、この身動きの出来ない蛇に、食料を分け与えて居たのだろう。
「人食らうもの」と、娘は刃を構え、蛇に声をかける。「お前の命、もらい受ける」
蛇は、何も言わなかった。
娘は、死んだ蛇の首に何度も刃を立てて、頭を引き千切ると、それを持って洞穴から出てきた。
童は、焼け死んだ小蛇達を懐刀で捌いて、木の枝に刺し、熱心に焚火で炙っている。
「それ、食べるの?」と、少女は目をしかめた。
童は頷いた。
大きさからして、小蛇達は、人の肉は食べていないだろう。
娘は、安全ではあると目星をつけ、焚火の横に座り込んだ。
食事と衣服の洗濯を終え、櫂の方向を反対にして、十六ある蛇の頭を船に積むと、娘と童は対岸を去った。
湖を越える間、相変わらず立ち込めている霧の中に、ぼんやりと人の影が浮かび上がる。
童は、櫂を漕ぐ手を止めた。
人の影は無数にあったが、娘の前に立ちはだかった、形のはっきりした幽鬼が、声を発した。
「俺は逃げた」と、幽鬼は語る。その目は赤く充血している。「何故、お前は逃げない」
娘はその言葉に、「必要がないからだ」と答えた。乾いているほうの袂から縄を取り出し、「死人よ。まだ未練があるか」と語りかける。
「俺は逃げた」と、幽鬼は繰り返す。「何故、お前は、逃げない!」と、怒声を浴びせて来た。
幽鬼達が、舟の周りを旋回し始める。
幻術を仕掛けようとしている。方向を見失わせる気だ。
そう悟った娘は、縄で船の舳先を括った。
船の周りに結界が発生し、幽鬼達は吹き飛ばされた。
「何故だ!」幽鬼達は叫ぶ。「何故、お前達は逃げない!」
目を細くするように幽鬼を睨み、娘は言う。
「覚悟無き者よ」
ぎりっと、縄を掴む手に力がこもる。
「未練のままにこの世に留まる事、許し難き。人惑わすものとなるならば、露と消えよ」
吹雪のような白い光が、舟の周りに渦を巻き、幽鬼達はたちまちに凍り付いた。
童の体が、着物をすり抜けて宙に浮き、人ならざる者の姿になる。それは蛇のような、一匹の白い龍だ。
龍は、凍り付いた幽鬼の魂を次々に飲み込み、身の内に取り込んで無に帰した。
翌日の早朝。奉行所に、網に包んだ化け蛇の頭を持って来た娘と童に、代官は約束通り「五両」の報酬を与えた。
大人の手に一抱えある、大蛇の頭達は、引きずって来られた間に、だいぶ土埃まみれになっていた。
同心達が、土埃だらけの首を水で洗って、何時もさらし首を飾っている台の上に乗せる。
数が多い上に大きいので、首の幾つかは、台の下や横に並べられた。
それは滅多に見られぬ見世物として、通りがかりの町人達の目を楽しませた。
「お前達の力量は、確かに分かった」と、代官は証文に判を押しながら言う。「しかし、お前達はまだ若い。無茶は大概にせよ」
娘は得意そうに胸を張って笑みを浮かべ、童はまた首を傾げていた。
宿で休息を得て、夕暮れの町を離れる時、娘と童はコウの露店を訪れた。
「あんた達。無事だったのか」と、コウは喜び、「化け物はどうなった?」と尋ねる。
両隣の露店の主人も、帰り支度の手を止めて、話を聞きに集まって来た。
「ひとひねり」と、娘が答えると、コウは胸をなでおろした。
帰りの支度をしていた、町人達も、集まって来てやんやと囃す。
「化け物をひとひねり?」
「そりゃ本当かい?」
「間違いないよ。代官様が確かめたはずだ」
「俺、晒し首にされてるのを、奉行所の前で見たよ。でかい蛇だったなぁ」
「この娘さん達が、化け物退治を?」
周りに人が集まって来そうな様子を察して、娘は居づらそうにしていた。
「それじゃぁ、もう……」と、コウは言いかけて、声を潜めた。
町民達は、周りで、まだ理由を知らない人々に、「湖の化け物が、退治されたってよ」と語っている。
コウは娘の耳元に口を寄せて、聞いた。
「あの湖には、何も居なくなったの?」
娘はコウと目を合わせ、微笑んで頷いた。
十分な路銀を稼いだ娘と童は、閉店直前の露店で、干し肉と糒と、竹の水筒を買い、街道を西に向かった。
町を離れ、二人は夜道を歩く。
「アカリ」と、童が娘に声をかけてくる。「西には何がある?」
「分からない」と、娘は首を横に振る。「でも、お前が殺されなきゃならない場所には、行かない」
「そうか」と、童は答えた。
二人の旅路は、まだまだ続くようである。
何も居なくなった湖だが、相変わらず濃い霧を発生させた。
その霧の中に向けて、町の人々は笹を折って作った舟に、花を一輪ずつ乗せて流す。
今まで、大蛇に食われて死んだ人々への、手向けである。
しかし、命を失った魂達も、既にそこにはいないのだ。
無に向かって、彼等は手を合わせる。
良き魂と言うのは、失われた命の事ではなく、生きる人の心の中に生まれるのやも知れない。




