2話 学生生活の始まり⑤
フレデリク達が学校を帰ろうとしていた時、慌てた様子でエリアスが声をかけて来る。
「えと、申し訳ないんだけどアレクサンドラさん。もう少し残って貰えないだろうか?」
エリアスは目を泳がせながら困った顔で声を掛けエ来る。
「また?」
「ごめん」
感情を表に出さないアレクサンドラらしからぬ困惑気味な声にエリアスはひたすら謝っていた。
フレデリクは半眼でエリアスを一瞥してからアレクサンドラに視線を向ける。
「どういう事?」
「エリアス君は家族に逆らえないから」
と端的な事を口にする。アレクサンドラの言葉にフレデリクはつまりリューネブルクの誰かの命令だと気付く。
「ああ、そういう事なら良かったよ」
「え、でも、その……物凄く迷惑じゃ……」
エリアスは迷惑をかけてるのに、良かったと言う表現に困惑する。
「アハハハ。僕はね小さい頃からアレクサンドラ様……いや、アーちゃんの邪魔者は物理的にも社会的にもあらゆる手を尽くして退けて来たんだ。面倒があるならさっさと終わらせておきたいしね。困る?」
「いや、ローレンツ様がどうなっても僕には関係は無いけど……」
苦笑するエリアスであるが、血のつながった兄をローレンツ様と呼ぶ辺りかなり隔たりがある事が分かる。
そんな時、女子が集まっている場所でちょっと盛り上がる。
「ちょっとちょっと。失礼でしょ」
声の主はサイドテールにしてる少女リリー・フォン・ビルングだった。
「いや、他意はねーから。ただ聞いてみただけだし」
「いや、絶対にエロい意味だよ」
「サイテー」
「これだから男子は」
弁解するマインラートにリリーが目を細めて抗議し、女子達も男子はこれだからと口々に言う。
「何の話してるの?」
フレデリクがそこに入って訊ねると眼鏡をかけた女子がニヤリと笑う。
「マインラートがさ、ヴェルザーに若い女を買おうとする伯爵がいるって噂を聞いたけど買われたりしなかったのかなんて聞くから」
そんな事を言う、どこかいやらしげに笑う女子はカルラという。アレクサンドラに余計な知識を与えた悪い女子だとフレデリクはげんなり気味に話を聞いていた。
「レーアやリリーはヴェルザーでしょ。どうなの?」
女子の一人がリリーに訊ね、リリーは首を傾げる。
「知らないよ、そんなの。大体、ヴェルザーに伯爵って2人しかいないからね。ちなみに今は1人だけだし」
ボーデンフェルト伯、ロイエンタール伯、ベルトハイム伯の3名の代表がヴェルザー西方伯となる為、基本的にヴェルザーには二人しか伯爵はいない。ヴェルザーは3人の領主を纏めて一つ領地にして帝国に編入したため、ちょっとおかしな制度が出来てしまっているのだ。
そして莫大な借金を背負ってしまいベルトハイム伯を継ぐ人間が現れていない状況だから、現在伯爵1名という状況である。
「いたかも」
レーアが思い出すように口にする。
「いたの!?」
「伯爵じゃなくて伯爵の子供に。私が小さい頃、そういう話があった」
「え、うそ。マジで?あのミュラー商会の嫡女に?」
「私が小さい頃は今ほど大きい商会じゃなかったし、貴族に睨まれたら商売にならない。確か前ロイエンタール伯の長男、今のロイエンタール伯の父親がサディストのロリコンで未成年の子供を婚姻しては殺してたって聞いた。お父さんものらりくらりかわしてたけど長生きされていたらどうなったか分からなかったって聞いてる」
レーアはそんな説明をする。
アレクサンドラとフレデリクはあれかぁと過去の事を思い出す。
「ほら、あったんじゃん。えと、ロイエンタールの革命からそういう話があったって聞いたからだよ。別にエロい意味じゃねーし」
「でも、それ、私たちの世代はほぼ関係ないよ」
「え、そーなのか?」
「確か私が4~5歳の頃にロイエンタール伯の長男が亡くなって終わった筈」
レーアがそう言うと、マインラートは少し驚く。
だから状況が変わっていたのか………とマインラートは小さくつぶやいていたが、それは誰の耳にも入らなかった。
「僕が殺しちゃった奴だね」
フレデリクはポツンと口にする。
「はい?」
マインラートがフレデリクを見る。
「リッちゃん」
「今更隠す必要も無いでしょ。ロイエンタール伯がルミヤルヴィに来た際に、何をトチ狂ったか僕が襲われちゃってさ。帰り討ちにした感じ?」
「お前が襲われて返り討ち?でも、えと、4~5歳の頃だよな?」
今でも美少女に見まがうフレデリクを見る女子達は、ロリコンならさぞ狙いたくなるような少女にしか見えなかっただろうなと納得してしまう。
「そうだよ。それが恐ろしくなって引きこもった事があるんだよ。父さんがやった事にしたけど、流石に自分がやらかした事を父さんに押し付けるのはどうかと思ってね」
フレデリクがアレクサンドラが襲われたと言う部分だけ隠して説明するとジルフィアもそれを察して敢えて乗っかる。
「でもなぁ。どっちにしてもヴォルフ殿だったら叩き殺しそうなものだがな。お前が先にやったかどうかって話だろ」
「そうだね。今の僕はアレクサンドラ様の騎士として、ルミヤルヴィの人間として覚悟も自覚もあるから、悪党を殺すのに心の一つも揺れやしないけど、当時は子供だったから」
「当時はリッちゃん、人殺ししちゃって泣いて引きこもってたっけ」
「そうだね。」
フレデリクは肩を竦める。今ならそんな事で落ち込まないし悩みもしない。冒険者時代、暗殺者を多く殺してきている。暗殺者殺し、それがフレデリクの雷華の騎士の名が定着する前の異名だった。
「マジかよ、そんな事が……」
マインラートは計算違いが起こったかのような口ぶりだった。。
「つまり、私の旦那様は会う前に、ロリコンタール伯爵令息から私を守ってくれていたという事。流石は運命の人」
「いきなりのろけられても困るんだけど」
棒読み無表情ながらものろけ台詞を口にするレーアに、リリーは呆れた様子でぼやく。
「ロリコンタールじゃないからな?」
「似たようなモノでしょ」
即座に突っ込むジルフィアに呆れるようにぼやくサラだった。それに周りも苦笑して話が終わろうとしている中で、マインラートは首を捻る。
「あの、ところで……旦那様って何?」
マインラートはレーアとフレデリクを指差して訊ねる。
「いやヴェルザー西方伯がレーアさんを僕の婚約者として推して来たんだよ。アーちゃんが承認しちゃって……」
「私のようなエメラレルドブロンドは後継を作りにくいし、リッちゃんはルミヤルヴィの継承権だとラーナスト家が放棄した時点で第1位になるから」
「は?ルミヤルヴィの継承権?」
「継承権を持っている血筋で、ルミヤルヴィに在籍している事」
「お祖父ちゃん、現ヴェルザー西方伯は元ルミヤルヴィ王家の公爵の血筋だし、私が側室に入るのは望ましい。
マインラートが言ったように変な貴族に買われるよりかなり優良物件。私は西方伯家にも平民にもなるなんにでも使える駒だから」
「ち、血筋……」
「そんな血筋知るかーっ!」
何故か恨みがましそうにマインラートが口にする。
だがルミヤルヴィの血が皇家に入っていてもおかしくないし、ボーデンフェルト伯が元ルミヤルヴィの臣下の家柄だと言うなら、フレデリクがアレクサンドラを娶り側室にレーアを置くと言うのは綺麗な形だと気付く。
「ルミヤルヴィって内乱とか起きなかったのか?」
「起きてたぞ」
とジルフィアが頷く。
「え、起きてた?」
「知ってて聞いたんじゃないのか?」
「あ、そ、そうだけど。普通にガッコ来てるじゃん。だから、そう。何か聞き間違えかと思ったんだよ」
マインラートはワタワタと手を前に振りながら弁解する。
「フレデリクが余裕の顔して一人で全部終わらせたからなぁ」
ジルフィアが呆れたようにぼやく。マインラートは何それみたいな顔をする。
「別に余裕なんて一切なかったけども」
「よく言うわよ。帝国騎士団を一人で潰して、ベルトハイム伯の首を一人で取って来て、サーシャを助けた上に、魔法一つで内乱を起こした貴族連合軍を降伏させたのは誰よ」
サラは肩を竦める。
「リッちゃんはルミヤルヴィの1年の間に抱えていた問題を1週間ほどで全部解決した」
「そんなんやってたのかよ」
「英雄譚に語られそうな勢いだけど」
マインラートが信じられないものを見るようにフレデリクを見て、エリアスは溜息と一緒に口にする。
サラやジルフィアが諦めたようにぼやいた理由を知ったからだ。
「雪山で戦争してるバカ共を魔法一つで雪に埋めて。戦争してるのに家でごろごろしてるバカの首を取って、ヴィルヘルム様の魔法を使えばルミヤルヴィ軍がヴィルヘルム様の威を畏れて降伏するなんて分かり切ってたからね。やったこと自体は大したことじゃない。余裕に見えたのは余裕に見えるように振舞っただけ。魔力切れを悟らせたくなかったし、普段から割と虚勢張り気味なジルフィアさんなら分かるだろうけど、僕ら指導者層が余裕ない姿なんて下の人間に見せられないだろ」
フレデリクの言葉にジルフィアはウッと呻いて言葉を失う。
「ジルフィを言葉でやり込められる奴が現れるとは思わなかったけどね」
「放っておけ」
サラが茶化してジルフィアが少し顔を赤らめてそっぽ向く。
そんな話をしているとずかずかと廊下から3人組がやって来る。
リューネブルク公爵令息ローレンツとその取り巻き2名だった。金髪碧眼でリューネブルク公に似た顔立ちの少年だ。
「よお、アレクサンドラ」
「リューネブルク公爵令息。何か?」
「喜べ。俺の3番目の婚約者にしてやる」
「お断りします」
シーンと一瞬で沈黙が包み込む。何の話も進まなかった。
「はあ?この俺様が誘ってやってるんだぞ。断るだなんてあり得ない!」
「前も断られてんじゃん」
呆れるように突っ込むサラだった。
「黙れデカ女。これは帝国の問題だ」
「眼中にないってのが分からない男はいやねぇ」
サラは呆れた様子で溜息を吐く。
「そもそも私には婚約者がいる」
アレクサンドラはぽつりと口にする。
「火竜王の変で死んだってのはみんな知ってんだよ。」
死んだと思われていた奴が生きてたんだよなぁ………、とA組の残ってたメンバーの視線がフレデリクに向かう。
「死んでないもん」
「強がるなよ。大体、婚約者って言った所でせいぜい陪臣貴族の伯爵程度だろ。公爵令息たる俺様の足元にも及ばない雑魚じゃねえか。辺境の大貴族如きが強がるんじゃねえよ」
アレクサンドラに手を伸ばそうとするローレンツだった。
「ブフォッ」
と吹き出すような声を聞いて全員の視線がそっちに向かう。
「ぷくっぷっくくくくく。ご、ごめん。アレクサンドラ様がどういう対応するのか見てようと思ってたけど、あまりにあんまりで……」
フレデリクは腹を抑えてうつむいてプルプルと震えていた。
「笑って無いでアンタが間に入りなさいよ!」
スパカンとサラがフレデリクの頭を叩く。
「何だ、女。ふざけてんのか?ああ?」
「ええと、ローレンツ様。その子は女じゃなくて男です」
エリアスはリューネブルク公爵令息にフォローを入れる。
「男!?」
「マジで?」
「嘘だろ」
取り巻きの男たちまでフレデリクを見てぼそぼそと話し合う始末。
「フレデリク・ズワールト、アレクサンドラ様の婚約者で、男です。よろしく」
フレデリクは優雅に貴族の礼を取る。さらっと綺麗に流れるようにするので生粋の貴族を思わせるほどだった。平民出の多いA組はその所作にちょっとした憧れさえ感じてしまう程だった。
「いやはや、申し訳ない。あまりにも面白い事を言うものでつい」
「何だと?」
「だって……ぷくくく。どんだけリューネブルク好きなの、この人。普通言わないでしょ。『辺境の大貴族如き』って……・帝国の大貴族はリューネブルク以外、全部辺境じゃん。皇領フェルトブルクでさえ辺境じゃん。ウチは辺境じゃないぞって言いたいのかって聞きたくなるような事言うから」
「あ」
フレデリクが口にするとジルフィアは直に理解して声に出してしまう。
帝国は中央南方にフェルトブルク皇領があり、その南東から反時計回りにバイマール、グロスクロイツ、ヴァイスフェルト、ザルム、リヒトホーフェン、ヴェルザーと国境となっており最後に南西のルミヤルヴィとなる。リューネブルクはヴェルザーとリヒトホーフェンに挟まれていて、他国と接していないのだ。
言ってしまえばリューネブルク公爵領だけ国の境が無い。
自分だけ辺境が無いのに他の大貴族を辺境扱いって…
見ていた周りの学生がクスクスと忍び笑いをして、ローレンツは周りを睨んで黙らせる。
「どこの誰だか知らねえが、調子に乗るなよ。俺は公爵家の人間だ」
「いや、それを言ったら…」
「ジルフィアさん」
フレデリクは口元に手を当てて黙る様にジルフィアに言う。そのフレデリクの様子にジルフィアは溜息を吐く。
「ご存じない?」
「何がだ?」
「リューネブルク公爵はルミヤルヴィから手を引く。今後何があっても俺は関わりない、帝国会議で公爵が言ったんだ。つまり、公爵家の人間であってもルミヤルヴィに関してはその威は使えない」
「それがどうした!俺が公爵家の人間である事が…」
「つまり、君は対ルミヤルヴィに関しては公爵閣下は後ろ盾にならないと言っている。つまり公爵の後を継ぐ予定もなく親のコネで騎士になるしかない程度の、言ってしまえばA組の男子なら誰でもなれる程度の将来性しかない人間が、アレクサンドラ様に側室になれとか言ってんの。凄い身の程知らずだって思わなかったの?親のコネつかってギリギリ一代限りの名誉男爵とかくらいにしかなれない人がさ、現役辺境伯に求婚するって何様?」
「なっ……ふ、ふざけんな!俺は次期騎士団長になる男だぞ!」
「いや、無理無理。だって、騎士団長になってる上の二人ってA組卒業したそこそこ優秀な学生だったんでしょ?B組にいる人じゃ無理じゃね?公爵閣下はあっさり後継者を切る位、リスクを負う人じゃないから、コネで無理やり役職者を付けたりしないと思うよ。コネがあれば成立するかどうかで役職付けてるから、コネがあっても成立しない人は推さないと思うなぁ」
「なっ!?」
「で、何?親のスネカジリで後継者の可能性皆無なローレンツ殿。親が偉いだけでしょ?アレクサンドラ様は現役辺境伯だからね?君如きが上から目線で話して良い相手じゃないんだよ。分かるかな?貴族が貴族の肩書で口を出すならちゃんと肩書で話をしようよ。親のコネが無いと平民落ちするローレンツ殿、現役辺境伯閣下に偉い口を叩いてくれてるけど、分かってるのかなぁ?アレクサンドラ様の優しさで無視してるけど、何の役職もなく成人してしまった場合、不敬罪で首を飛ばせるんだよ。で、貴公は誕生日ってきたの?今何歳?成人した?」
フレデリクはニヤニヤと笑いながら訊ねる。
ローレンツは口をパクパクさせて言葉に困り、
「ふん、後悔するなよ!ブスが!」
どかどかと逃げるように去るローレンツに、慌ててついていく取り巻きの男達。
周りの女子はいなくなったのを確認すると全員で笑いだす。
「うわ、貴族が口先でやこめられて逃げた」
「だっさ」
「ちょっとスカッとした」
ゲラゲラと笑う周りの女子達にフレデリクは苦笑する。
「ホントに口先がよく回る男だな」
「僕はアレ……アーちゃんを守る為に、トビアス様には特に口先を鍛えられたからね。偉い貴族様から暴力を使わずに排除する方法ってのを。法律を学び貴族家の状況を知り、どういう強みがありどういう弱みがあるか」
「マルヤーナ様が自分にはトビアス様がいたけど、アレクサンドラにはフレデリクがいない状況で送り出したのは失敗だったと言っていたが、その理由がよく分かった。物理的にも口先でも守れる奴が最初からいたって事だな?」
ジルフィアは呆れた様子で溜息を吐く。
「まあ、流石に女子更衣室まで守れないからラウテンさんがいてくれて助かるんだけども」
「旦那様なら女子更衣室に入っても割と行けると思う」
「たしかに」
レーアがポツリと口にし、リリーや他の女子達がうんうんと頷く。
「だから僕は男だから!」
「分かってるから」
他の女子達はわざとらしく笑う中、リリーだけは仕方ないよね、みたいな感じで頷いていた。フレデリクは空を見上げる。
この女だけは、本当に僕が男だと分かってないっぽい、と。




