6話 フレデリクの地獄迷宮探査① 入口
帝暦250年4月 ローゼンブルク帝国フェルトブルク皇領ヘレントル市
迷宮探査予定の日が訪れた。
フレデリクはアルバン、エリアス、マインラート、マルコという4-Aクラスの男子4人と共に冒険者ギルドにやってくる。学生なので学生証を出して冒険者ギルドの受付に迷宮探査の旨を伝える。
「リーダーはフレデリカ様で?」
「フレデリクです」
「え?……あ、あー。はい。申し訳ありません。そっか、女だと思われると…」
勝手に何かうんうんと納得するギルドの受付にフレデリクは困惑する。
女だけど男のように振舞ってると思われている気がするが文句を言い難いのでそこは堪える。
何か目の前の受付さんが『私は分かっているわよ』と言わんばかりの理解力あるお姉さんな顔をしているのが腹立たしい。
「アレは絶対に分かってない感じだよね」
「言うな」
マルコがズバッと呟きフレデリクはげんなりする。
視線をギルドの受付に戻して平静を務めているのは、割とよくある事で2年前に既に諦めていた。
「迷宮に潜る際に注意点はありますか?」
「特にはありませんね。基本、冒険者は自由なので。冒険者規約さえ守っていただければ問題ないかと」
「分かりました。それならば問題ありません」
フレデリクは頭を下げる。
***
5人はギルドを出ると歩いて北にあるヘレントルの街の名の由来となる地獄迷宮ヘレントルへと向かいながら話をする。
この迷宮都市ヘレントルを支配する貴族が元々レーヴェンベルク伯であるのはヘレントルが出来た大きい丘がレーヴェンベルクと言う名の丘だったからだ。その丘を登った先にある地獄迷宮と呼ばれる洞窟がヘレントルと呼ばれている。
皇領直臣貴族レーヴェンベルク伯の治める迷宮都市ヘレントルは土地と迷宮に密接しているのはそれだけ長く多くの冒険者が潜ってきている証拠でもある。
「でも何で迷宮を潜るのに注意点なんて聞くんだ?」
マインラートは首を捻ってフレデリクに訊ねる。
「攻略されて無い迷宮って、変なのが勝手にルール作って、勝手に縄張り作って、俺らが攻略中なのに邪魔すんなーとかいう阿呆が多いんだよ。しかも質の悪いギルドだとそれで●●のパーティの邪魔をしたから違約金だの言い出す始末。一種のギルドまで巻き込んだ詐欺だね」
「そんなの有るんだ」
エリアスは驚いたような顔でフレデリクを見る。
「あるよ。冒険者ギルドなんてならず者集団の元締めと大差ないからね」
「分かる。統括組織が中立じゃない事ってよくあるから」
うんうんと頷くアルバンだった。傭兵上がりだからその辺の事は分かるらしい。
「まあ、師匠がギルドカードを出すと全員が土下座で謝るんだけど。謝るなら最初からやるなよって話だ」
「エルフの英雄相手に詐欺行為とかアホなのかな?結局最後にモノを言うのは階級みたいだね」
「最後はそこかぁ」
「じゃあ、僕らはフレデリクについていくという事で」
「人種族では10人といない紅玉級だしね」
「別にいいけど、せっかくだから僕がいる間に自力でどうにかするようにした方法を見につけた方が後々楽だと思うよ。僕もそうだったけど、高レベルな冒険者付きで冒険者出来る機会って無いからさ」
「今なら失敗し放題って?」
エリアスはフレデリクの指摘を正しく読み取り苦笑する。
「ミスを取り戻せる環境って貴重だからね。」
「貴族なんかが一流冒険者を付けて冒険するってのはそういう事なのかな?」
フレデリクの言葉にアルバンは首を捻りぼやく。
「いや、あれは違う」
「単に強い人について行って功績だけを上げるって奴だ」
フレデリクとエリアスは即座に否定するのだった。
マルコはよく聞く話に爆笑していた。マインラートもうんうんと頷く。
「実はこのメンバーって色んな立場の人間が集まってるよね。純平民、傭兵上がりの低位貴族、純中位直臣貴族、妾腹の大貴族令息、………フレデリクってどういう立場になるの?」
マルコはそれぞれを差しながら、最後にフレデリクを差して首を傾げる。
「僕もよく分かってないんだけど、帝国法に従うなら皇族だね。帝位継承権第5位までは皇子として扱う事になっているから」
その言葉に全員が引き攣る。
「えと、僕らとタメで話していて良いの?」
「本人が皇帝に成る気が無く、アレクサンドラ様の補佐をする積もりで生きて来たのに、今更言われてもね。皇帝に成る気が無いのに、その権力を使うのはどうなんだ?」
マルコは若干腰が引けて訊ねるのだが、フレデリクは首を傾げる。
「でも、フレデリクって上位者としての振る舞いも騎士としての振る舞いも、失礼の無いようさらりとこなしてるよね」
「女子も普通の男子なら有望株って言ってたよ」
「普通の男子なんだけど!?」
アルバンが聞いた話を伝え、フレデリクは顔を歪めて呻く。
「女子から聞いた話だと、見た目が自分よりかわいい男子はちょっと、という声が」
周りは苦笑気味に笑うのだった。
「ま、まあ、それはそれとして、こういう普通組むことのないメンバーで共同作戦をするってのもある意味でこの学校の醍醐味なのかもね」
フレデリクはマルコの言い出した言葉に結論付けるように話の方向を軌道修正する。
「そうだね。それにしても………」
マルコはチラリとフレデリクを見る。
「?」
「フレデリクの事は小さい頃から聞かされていたけど、同じパーティで、しかも僕がヒーラーで迷宮に入るとは思わなかったよ」
「?……僕の事を聞かされてた?」
「ウチの両親、ザシャ様の医療研修に参加しに交互にルミヤルヴィに行っていたから」
「え、そうなの?リヒテンベルクなんていたかな?」
「ザシャ様の御子息はあんたと同じ年で、もう神聖魔法LV5を使ってるのに、何でまだLV1なんだ、なんてお母さんに叱られて、お父さんはお父さんでうちの子は凡人なんだから仕方ないなんて宥めてるのか貶めてるのかよく分からない事言われてたから」
「比較対象が酷すぎる。言ってしまえば僕のそれは両親から貰った才能と幼い頃から母に背負われて現場を見続けていた結果だ。恐らく世界でも僕だけの才能であって、それを比べられたら溜まらんだろ」
「しれっと自分で天才って言ってね?」
マインラートが茶化すように言う。
「僕はその類だからね。師匠に聞いたけど銀の瞳は魔力を手足のように扱うほど高い内在魔力を持って生まれた証なんだって。体を作られる際に目が魔力に染まって銀色になるらしい。その上で僕はヴァイスフェルトの血を色濃く出てる。どっちも両親から受け継いだものだ。凡そ僕ほど生まれつきの才能に恵まれた人間はいない筈だよ。親に貰っただけで、本人が凄い訳でも無いからね」
「それで驕らない辺りが凄いけどね」
エリアスは苦笑する。ちっぽけな才能で驕り偉ぶる兄達を見ていたエリアスならではの感想だった。
「僕はアレクサンドラ様を見て育ってるからね。ルミヤルヴィは出来ない事が罪、勝てない事が罪、守れない事が罪、そう言って育てられてるのを見て、自分の才能があるからって驕ってたら恥ずかしいよ。何せヴィルヘルム様はスパルタだから。僕はアレクサンドラ様に心を救われて、無茶なルミヤルヴィの教訓から彼女を守る為に学んできたんだ。それでも足りないと思ってるし、これだけ才能が与えられてるのにこの程度では恥ずかしいとさえ思ってるよ」
フレデリクが口にするとエリアスとマルコは互いに見合って苦笑する。
「あー、………ルミヤルヴィって、やっぱりそうなんだ」
「学校で魔物を相対する事もあるけど、アレクサンドラさんって肝が据わっているっていうか、出来ない自分が悪い、守れないといけないって感じで教師と生徒、男女関係なく、自分が守ってあげないといけない、みたいな所があるんだよね。魔法に優れていても強い訳でもないのに高潔っていうか、凄いなぁって思ったよ」
「同時に危なっかしいとも思ったけど。1年の時モンスターパレードに遭遇した時も、一番後ろでジルフィアさんに肩を貸しながら最後尾を走り、魔法で吹っ飛ばしてたし。11歳の子供がだよ?僕ら、誰も戦うって発想さえなかったのに」
「帝都の貴族が偉そうに言ってた割に、他の1年生を突き飛ばして真っ先に走って逃げてたよね。誰だっけ?」
「アレクサンドラさんを平民呼ばわりしてたガイル子爵令息だよ」
「あー、彼か。馬鹿にしてたのにビビッて目も合わせなくなってたね。当初は成績上位にいたけど徐々に落ちて行って今Bクラスだっけ?」
「殿下に媚びようとして子爵風情、と鼻で笑われて、今じゃ小さくしてるよ。B組じゃ彼の肩書って平凡だし」
マルコとエリアスが笑い合いながら思い出話をする。
「ほう、アレクサンドラ様を馬鹿にしてた?」
「フレデリクがいたらそうはならなかっただろうね」
フレデリクが剣呑な空気を醸し出し、マルコが苦笑する。
「でも、フレデリクがいないからこそ、アレクサンドラさんは多くの女子から一目を置かれてたし、ジルフィアさんとも仲良くなったからね。フレデリクがいたらそうなったか分からないし。モンスターパレード事件前まで、アレクサンドラさんって浮いていたっていうか、ジルフィアさんも同じ大貴族の人間なのに情けないって言ってた位だし」
「まあ、アレクサンドラ様はそういう部分はあるよ。ボーっとしてても実は芯が凄く強くてかなり頑固だなんて見えないからね。どうでも良い事に感心さえ示さないし」
「ガイル子爵令息はまあ、皇領貴族らしいっていうか………ねぇ」
マルコとエリアスは互いに見合って笑い合う。
「え、どんな奴なん?」
「権力に弱くて、浅い知識で威張り散らすからあとで恥掻く。ほら、彼、直臣貴族だって他の貴族より上、みたいに語ってるんだけど、僕のようなグロスクロイツ領の伯爵家も直臣貴族だけど皇領じゃないから陪臣扱いするし、ヴァイスフェルトやルミヤルヴィは皇族に爵位を貰った直臣なのに、他の大貴族は直臣じゃないと思っていて」
「ただの馬鹿じゃん」
マインラートは呆れるようにぼやく。
「浅いんだよ、知識が。それを全てだと思って偉そうに吹聴してるからさ。僕は恥ずかしかったよ。彼、嫡男でさえないから。ジルフィアさんどころか、僕よりも格下なのに、グロスクロイツの陪臣かとか鼻で笑って。突っ込み所が無いっていうか。学年が上がるごとに知識が与えられて、肩身が狭くなて行くって言うね」
「遊んでばかりだから、勉強も徐々に悪くなって結局B組落ちだしね」
「それは痛いね」
アルバンは苦笑する。
貴族の基礎的な話はアルバンも家で叩きこまれて来ているので、流石にそれを間違える事は無かった。
「と言うか、僕は気になったんだけど、マルコって何でウチのガッコに来たの?普通、グロスクロイツの法衣貴族なら帝都の学校じゃないの?」
フレデリクは首を傾げる。
「まあ、普通はそうなんだけど、ウチは医療系だからね。医療系はザシャ様の影響で西が強いんだ。ヒルデガルト様もこの学校で教師をしてるし」
「なるほど」
「年上の巨乳婚約者もいるしな」
マインラートが茶化すように突っ込む。
「そっちは僕じゃなくて向こうが合わせただけだよ?」
「そうだね。3年生の時だっけ?教師として赴任してきたの」
「びっくりしたよ。実家に帰った時も、父さん達から聞いてなかったし。教師になったって話は聞いてたけど、まさかこっちだなんて」
「僕からすると遥か上の人なんだけどね、マルコもマルゴット先生も」
グロスクロイツ領の武官系法衣貴族のシューベルト男爵家と文官系法衣貴族のリヒテンブルク伯爵家とコペル子爵家では規模が違う。領地貴族だとまた別になるのだが。
「俺、貴族とかよく分かんねーんだけど誰が格上とか格下とか、何で分かるの?爵位の順番くらいは分かるけど」
マインラートは首を傾げる。
「あ、僕もそこら辺は分からないかも」
アルバンがそれに乗って来る。
「具体的には僕もよく分からないなぁ」
「分かる人いるのかね?」
首を傾げるマルコとエリアスだった。
「お前らも分かってないのかよ」
マインラートは呆れるように呻く。
「そんなに難しくはないよ」
フレデリクはマインラートを見て言う。
「そうなのか?」
「覚えることが多いからであって、細かい事を言いだすと分からなくなるからだね。エリアスやマルコも分からないっていうのはその辺。基本的には皇帝、皇族、大貴族、伯爵、子爵、男爵、騎士爵の順番で間違ってないよ」
「でも法衣貴族とか領地貴族、直臣だの陪臣だのよく分かんねーんだよ」
「あー、法衣貴族ってのは領地を持ってない貴族ね。副収入が少ないんだよ。同じ爵位でも領地の有無で全然違うのはその辺。一国一城の主と、誰かの家臣なだけって訳だしさ」
「なるほど」
「で、直臣と陪臣ってのは、元々ローゼンブルクはフェルトブルク王とグロスクロイツ、バイマール、ヴァイスフェルトの4者が国を作って、その4領に属する貴族はローゼンブルク皇帝に任命された貴族だから直臣。それ以外は陪臣。ルミヤルヴィを含む他の大貴族はローゼンブルク皇帝に任命されてるから直臣、直臣に任命されている貴族は陪臣となる。そして貴族の任命権は大貴族しか持ってない」
「それはまあ、分かるぞ?どっちが上でどっちが下かって話だ」
「ぶっちゃければそこに上下は一切ない。ただし、帝都の政治は直臣貴族達によって治められ、ルミヤルヴィのような貴族領の政治は陪臣貴族によって治められる。国を動かす直臣と、領地を動かす陪臣、どっちが上かと言われたら?」
「ああ、そういう事か。だから直臣貴族の方が偉そうにしてる訳な」
マインラートは手を打って納得する。
「まー、何の役職にも着いてない直臣法衣貴族の伯爵と、大貴族領の政治に関わる土地持ち子爵だと、子爵の方が遥かに上なんだけどね」
「なるほど」
「代々、グロスクロイツの医療を支えてるリヒテンブルク伯家とかかなりデカい筈だよ。この学校でも上から数える大物なんだけど、嫡男なのに偉そうにしてない人がいるし。A組の貴族って割と怖いとこあるよね。グロスクロイツのボンボンよりよほど上なんだけど。クラウディア先輩の婚約者であってもおかしくない立場だよ?」
「あはははは」
マルコは笑い飛ばし、何気にとんでもない大物だったとエリアスやマインラートは引いていた。同じグロスクロイツ出身のアルバンはうんうんと頷いている。分かっていたらしい。シューベルト男爵に言われていたのかもしれない。
「まあ、でもグロスクロイツの専属医みたいな立場だから国政に関わらないから権力がある訳でもないんだよね。大貴族以外で一番権力ある4年の貴族って誰だと思う?多分、貴族達も本人も気付いてないかもしれないけど」
「え、誰?B組にいる?まさかガイルじゃないよね?」
「ダールベルクがいるだろ」
「あー」
「ウチのクラスのライツィンガーさんじゃない?いつも偉そうだし」
4人はそれぞれで考える。
「答えはリリー」
フレデリクが答えを発表すると
「え、あのリア充ビッチ?」
「レーアより貴族らしくない貴族の?陪臣子爵だよね?」
マインラートがダイレクトに人となりを口にし、マルコも驚いた顔で訊ねる。
「彼女の家ってボーデンフェルトの右腕なんだけど、現ボーデンフェルト伯はヴェルザー方伯なんだよ。方伯領の宰相の家って言えば分かる?」
「マジか」
「しかも土地持ちじゃないからって侮れないのはヴェルザーの陪臣法衣貴族だ。法衣でも巨大商会持ちってケースがあるんだよ。ベルトハイムがボーデンフェルトに頭を押さえられてるのってリリーの家がヴェルザー領内の採掘権を多く保持してて、武器を売るベルトハイムが儲かると鉄を売るリリーの家が儲かるから、どうやってもボーデンフェルトに勝てない。ベルトハイムがルミヤルヴィに戦争を仕掛けたのはボーデンフェルト以外の鉱山を確保したかった為なんだ。ベルトハイムは武器を売るシュヴェルトシュタットを治める家だからね。ミュラー商会が頭角を現す前までブリング家の方が金持ち出し、ゴルトシュタットの2割の商会は彼女の家が持ってる位だからね。『レーアと二人で買い物してお揃いのを買ったんだ~』とか言って自慢げに見せる素朴なハンカチとか、ギョッとするような高級素材でやべー値段するから。何気にあの二人、帝国西部の経済を回してる家のコンビだからね」
「こえー。B組の方がヤバいんじゃなかったの?」
「4年に関しては爵位や肩書だけならB組の方が大きそうだけど、A組の方が総じてヤバいよ。そもそも隣国の王女様がいるんだけど?」
フレデリクは引きつり気味に言う。
「やっぱり、フローラさんってヴィフレア王国の王女なの?護衛も付いてないんだけど」
「冒険者時代にヴィフレア王国で国王陛下から暗殺ギルドの手を見つける依頼を受けたからさ。国王陛下も同じ赤髪だったし王族は間違いないと思うよ。彼女にそっくりな親族も見たし」
「マジかよ。俺、B組がやべーって思ってたけど、何気にA組もやべーじゃん」
マインラートはフレデリクの肩をバンバン叩き、頭を抱える。
エリアスは苦笑し
「マインラート。そのやべーって言いながらバシバシ肩叩いているクラスメイトは皇族で紅玉級冒険者で、帝都の英雄の息子で、本人がその気になれば皇帝にだって成れる、一番やべー奴だからね?」
と突込みを入れて、マルコもアルバンも大笑いする。
「はいはい。入り口についたからそろそろ気持ちを切り替えようか」
フレデリクは手を叩いて周りに声をかける。
丘陵の頂上にある悪魔が口を開けたような巨大な迷宮の入り口が存在している。ドラゴンでも招いているかのような巨大な迷宮、それこそが地獄迷宮ヘレントルである。




