第十二話「目下、修業中」
真剣での講義が難しくなってきた頃。得物を木刀に替えて、娘と淡陽の修業は続いた。
その最中に、娘はしたたか、手腕や胴体を叩かれる事が増えた。
真剣を使っていた時の淡陽は、刃が相手の身を傷つけないように、手加減をしてくれていたのだろう。
油と泥で出来た日焼け止めを塗った、娘の皮膚は、青痣だらけになった。
勿論、淡陽は娘を傷めつけるのが目的で、鍛えているわけではない。
業の後は、薬効のある軟膏を縫った布を娘の腕に貼り、脇腹にさらしを巻き付け、手当をしてくれた。
「この痣の数だけ、お前は死んでるんだぞ」と、その時に脅しをかけられた。
「分かりやすい回数である事が、救いですね」と、娘は強がりを言った。
「しかし、手首に受けた痕が多すぎる。真剣だったら、利き手を切り落とされているからな」と、更に脅しをかけられた。
手当を済ませた淡陽は、軟膏の入って居る壺に蓋をして、残った布を手に持ち、自室に戻った。
老陰と童は、「式神の鍛錬のため」に、町はずれの土木作業現場に出かけていた。
田んぼだった土地の、肥えた土を畑に持って行き、埋め立てた田んぼの上に、家を建てると言う計画らしい。
「踏み固められていない土壌で、柱が立つものか分からんからな」と、老陰は述べた。
「式神で何をすれば良いんですか?」と、童は聞いた。
「土台の鉄網を支える、柱を穿つ穴を掘ってほしい。地下の岩盤まで届くようにな」と、老陰は言う。
童は式神を封じた霊符を幾つか見て、百足が適材のようだと見当をつけた。
柱の受け石を組む前に、更地の地面には、鉄の棒を折り曲げて作った、鉄網が敷き詰められている。
鉄網の横には、それを止めるための、鋭い鉄の棒が用意されていた。
木と鉄を使うのか。あまり頑丈な造りの家ではないようだな。
童はそう思った。
百足を呼び出し、地面に穴を掘らせた。まだ、十分に踏み固められていない土は、易々と抉られて行く。
四半時程を経てから、童は「手ごたえ」を感じた。どうやら、百足が岩盤に辿り着いたようだ。
潜る時よりは素早く、百足が戻ってくる。
「穴が岩盤に届きました。柱を植えて下さい」
童が指示を出すと、大工衆は細い鉄の柱を数人で抱え、槌で叩きながら柱を穿った。
午の刻の休憩時間。
握り飯と漬物とニンニクを食って、茶を飲んでいる大工に混じり、童と老陰も茶をもらっていた。
「もう四月も老陰の所に」と、大工の一人は驚く。
「賢い子なんだろうなぁ」と、別の大工も感心している。
「五行なんて、社務所でも作らなきゃ覚えないものな」と、また別の大工は頭を掻く。
「わっぱよ。五行通りに作った町を、知ってるか?」と、もう一人、別の大工が言い出した。
童は、首を横に振る。
「京の都って言うんだ。ずっと昔は、すっかり衰退していたが、何時の頃からか、建物も再建されて来たらしい。
此処から、どんどんどんどん西に向かって、山を越えて盆地に入ると、すっかり様子が見える。
碁盤目状の、綺麗に整えられた町でな。遠くから見ていると、清々しいくらいの美しさってもんだ」
その大工が、そこまで言って煙草をふかし始めると、別の大工が言い出す。
「大昔は、大層栄えた都だったようなんだ。検非違使って言う、五行を収めた……。ああ、ほら、あれだ。今の世で言う、同心達みたいな連中が、町の警備をしていたんだとさ」
話を聞いて頷いていた童は、あの時、西南に飛翔した九尾の狐は、其処に向かったのではないかと、ぼんやりと思った。
屋敷に戻ると、相変わらず両腕に布を貼っている娘が、部屋でのびていた。
童は、大工達から聞いた話を、娘に語る。
「京の都」と、娘は復唱した。「それは気になる場所だね」
「俺としては、あの狐神は其処に行ったんじゃないかと、思うんだけど」と、童。
「確証はないけど……。目印には成りそうだ。此処を卒業したら、その都を目指してみよう」と、娘。
童は話題を変えた。
「刀の練習は、どんな具合?」
娘は、布が貼りついている腕を見せながら言う。
「痣が出来すぎちゃって。傷が治らないうちは、暫く休暇って事になった。それでも、体力作りは怠るなって」
「それなら、明日、少し町をぶらつかないか?」
「良いけど。セツヒが外に出たがるなんて、珍しいね」
「今日出かけた時、旨そうな饅頭を売っている店を見つけたんだ」
それを聞いて、娘はニヤリと笑み、「それは興味深い」と述べた。
昼間の町を歩く前に、娘は両腕の湿布にさらしを巻き付け、それから童と一緒に、布から出ている場所に「日焼け防止薬」を薄く塗った。
日光に当たると桃色になる二人の皮膚は、薬に混ぜてある粘土の影響で、白っぽく染まる。
二人は淡陽に「昼ご飯は要らない」と告げてから、四月居座っても馴染みがない、昼の町の中に繰り出した。
童が狙っていた饅頭屋で、出来立てを二つ買い、道端で食べた。温かい生地と餡子が、疲れ気味の体中に沁みる。
「お茶も飲みたいな」と言って、娘と童は団子屋に入った。
みたらし団子と番茶を注文する。
醤油味の焼き団子と、香ばしい茶は、甘いものを食べた後には格別だ。
昼は、握り飯屋で、梅と鮭と昆布の具材を頼んだ。竹の皮に包んで渡された握り飯を持って、腰の高さくらいの石垣に座った。
包みを開けてみると、握り飯はしっかりと海苔で包んである。
口に運ぶと、米に、新鮮な大豆のような旨味がある。
淡陽の作ってくれる食事の米も美味かったが、握り飯にすると、また違った味わいだ。
「すごく米が美味いね」と、娘は感想を述べた。
「他の土地の米と違うのかな?」と、童も言う。
通りすがりの、野良着を着た女性が、答えてくれた。
「ああ。ここらは、水が綺麗だから」と言いながら、籠を背負った女性は、娘と童の腰かけていた石垣の傍らに、腰を下ろした。そして続ける。
「水の美味い土地は、米も美味くなるんよ。雪解け水様のおかげさね」
「その水は、何処に取ってあるの?」と、娘は聞いた。
農家の女将は答える。
「地面の下に蓄えられるんよ。その水のおかげで、土がよう肥えてね。その土で米作るから、旨いんさ。
いざ、田んぼ始めるとなると、河から水引かねばならんけど。
今日も、うちのトトは、いちんちじゅう、水引く仕事しとるがね」
「田を壊して、家を建てたりしないのか?」と、童は聞いた。
それを聞いて、女将は笑い出した。
「田んぼに家建てる? 馬鹿言っちゃならん。田んぼの土なん、ぐにゃんぐにゃんで、柱も立たねって」
どうやら、先日、童の手伝った土木作業は、異例中の異例らしい。
地方の町の見識を深めた二人は、二つの意味でお腹がいっぱいな状態で、屋敷に帰った。
玄関先で出会った淡陽は、聞いてくる。
「息抜きは出来たか?」
「はい」と、娘と童は声を揃えて答えた。
淡陽は、紙で出来た帳面を差し出した。
「それじゃぁ、これから表通りを走ってこい。一里先に、寺がある。そこの御朱印を手に入れたら、走って帰ってこい。夕飯に間に合わなかったら、明日の朝まで食事はなしだ」
突然現れた困難に、娘は目をむいて固まった。
童はその肩を叩き、ぎこちなく振り返った娘と顔を合わせて、深々と頷いて見せた。
走って帰って来た娘は、息を切らせて膝に手をついた。
老陰と童は既に夕飯を食べており、淡陽は食べるのを待っていた。
「少し遅かったな」との声に、娘は青ざめた顔を部屋に向ける。
其処には、ちゃんと娘用の食前が用意されていた。
綺麗な卵焼きが、まるで黄金色に輝いているように見えた。




