2話 学泉生活の始まり③
地獄迷宮ヘレントル。最も深く果てを知らぬ迷宮は、スタンピードを起こさない代わりに迷宮内スタンピードと呼ばれるモンスターパレードを起こす。
迷宮が揺れる程で、奥から大量の魔物が吐き出されるかのように大群が現れる。地鳴りのような音が徐々に近づき、やがて実際の大量の人でない足音無数に響きだす。
魔物の姿はまだ見えないが、洞窟内の回廊とは思えない程広大な場所であるにもかかわらず回廊を埋め尽くすほどの軍勢が迫るのが、このヘレントルのモンスターパレードである。
巨大な通路は大きすぎて通路という感じさえないが、左右に大きな壁がある以上通路であり、奥からその群れというよりは軍勢が現れる。
「全員、この部屋の中央に集まれ!集まりながらゆっくりと退却する!ここから走ってバラバラになれば魔物に蹂躙されるぞ。集団を作って戦う事を前提とした撤退戦術に切り替える!戦えるものは集団を守る様に外側に立て!魔導師は集団の中央寄りに、敵が見える視界を確保しろ!先生方の判断が遅いので変わって僕が指揮を執ります!というか、早く集まれ!死にたくなかったらな!」
フレデリクは即座に切り替えて大きい声で周りにかける。バラバラに歩いていた学生たちが自分達が危険だと気付いて慌てて集団に走る。
「腕がなるぜ。俺の必殺爆裂魔法がな!火魔法LV7の実力を見せて…」
足を震わせながらも強がるマインラートに、フレデリクは苦笑する。
「却下。洞窟内で爆発魔法の様な魔法を使ったら、全員が危険な目にあう。場所を選べ。ダンジョン内で大規模燃焼魔法は厳禁って聞いた事ないの?」
「どうすりゃいいの!?」
「火魔法LV7なら<火炎弾>があった筈だ。あれなら射線上の魔物を大量に殺せる。魔物の数が数だからかなり効率的な筈だよ」
「うぇえ、あれ苦手なんだよな」
「敵がある程度殲滅可能な距離を取れたら爆発魔法をお願いする。とどめ役だぞ。美味しい所をやるから魔力を残しておけよ」
「ま、まあ、それなら…」
それにフレデリクは周りを見渡す。
「いた。イリーナさん。プロテクションは使えるよね?こっちの攻撃から逃れた魔物の攻撃を一度でいいから守ってあげて。守っている間に周りが魔物に攻撃を!出来るよね?」
「え、あ、はい」
勢いに負けて頷くが、イリーナはフレデリクが自分が神聖魔法使いだという事実を何故知っているかが分からず困惑していた。
神聖女神教国では、年齢が低い優秀な神聖魔導師はどんな場所でも出張できるように敢えて助祭という立場を与えられるケースがある。通常であれば成人してから5年以上の修行が必要とされる地位である。
フレデリクからすれば、彼女が優秀な神聖魔導師なのは明白なのだ。
「僕は最前線で戦って魔物の足を止める。アルバン、剣の腕で貴族になってAクラス入りしているなら戦えるよね。期待してるよ」
フレデリクは隣に立つ友人に唇を釣り上げて笑いかける。
「まあ、傭兵時代に魔物の群れと戦った事もあるから出来なくはないよ。期待に沿えるかはどうだろ」
アルバンは苦笑いをする。
「はいはい!暴れて良いの!?僕も前に出て戦いたい!」
小柄な少女がピョンピョンと飛び跳ねながら手をあげて前に出て来る。背丈よりも巨大な剣を持っているが、軽くぶんぶん振り回しており、見た目に寄らずかなりの力がある事が分かる。
「大丈夫?」
「小さい頃から魔物狩りは日課でさ。帝国来てから暇だったんだ。僕の名前はヴェルメイレン・ズワールト!ヴェルで良いよ」
「ズワールト?……あ、じゃあ、よろしく頼む。」
フレデリクは自分の苗字と同じ苗字を持つ褐色の肌を持つ少女を見て気付く。恐らく父と同じ出自だと。そしてあの巨大な剣を軽々振り回すあたりかなり強い事も分かる。
「ズワールトって親戚?」
ふとアルバンがフレデリクに訊ねる。
「さあ。親戚かどうかは後で聞きたいね。父が同じ部族出身かもしれない」
フレデリクは苦笑する。
「ふ、ふざけるな。僕らと同じ学生が指図するとは不敬だぞ!」
「そうだ。平民か陪臣貴族か知らないが、Aクラスだからって調子に乗るな!」
「ランベルト様にたかが学生如きが不敬だ!エーベルヴァイン君、君が指示を出したまえ」
だが、学生の中から、貴族の生徒が文句を言い出す。取り巻きどころか、それに追従する教師まで文句を言い出す始末だった。
エーベルヴァインは苦笑して肩を竦める。
ファビアンはお付の騎士と共に前へとやって来る。
「奥から来る魔物の数を理解してんのかね。1000超えてるぞ、揺れの大きさは」
「帝国は平和ボケしてますから」
ファビアンのボヤキにお付の騎士が肩を竦めるのだった。
フレデリクは首の冒険者証を取り出して周りに示す。
「こっちは紅玉級冒険者だ。戦力外なら黙ってろ。魔物の集団があと1分せずに襲って来るのにちんたら指示を出さない大人がとろいんだ!今更グダグダいうなら最前線で足止めして見せろってんだ!」
フレデリクは後ろから文句を言ってきた教師をじろりと睨みつけて有無を言わせない。最前線で地鳴りを起こす魔物を相手に戦うなんて言える人間は大人でもいなかった。
アルバンとマインラートはギョッとした様子でフレデリクの冒険者証を凝視する。ただのクラスメイトどころじゃない事に初めて気付くのだった。
「紅玉級?」
「14歳だろ?聞いたことが無い」
「待て、14歳の紅玉級ってもしかして最近聞いた最年少の……」
生徒の指揮に困惑していたが、その困惑は一瞬で収まる。超一流の冒険者の指示だと気付いたからだ。
「私が指示を出す予定だったが………ヴォルフ先輩をして天才と称した実力、見せて貰うとしようか」
エーベルヴァインはニヤリと笑ってフレデリクらの後方の生徒達を守る様に配置を取る。
地響きと砂煙をあげて魔物群れが奥から見えて来る。
その数は端から端まで50メートルもあろうかという横幅の広い回廊を埋め尽くすほどの軍勢だった。魔物の種類は爬虫類系が多く、雑魚モンスター筆頭のランニングリザードのようにも見えるが亜種もいるだろう。
群れの全容がまだ見えないほど雲霞の如く湧き出でる。1000どころの騒ぎでは無かった。少なくとも数千はいそうな軍勢だった。
「僕が中央で小さい防壁になる」
「じゃあ、僕は左側を受け持つよ。出来る限り頑張るから」
アルバンは剣を抜きながら前に出る。
「では我々は右翼かな。我が部下たちを心酔させた若き指揮官殿の活躍ぶりに劣らぬ活躍をみせようじゃないか」
ファビアンがからかうように剣を持ちつつフレデリクの右側に立つ。
「別に指揮権を奪いたかったわけじゃなくて、手が打てなくなっていたから、ちゃっちゃと打開策を出して大声で伝えていただけなんだけどなぁ」
「我が国の武官系貴族に求められる資質ですな」
ファビアンのお付の騎士ヤン・ハウアーがうんうんと頷きながら口にする。
「ヴィルヘルム様、割とスパルタだったから。ヴィルヘルム様に教わった事は冒険者になった後に、意味を知る事が多かった。感謝してるけど、感謝を伝えたい人はもういないからね。雷華の名は僕には重いし僕如きでは恥ずかしいけど、僕の活躍が雷華の騎士として広がる事で、ヴィルヘルム様が育てたという功績になるなら」
ニッと笑ってフレデリクは腰の剣を抜いて魔物を見る。
「でもこの魔物の量はどうにもならないぞ?」
「アルバン。ファビアン。まずは足を止めることを最優先だ。殺せなくても足を攻撃して少しでも動きが遅くなれば後方の魔導師が魔法で倒しやすくなる」
「なるほど」
「そんなの常識だっての」
ヴェルメイン嬢は巨大な剣を握ってニヤリと獰猛に笑う。アマゾネス部族は徹底的に前の敵を殺すのに長けていると聞いた。父はこんな女性ばかりの中で生きて来たのかな、と少しだけ苦笑するフレデリクだった。
「ファビアンは分かっていると思うけど、スタンピードの厄介なことは一度に手に負えない程の魔物が襲ってくるからなんだ。ゆっくり一体ずつ攻めてくる分には、後ろにいる戦える学生達からすれば脅威じゃない。任せて大丈夫だ。つまり相手の足を止めて魔物との戦闘間隔が緩くなれば後方の皆が楽になる」
「そうだな。だが後方とのコミュニケーションが取れない上にこの量だ」
ファビアンが困ったように尋ねるとフレデリクは軽く自分の仕事を増やす事で受け流す。
「そこは僕がフォローする」
フレデリクは剣を空に掲げて魔力を溜め込み地面に差して魔法を発動する。
「<大地制御>!」
土系魔法LV4、大地を操りちょっとした地形を変える魔法だ。
魔物達が回廊を埋め尽くすほどの軍勢が、大地から人の背丈ほどの岩山が生み出されて左右の魔物の半身が見えなくなる。乗り越えるにしても時間が掛かり中央に魔物が寄る。
「足を止めるって方法は色々とあるんだよ。こうやってね。行くぞ!」
「おおっ!」
フレデリクが走り出し、アルバンとヴェルベイレンが左側を、ファビアンとヤンが右側を走り出す。
向かって来るのは大量の人間ほどもある巨大な蜥蜴の群れランニングリザードだった。雑魚モンスター筆頭的な存在であるが、スタンピードになると意外と厄介な魔物で、他の魔物よりもスピードがあるから手が回らなくなる事がしばしば。
アルバンが剣を振ると高密度の魔力によって空気を切り裂く斬撃が飛ぶ。3匹ほどのランニングリザードの足が切れて地面の倒れるが、後方のランニングリザードはそれを踏み越えて先へと進んでくる。
「左翼の彼、凄いな。あっさりとアレを飛ばすか」
ファビアンは感嘆する。
「ファビアン様、一流の剣士はアレを小手調べにしか使わないのですよ」
「分かってるって。僕は僕らしくやらしてもらうさ!<風刃>」
ファビアンは剣を振るいながら魔法で風の刃を飛ばす。大量のランニングリザードが切り裂かれて大地に朽ちる。
フレデリクは先頭を切って、ランニングリザードを次々と襲って来るランニングリザードの標的になるが、それを片っ端から切り裂いていく。
中央に巨大な絶対的な防壁が出来たような安定感で戦線を作り出す。
アルバンはフレデリクの言ったように多少抜けられても後方が困らないように戦闘を継続しながら大量のランニングリザードを狩っていく。
アルバンはフレデリクの戦闘能力に若干の驚きがあった。
アルバンは剣術に関しては自信があった。フレデリクが自分ほどでないが、かなり優れた剣術を持っているのは分かる。
だが、自分以上に戦闘慣れしているのが見て分かる。剣が届かなければ魔法の槍を生み出して魔物を殺し、たくさん魔物が押し寄せれば雷魔法で動きを止めて一匹ずつ倒していく。剣を持ってない手で拳を打ち出して隙あれば中央を突破しようとする魔物を拳によって飛ぶ打撃で殴り飛ばして頭を潰す。
しかも後方からの魔法を中央に集めるように指示を出し、後方から飛んで来る魔法攻撃をかわしながらそれを魔物に当たる事を考慮して戦術を組み立てる。
剣での一対一なら負けない自信はあったが、同じ戦果を挙げろと言われたらどう考えても勝てる姿が思い浮かばなかった。
その後方でほぼほぼ殲滅するのがヴェルメイレンで、圧倒的な戦闘力を誇った。どっちが魔物か分からない程だ。
ファビアンとヤンのコンビもかなりの戦闘力で、剣と魔法を使うファビアンと槍に加えて近距離では剣を使うヤンの強さもかなりのものだ。地元の騎士でさえこれほど強い人間は存在しなかったから、アルバンは自分の世界が酷く狭かったのだと知る。
大陸中から集まった同年代の子供たちの強さに舌を巻くしかできなかった。
ギレネの地で、世界中を旅していた13歳の少年が金剛級冒険者3名を率いて、同時多発スタンピードを収め、発生した迷宮を潰し、魔神の眷属との戦闘で生還した英雄。雷華の騎士と呼ばれ、冒険者界隈ではちょっとした噂にもなり、吟遊詩人の歌にもなった若手最強の冒険者。
まさか少女と見まがう同級生が、雷華の騎士だとは思いもしなかった。
「お義父さんが『学園に行くべきだ。世界は僕が知るより遥かに広い』と言った意味が分かるよ。間違いなく同年代最強クラスの化物だ。剣だけの僕ではまだまだって事か」
アルバンは戦いながら中央に陣取って強固な砦と化しているフレデリクに、どこにそんな力があるのかと感嘆する事しかできなかった。
後方で巨大なブロックと化している5人の学生達を前に、エーベルヴァインは苦笑する。こっちで相手にする魔物の数は散発的で、正直に言えば自分一人で対処可能なレベルだが、せっかくだからと学生達を指揮しながら戦える子供達に経験させることにする。
3人1組で魔物に対処させる。
「魔法攻撃は中央に寄せなさい。左右はまばらなので問題ありません」
魔法部隊の指揮を執るのは魔法系教師のヒルデガルトだった。
「ですが先生。それだと中央の子に当たってしまうかも………」
「さっきから見てますが、彼はこちらの魔法がいつどこに何が飛んで来るのか把握してます。貴方が彼を狙っても、彼はそれを避けながら戦闘を継続できるでしょう。気にする必要はありません」
「は、はい。わかりました」
生徒達も魔法を打ちながら戦闘に参加していた。
ヒルデガルトは苦笑する。あの可愛いフレデリク君が、ヴォルフ様のように頼もしく学園の新入生たちの中でリーダーシップを発揮している事に驚いていた。
「凄まじいな、ヴォルフ先輩の息子は。あれは戦い慣れてる。魔法の多彩さが剣術の拙さを埋めているというか、魔法の届かない場所を剣術で埋めているというか…」
「小さい頃は優しくて繊細な子だったんですけどね。……きっと、ザシャ姉さんやヴォルフ様の敵討ちの為に、本当に手段を択ばず強くなったのだと思いますよ。昔から頭のいい子でしたから。片鱗は幼い頃からありましたし」
「最前線で指揮をとれる指揮官か。ヴォルフ先輩から『親バカ目線からじゃなく、俺の息子は天才だ』と親ばか丸出しの手紙を貰いましたからね。あれほどの逸材を子供に持った先輩の気持ちが分らなくもない」
「ヴォルフ様は常々、ヴィルヘルム様の様な先読みする能力や知識の広さにあこがれてました。ハイブリッドな能力を持つ彼はきっとヴォルフ様にとって理想の姿だったかもしれません」
ヒルデガルトは亡き親戚夫妻を偲び、少し感傷的になる。
「マインラート~。爆発魔法行けそう?こっち、随分数が減ったから残敵を吹き飛ばしたい。ブチかまして大丈夫だよ!MP不足なら僕がやるけど」
フレデリクは魔物を殺しながら後方に声をかける。
「待て!俺の見せ場を取るんじゃねえ!」
マインラートは魔導士の杖を持って慌てて前に出て来る。
マインラートは杖を魔物の咆哮へと向けて集中する。魔力が集中する。
「僕の作った防壁の奥にぶち放て!」
「分かったぜ!行くぞ!」
「前線5人は撤退だ!」
フレデリクは中央に陣取りながら周りに声をかける。
「分かった。けど、良いの?まだ大量にいるんだけど」
アルバンはモンスターパレードが終わってない事に疑念を持つ。奥にいる魔物の群れはまだたくさんいる。自分達が半分ほど倒したが、それでもまだ半分は無傷にいるのだ。
確かにモンスターパレード終わりは見えたがまだまだ残敵数は1000を超えているように見える。
「パレードの終わりが見えたから十分だ。これで一掃できる」
フレデリクは4人が撤退を始めたのを見て、最後に自分も撤退する。
「吐き出し終わりが見えたから殲滅魔法で終わらせるか。最初に使わせないのは何でだ?」
「大量に大気を燃焼させれば僕らが戦えなくなるかもしれないし、残った魔物がまばらに迫れば手を広げる必要が出るからね。終わりが見えないスタンピードラッシュでは使えない手だけど、終わりが見えるスタンピードやパレードならこっちが一番後ろの学生達には安全だ」
「マインラート!放て!」
「行くぜ!<爆発>!」
マインラートが呪文を唱えると同時に、魔物の群れの中央に炎が一気に膨れ上がるのが見える。
「<聖光障壁>!」
爆発と同時にフレデリクは爆発がこちらに届かないよう防御障壁を張る。
魔物群れの中央に大爆発が起こり、轟音が洞窟を揺るがす。学生達もあまりの魔法に悲鳴を上げる程だった。爆発に吹き飛んで魔物が魔法の障壁に叩きつけられて大量の血だけがこっち側にも吹き飛ぶ。
モンスターパレードは消え失せ、魔物の大量の死体だけが残され戦闘は終わりとなる。
あまりの手際の良さに圧倒される教師達だった。
「今年の4年生は間違いなく黄金時代を超えるな」
エーベルヴァインは偉大な先輩たちと比較して、こちらが上だと断言するのだった。




