4話 フレデリク、次期皇帝との出会い・後
多くの学生たちが試験結果評の張りだされる通路の前に集まっていると、そこに次期皇帝筆頭と呼ばれる第二皇子エトヴィンを先頭に側近である5人の高名な貴族令息たちが続いて歩いて来ていた。
「どけどけ。何を騒いでいる!」
追い払うようにずんずんと歩いて来る集団はひとばらいするかのようにやって来る。明らかに高位の家の出と思われ、学生たちは彼らを畏怖していた。走って逃げる生徒もいるほどだった。
避ける距離が小さい学生は蹴り飛ばされる始末だった。
「ふん、試験結果で一喜一憂するとはな」
貴族集団の一人が試験結果を見て鼻で笑う。
「1位……ねぇ。調子に乗るなよジルフィア。このような凡愚の集まりで自分の力をひけらかすような愚か者が」
皇子がギロリとジルフィアを睨みつける。
ジルフィアは黙って一歩下がり臣下の礼を取る。
フレデリクは誰だろうと思って首を捻っていると、
「ジルちゃんの婚約者で次期皇帝筆頭の皇子様だよ」
アレクサンドラはフレデリクに耳打ちをする。
フレデリクはジルフィアに婚約者の存在がいるのを知っていたが本人が嫌っている為、友人の間でも話題に上がった事が無かった。
皇妃であるザルム家の血が強いのか、銀髪でさえないから皇子にも見えなかった。ローゼンブルクと言えばロイヤルシルバーと言われる銀髪が当然であり、現皇帝は勿論、フレデリク自身も母ザシャもバイマール家に降嫁した姫の娘であるヒルデガルトも銀髪だ。ロイヤルシルバーの髪をした自分を上手く平民にしたものだと今思えば凄い大技だと感心する所だった。
「従姉殿は3位か、いくら頑張ったところで何も変わらぬというのにな」
鼻で笑う男の口ぶりからするとグロスクロイツ候の孫辺りと思われる。
「男を立てられぬ気の利かぬ女達はこれだから。自分の身のほどを知るべきだな」
「全くだ」
「さすがはミヒャエル。良い事を言う」
殿下と取り巻き集団はジルフィアやクラウディア達を見て嘲笑っていた。
そんな男たちに肩を小さくするジルフィアと、嫌悪の眼で彼らを見るクラウディアがいた。
「え、これが貴族の子弟なの?女に立てられないとダメな男達が国政を担うってこの国大丈夫?」
フレデリクが素っ頓狂な声をあげる。
周りの生徒達があまりの暴言に絶句してフレデリクから距離を取る。
「き、貴様!無礼であろう!」
「いや、男を立てられぬとか言ったのは君でしょ?堂々と我々は無能で、女の子に立てられないとダメなんです~、だなんて堂々と口にしちゃうから。皆、口にしないだけで思ってるはずだよ。この国の貴族は無能なんだ、優秀な女に立てられないと使い物にならないんだ。無能に税金渡して大丈夫かなぁ?って」
フレデリクの突込みに周りの生徒達は噴き出しそうになるのを必死に抑える。暴言であるが的を射た言葉だった。
「ふん、成績を愚民たちに見せびらかすなど愚かな事だと言っているだけに過ぎん」
「見せびらかせない成績の人が何か言ってるぞ?」
反論しようとしたグロスクロイツ侯爵令息を言葉でバッサリと切り捨てる。
しかも破壊力が抜群過ぎてプスッと周りの生徒達は必死に笑うのを堪えるのをこらえきれない様子。B組の生徒達は成績を非公開にしているので良いか悪いかも分からない。実際、A組からB組に落ちた貴族令息がいるので、上位に入れないだろう事は容易に想像できた。
「はっ、貴族が平民風情と一緒のテーブルに立てるか。くだらぬ」
リューネブルク公の3男アントンが肩を竦めて笑うが、
「だったら、この学校に来るなよ。この学校は帝都の貴族学校じゃねーの。来たなら一緒のテーブルにつけよ。そんな事も出来ないのか?大衆食堂で飯食いに来たのに平民を追い出す、迷惑な貴族って旅してるとたくさんいたな。まあ、僕は全員蹴りだしてやったけど」
フレデリクは挑発的に男達をあざ笑う。
「おい、この学校でそれは辞めろ」
ジルフィアがフレデリクにストップをかける。
「小娘が……どこの平民か知らぬが粋がるなよ。お前如きの首、いつでも俺の気分で落とせることを理解するんだな」
フレデリクを睨みつける皇子の言葉に、学生達も剣呑な空気が漂いだす。
「小娘じゃないんだけどなぁ」
「リッちゃん、初対面だから諦めよう」
アレクサンドラは同情するようにフレデリクの肩を叩いて俯きながら首を横に振る。
「酷くない!?」
「ごく常識的な判断」
うんうんと頷くレーア。この二人、とみに仲良くフレデリクを弄る様になっていた。サラでさえ、ちょっと同情するような視線をフレデリクに向けていた。
「殿下、この女に見える男は、帝都の英雄ヴォルフ・ズワールトの嫡男、フレデリク・ズワールトです」
ジルフィアが気を利かせてフレデリクの紹介をする。
「ふん、なるほど、ただの親の七光りか」
鼻で笑う皇子にフレデリクはブフッと吹き出してしまう。
「やべー、流石は皇子殿下だ。聞いたか?七光りの中の七光り、皇子殿下が『ただの親の七光りか』とか言うんだぜ。負けたよ。すげーよ。完敗だ。やべ、腹筋がねじ切れそう」
フレデリクは腹を抱えて大笑いするのだった。全員、あの何人も歯向かう教師を殺させてきた皇子に
対して挑発的なフレデリクに、流石に笑えなかった。
皇族の一言でフレデリクの処刑が決まりそうな状況だからだ。
「貴様!殿下を愚弄するか!」
「何?七光りの皆さん。」
「調子に乗るなよ、貴様。帝都の英雄など所詮はただの臣下に過ぎぬ!貴族でもない下民に名誉貴族を与えてやっただけの下賎の人間の息子が調子に乗るな!」
現皇帝陛下は帝都の英雄のお陰で皇帝になった人物だ。その息子が恩も何も感じず下民扱いか、とフレデリクは次期皇帝がかなりの馬鹿野郎だと認識する。
「ヘルムート!、その愚物を斬れ!」
「はいはい。殿下の仰せですからねぇ」
フラフラと一人の男が剣に手を掛けながら前に出て来る。
周りにいる生徒達が言葉を失って逃げだす生徒が出て来るほどだった。
フレデリクは首を傾げる。周りの生徒達が目の前の男を畏れているようにも感じる。
「いけません、殿下」
それにストップをかけたのがジルフィアだった。ヘルムートと呼ばれた男とフレデリクの間に立とうと走り出すが、それより早くフレデリクは一歩前に踏み込んで、ヘルムートが剣を抜こうとする手の上に手を置く。
「!?」
ヘルムートは剣を抜こうとするがフレデリクはヘルムートの剣の柄を抑え込み抜かせない。
「ここは学校の校舎で、余程じゃない限り剣を抜いていい場所じゃないと思うけど。殿下、貴方はそんな当然の常識も習わなかったのですか?」
「黙れ、俺は次の皇帝になる男だ。この俺を不愉快にさせた罪は万死に値する」
「知らなかったなぁ。帝国はいつ皇太子を決めたんだろ?過去20年の貴族会議の議事録には無かったけど?」
必死にヘルムートは剣を抜こうとするが、フレデリクは涼しい顔でヘルムートの剣の柄を抑えて離さず次期皇帝と呼ばれる男と笑顔で会話をする。
「ふん。宮廷では皆が言っている事よ。貴様のような田舎者が……」
「皇帝を決めるのは大貴族会議だ。宮廷が皇帝を勝手に決めても他の8人の大貴族がダメと言えばダメだね。殿下のいう8人の田舎者とフェルトブルク代表の都会っ子が決める事だけど帝国法理解してる?大丈夫?」
そもそもゴルトシュタットやボーデンフェルトの方が帝都より賑やかなのだが、田舎の定義って何なのだろう?大きくはないが滅びる前のリンノイトゥスの方が帝都より栄えていたけどなぁ、とフレデリクは考えこむ。
フレデリクは小首をかしげつつヘルムートの剣を抑え込み、涼しい顔で第二皇子を見る。
「黙れ黙れ黙れ!ふん、貴様のような下民が口を聞いていい存在ではないのだ!そんな事も分からないのか!ヘルムート!何をしている!そのクズをさっさと斬れ!」
「はっ!くっ、この…」
引いたり推したりして必死にフレデリクが剣を抑える状況から逃れようとするが逃れられず、逆にフレデリクがヘルムートの剣を抜いてしまう。
剣を奪われたヘルムートは唖然とし、フレデリクは剣を取ると刃の先端を指でもってパキリと剣をへし折る。
パキッパキッパキッ
刃先が折れた剣はフレデリクが手を離すと4つに分かたれて地面に落ちる。最後に刃の失った剣の柄をヘルムートに手渡す。
「権力を振り回し、人を傷つけるしか能のないガキ。ふん、己の騎士をまともに御せぬとは4歳児以下だな」
フレデリクは見下すように皇子を見て、皇子は歯ぎしりをしてフレデリクを睨みつける。
「気分が悪い!行くぞ!」
ドカドカと大股で去る皇子に取り巻き達はついていく。
「覚えてろ!次は殺す」
ヘルムートはフレデリクを睨みつけるとフレデリクは半眼でヘルムートを睨み返す。
「今回だけだぞ、見逃すのは」
フレデリクはやんちゃなガキを相手するかのように呆れた様子で見るのだった。
***
殿下が生徒達といさかいを起こしたと言う話を聞いて慌てて現場に来ていたにエーベルヴァイン教師であるが、席に戻るとマリア教師がソワソワした様子でエーベルヴァイン教師の方を見てくる。
「問題は特に起こらなかったよ。ちょっと一触即発だったが」
「そ、そうですか。去年から殿下がいますから、私達もどうしようもありませんし」
マリアは平民から高等学校教師になる際に騎士爵を授けられている。貴族の中でも最も下の立場だ。皇子に意見など出来るはずもない立場だった。
「………我々の時代も高位貴族が同じように振舞い、大体、ヴォルフ先輩が有無を言わさずに殴り飛ばしていたんだがな」
ベテラン教師は懐かしい話だと苦笑する。
「それは大変だったでしょうね」
「見に行ったらフレデリクが殿下たちを追い払っていた。アレを見て、分かったよ。ヴォルフ先輩が息子を自分の理想だと褒めていた理由が。あの人は間違いを正したくても出来ないから暴力という形にして訴えていたんだ。貴族を相手に暴力を使わず戦える息子が誇らしかったのだろうな」
「フレデリク君は割と温厚な子ですよ?」
マリアはフレデリクはどちらかというと口先の回る子だと言う印象だった。仮にも紅玉級なのだから強いのだとは思っているが、本人曰く雷魔法を極めた雷華の使い手だからという思い込みもあった。
「いや、あれは間違いなく先輩の息子だ。だが、武力だけではない男だった」
苦笑して肩を竦めるエーベルヴァインだった。エーベルヴァインはスタンピード時の周りの使い方と自分の圧倒的な武力を見せつけている。少しの魔法で大きい効果を出させたりと頭も回る将軍タイプだと認識していた。
そんな中、保健室から帰って来たヒルデガルトは教師達の噂を耳にして半ばあきれた様子だった。
「リッ君の才覚は明らかに皇族でしたよ。幼い頃もかなり変わり者で、周りの大人を困らせてましたから。両親やヴィルヘルム様は理解があったし、アレサちゃんと会う前は私にべったりで、頭脳派って感じでしたから。ある日をきっかけに騎士になるんだって言って、ヴォルフ様は嬉しそうでしたけど」
ヒルデガルトが懐かしむように口にする。フレデリクのはとこでもあり、フレデリクが幼い頃、ザシャの弟子として住み込みで医学を学んでいた女性でもある。
校長がため息交じりにぼやく。
「まあ、またヒンデンブルクのアホガキの刃傷沙汰にならなくて良かったという話ではあるがな」
「そうですね」
「フレデリクは3年前にあの両親やヴィルヘルムが自信をもって送り出しくる予定だった才児だ。たかだか次期皇帝の肩書を持ってるだけの男に御せる筈が無いだろう」
現皇帝を生徒に持った校長は、皇帝も次期皇帝も小僧に過ぎない所があった。
学園には今大きい問題が存在している。
それは、エトヴィン・フォン・ローゼンブルク皇子殿下と帝国十剣ヘルムート・フォン・ヒンデンブルクが在籍しており、殿下の機嫌を損ねると、誰かれ構わず殿下の命令によって切り捨てられるという惨劇が起こるのだ。
今日も揉め事があったと聞けば、『不機嫌に立ち去る殿下と、剣を折られて何も出来ないヘルムートがいた』という事実だけが残る。
この事件は他の2~3年生のクラスの耳にも届くことになる。フレデリクが思っている以上の皇族というのは注目度が高い存在なのだ。




