3話 ルミヤルヴィの厄介な客
フレデリクは帝暦235年7月生まれなので今話は4歳の頃となります。
~帝暦240年5月 ローゼンブルク帝国ルミヤルヴィ辺境伯領リンノイトゥス~
フレデリクがアレクサンドラの遊び相手になってから半年が過ぎる。
アレクサンドラの趣味でもある読書に付き合うのだが、フレデリクは英雄の物語などに嵌っていた。雷華の賢者ヴィルヘルムの本があり、それが領主様だと知って驚いたりもした。
最近では昼食を城塞でルミヤルヴィ一族と一緒に食べる事も多かった。
「トビアス様は来年から学校なんですか?」
「そうだね。ほら、フレデリクが最近読んだと言う剣聖フェルディナントは知ってるだろう?」
「鬼神王アルバ様の建国した鬼人領ダエモニウムで最も強い剣士になった人類最強の剣士様ですよね。確か領主様と冒険者パーティでもあったとか」
「そう。僕らの行く学校は地獄迷宮ヘレントルのあるヘレントル高等学園、フェルディナント様が作り、皇帝陛下が通っていた帝国西部最大の学校なんだよ」
「そーなんだ。貴族様の通う学校なんですね」
「いや、違うよ。冒険者学校を誰でも通えるようにしただけなんだけどね。爵位を継げない貴族の子供が冒険者になる事も多いし、帝都は貴族の醜い争いでいつ次期当主が暗殺されるかも分からないから、こっちに逃げるというケースもあるんだ。今では帝都の学校以外で最高の教育を受けられる学校にまで発展したんだ。ヴィルヘルム様も多額の寄付金を出してるしね」
「ちなみにお前の両親もヘレントル高等学園出身だぞ。母親は首席、親父は首席卒業前に貴族を殴って卒業できなかったがな」
トビアスの言葉にヴィルヘルムが付け加える。
両親がヘレントル高等学園の卒業生と知って驚くのだった。
「父さん、何やってるんだろ」
フレデリクはふにゃりと顔を歪めて呆れたような声を漏らす。
「まあ、貴族の有無にかかわらず殴るのはどうかと思うが、殴られなきゃわからない甘ったれの貴族を殴ってやっただけだからなぁ。ヴォルフは人として良くやっているが、しがらみとか力関係とか立場とか知らないからな。割を食っただけだ。何で面倒な儀礼があるのか、様々な角度から見て正しい在り方というのがあるんだが、アイツは単に無知で、しっかり教える人間が周りにいなかっただけだ」
呆れるように溜息を吐くヴィルヘルムに、フレデリクは父がダメな大人のように感じる。
「この領地に駐留する騎士団長になるにあたり、俺が全部叩き込んでやった。白狼騎士団はそこら辺を分からず、無理に反発した奴らが多いからな。白狼のガキ共はまず俺が教育する事から始めるのが多いんだ」
「領主様凄い」
キラキラと目を輝かせてフレデリクは自分の住む地の領主を憧れるように見る。
「まあ、俺からいわせりゃ、本来フェルディナントが教える事であって、俺がすべきじゃないんだが。アイツ、ヴォルフの才能に目がくらんで社会で生きる能力より自分の剣術をこれでもかってくらいに叩きこんだからな。天才的な社会不適合者を一人作っただけで終わらせやがった。気持ちは分かるが、まず正しい生き方を教えてやれよ」
旧友の雑な仕事に若干文句を言うヴィルヘルムだった。3年どころか1年でしっかりと教育して騎士らしい騎士に育てたヴィルヘルムとしては、そこまで大した仕事でも無かったのにと呆れていた。
無論、フェルディナントから言わせれば、論理的に貴族の儀礼をしっかり説明できるヴィルヘルムが凄いのであって、多くの貴族は当然のように分かってる序列や礼儀は感覚的なものであり、他人に説明できる人間は少ない。帝都の教育係くらいかもしれない。
「ヴォルフ様って凄い剣士様なの?」
マルヤーナは首を傾げる。
「帝国……いや、大陸でも1~2を争うんじゃないか?フェルディナント自身が自分以上と評した位だからな。
「剣聖様が?」
父が凄い事に驚きをもつ。平民で得られる最大の栄誉を持っているのだからそれは当然だろうと理解する。
「でも、父さん、その前にあった御前試合で負けたって言ってた……言ってましたけど」
当時はまだフレデリクも言葉遣いを勉強中で、気付いたら一々言い直す癖があった。それでもポンポン間違った言葉遣いではあるのだが。
「それも俺の教えた正しい振る舞いのお陰だな。御前試合は勝てば良いという訳でもない。騎士として国の代表として出るのだ。正しい振る舞いをして、正しく戦い、それから逸脱するなら素直に負けを認める。正しい騎士として正しく戦った結果だ。今までのヴォルフでは出来なかった事だ。勝とうと思えば勝てただろう。だが、貴族や騎士は相応の振る舞いが求められる。ヴォルフはその振る舞いが出来たのだ。戦った相手もそれを理解しているだろう。周りは最強の名をほしいままにしていたヴォルフが落ちたものだと笑う愚かな貴族もいたが、俺はヴォルフの姿を見て誇らしいと思った。あの短時間で、平民育ちのヴォルフが誰よりも立派な騎士の振る舞いをしたのだからな」
その御前試合、去年の12月頃に帝国会議前に行われたのだが、フレデリクは連れて行って貰えなかった。アレクサンドラとお留守番である。負けたと聞いた時はがっかりしたがそうでは無かったらしい。
母が皇族で父が帝都の英雄であることを隠して育てている為、フレデリクを連れて行けば流石にフレデリクも気付くからである。
「相手は若く才能に溢れて、貴族として生まれながら未だ貴族としての振る舞いが未熟だった。貴族でなかったヴォルフが誤ってしまった貴族相手に正しく振舞って勝利を譲ったのだ。本来であれば相手が引かねばならなかったのにな。局所的に見れば負けただけだが、大きい視野で見れば本当の勝者が誰なのかは分かっていた。正しさと強さの違いを理解できる程、ヴォルフは成長したという事だ」
「確かに最初にあった頃のヴォルフ様はちょっと怖かったですね」
マルヤーナは思い出すようにぼやくと
「お前は大体初対面の相手は印象悪いだろうが」
ヴィルヘルムが娘に突込み、ヘンドリカが大笑いする。マルヤーナは顔を恥ずかしそうに真っ赤にする。
「お姉ちゃんは優しいよ?」
アレクサンドラがマルヤーナを庇いマルヤーナは愛しそうに隣に座る妹の頭を撫でる。
今では仲の良い親子に見えるが、マルヤーナとヘンドリカは血がつながっておらず、マルヤーナはヘンドリカを敵視していたのはこの家では有名だった。仲良し親子だけど昔はマルヤーナ様が酷かったと笑って使用人たちが笑い話にするくらいだ。そしてなぜかフレデリク様のお陰とか言う人までいる。
フレデリクは不思議に思って首を傾げていた。
「フレデリク君があまりに可愛くて、ザシャさんと3人で女装させて楽しむようになってからはすっかり仲良しなのよ」
「僕は知らないうちに敵地の真っただ中!?」
フレデリクはヘンドリカの言葉に頭を抱えて唸るのだった。その言葉が面白かったのか、ヴィルヘルムは大笑いする事になる。
フレデリクが女装させられるのを嫌がるのも皆が知っている事だった。
ヴィルヘルムはそこで思いついたようにフレデリクとアレクサンドラを見る。
「そうそう、今日はあまり思わしくない客が来るからフレデリクとアレクサンドラは部屋の外に出ないようにな。出るときは護衛を付けるようにしてるから」
「うん」
「はーい」
アレクサンドラとフレデリクはそれぞれで返事をする。
「二人とも返事は『はい』よ。リッ君もはーいって伸ばさない」
「「はい」」
こうしてフレデリクは言葉遣いを幼い頃から少しずつ仕込まれていくのだった。
「思わしくない客?」
コテンと首を傾げるマルヤーナだった。
「マルヤーナも自室でな。トビアスも付いてやってくれ」
「何か敵が攻めて来るみたいに聞こえるのですが」
トビアスは首を捻る。
「ロイエンタールの次期当主候補が娘を嫁によこせと言って来てな」
ヴィルヘルムは苦々しく口にする。
その言葉にトビアスは顔色を変え、マルヤーナは自分がトビアスと婚約しているからアレクサンドラとの話かと理解する。
「ちょっと早すぎると思いますが」
マルヤーナは首を捻っているがトビアスは首をブンブンと横に振る。
「そういう話じゃない。まさかあの噂って本当なんですか?」
「ザムエル殿も調査を入れてるが、レヒトラントではロイエンタールに逆らえる人間はいないからな」
「どういう事?」
マルヤーナは首を傾げる。
トビアスはフレデリクとアレクサンドラを見て
「ここで話す話じゃないよ。」
とマルヤーナに首を横に振って話をする。
そしてトビアスはフレデリクを見る。
「フレデリク」
「なーに、トビアス様」
「もしも何かあったらアレクサンドラ様を守るんだよ」
「僕が?」
「男の子だからな」
「うん!男の子だよ!」
はいっと手をあげてフレデリクは胸を張る。
「リッちゃん、お食事終わったし行こー。ご本の続き」
「うん」
子供たちは去っていくのを見てトビアスは溜息を吐く。
子供たちが去ってからマルヤーナは首を傾げる。
「アレクサンドラ達に聞かせる話じゃないってどういう事?」
「僕はマルヤーナにも聞いて欲しくないだけど」
「自分だけ知ってて私に伏せるの?」
マルヤーナはトビアスに隠し事をされて頬を膨らませる。
「分かった分かった。俺が説明する」
ヴィルヘルムは大きく溜息を吐くのだった。
マルヤーナは父を見上げる。
「婚約を申し込んできたのはロイエンタール伯の弟だ」
「なるほど。弟?歳が離れて…」
「伯爵の弟は二つ下の38歳、過去に25度の結婚をしており、相手の年齢は10歳未満の貴族女性で。1年と持たず死亡している」
ゾワッと鳥肌を立たせてマルヤーナは腕を抱え込み青ざめる。
「へ、変態」
「街中で気に入った幼女をむりやり連れ込み宿に引き込んでも誰も文句が言えないと噂があってな。訴えた家族が翌日には、一家心中していた事があったらしい。衛兵はそう結論付けたそうだが、撲殺されたような死体が上がったとか。まあ、口封じだろうな」
「変態のロリコンで犯罪者じゃないですか」
「だが表に出ないんだ。レヒトラントにおいてロイエンタールは衛兵も官憲も全て汚職で繋がっていて表向きは栄えた都市だが、都市の支配者であるロイエタールには誰も逆らえない。都市の真っただ中で始めても、衛兵を呼んでも、誰も見て見ぬふりだ。街中で人を殺そうと誰もが黙るしかない。ザムエル殿はどうにかしようとしているが、ヴェルザーの法律上、レヒトラントは治外法権で手が出せないんだ。法律を変えようとしても、ヴェルザーは三領主の合意がないと変えられない。」
「そんな人間にアレクサンドラを…」
「冗談じゃない。あのような屑に娘などやるものか。何度も断ってるのに、もう1月も毎日のように使者が来てる。今日は本人がやって来ているから、きっぱり断って出禁にするつもりだ。直接言わんと分らんのだ、あのようなバカは。ウチの領地で何かやらかしたら即刻牢獄に押し込んでやる」
「でも何で?今更ですよね」
「今年の7月頃にヴェルザーの西方伯選定選挙があるからな。ルミヤルヴィの娘を娶ったという話で票数を伸ばしたいんだろ」
「これはさすがにアレクサンドラやフレデリク君には話せないわね」
「マルヤーナにも聞いて欲しく無かったんだけどね」
はあと溜息を吐き、11歳になったばかりの娘に注意をするヘンドリカだった。そして5歳児達にする話でさえなかった。
***
二人の護衛を連れてやって来たのはディーター・フォン・ロイエンタールだった。金髪碧眼のでっぷりとした腹回りを持つ男だった。連れている二人は筋肉質で巨大な肉体と大剣を背負った大男たちだった。片方には胸元に勲章が飾られてていた。
帝国十剣と呼ばれる帝国でも上位十名に入る剣士の称号を持つ証だった。
「良い事尽くめであろう?分かったのなら娘をよこせ。俺様が妻に貰ってやろうと言うのだ」
「お前のようなクソガキに渡さないと何度も断っているんだが、ロイエンタール家はどうやら人の言語を理解できないのか?」
ヴィルヘルムはバッサリと切り捨てるようにディーターを見る。
「何だと、貴様!俺は大貴族序列6位ヴェルザーの…」
「ヴェルザーになれないロイエンタール家だろう?それが何か?」
ヴィルヘルムは見下すようにディーターを見る。
「良いのか?この俺様を敵に回して」
「おや、貴殿はとっくにルミヤルヴィに喧嘩を売っていると思っていたのだが、まだこちらが買ってないとでも思っていたのか?」
ディーターはイライラした様子でヴィルヘルムに睨みつけると、ヴィルヘルムは呆れたようにディーターを見る。
「ラウズベッカー!メルダース!」
二人の護衛が剣を抜いて前に出る。ヴィルヘルムの近くにいた護衛が慌てて動こうとするが、ヴィルヘルムは手をあげて自身の護衛に待てを掛ける。
ヴィルヘルムは横に置いてある棒を手に取る。机に隠れて見えなかったが出てきたのはハンマーのように巨大な杖だった。
「ラウズベッカーか。兄貴が辞退してお零れで帝国十剣になった小僧か。果たして私に勝てるのかねぇ」
呆れた様子でヴィルヘルムは肩をポンポンと杖を叩きながら座ったまま3人を見据える。
「舐めてるのか。魔導師風情が……」
「俺を魔導師だと思ってる奴はルミヤルヴィには居ないぞ。何せ、魔法抜きで戦って俺に勝てるのはヴォルフ位だったからなぁ。フリッツが最近やっと一本取れたくらいか。果てさて、大陸三大英雄と謳われた雷華の賢者と言われる前、『殴り魔導師』と言われた俺に本気を出させられるか見物だな」
「舐め…がぼぉ」
剣を抜き打ちで切り殺そうと襲い掛かるが横なぐりに顔面を杖で叩かれて一撃で昏倒するラウズベッカー。しかもヴィルヘルムは座ったまま腰を椅子にもたれかけているのだ。
「あ、え?」
ディーターは信じられないものを見たかのように凍り付いていた。
帝国十剣にしてロイエンタールの懐刀と呼ばれる一族ラウズベッカーの剣士の剣より座ったままヴィルヘルムが杖というより大金槌を振るうヴィルヘルムの方が早いなど想像さえしてなかった。
ラウズベッカーは端正な顔立ちを歪め、殴られた事で歯が4本ほど折れて血まみれてうずくまっていた。
「ここはレヒトラントじゃない。助けてくれと叫んでも誰も助けないし、無法を行なえば牢獄行きだ。続けるか、小僧?」
ヴィルヘルムはロイエンタールを半眼で睨みながら訊ねる。
「く、くそう!覚えてろ!」
どすどすと逃げるロイエンタールに慌ててついていく二人の騎士達だった。
「誰が覚えるか。二度と来るな」
と呆れるようにぼやくヴィルヘルムだった。
「さすがはヴィルヘルム様ですな」
執事のシモンが頷きながら口にする。
「そもそも体術で俺に勝てた奴なんてヴォルフやラオウルクラスだけだぞ。アイツら、ちゃんと調べて来いっての。まさか帝国十剣如きが俺を脅せると本気で思っていたとはな」
魔法なしでも一流の戦士、それがヴィルヘルムの強さの本質だった。ヴィルヘルムレベルの魔導師だと杖を必要とせず、魔法の呪文も必要とせずに魔法が出来る。
では、何で杖を持っているのかと言えば、相手を魔導師だと油断させるためであり、強力な鈍器として使うためである。
「ヴィルヘルム様の殴り魔導師の異名は雷華の賢者の前にかすんでしまいましたからなぁ。ラオウルと殴り合いで友情を深めたって話も残ってませんし。実はかなりの武闘派だったなんて今の時代に知る人はいませんから」
「ヴォルフは一目で俺を強いと認識してたがな」
「あの方はそれこそ野生の勘とかありそうですからなぁ」
「だが、息子は父親の銀の瞳以外、あまり似てないな」
「確かにそうですね」
二人はちょっとした雑談をして溜息を吐く。面倒な連中がやって来て、帰ってくれたとホッとしていた。
だが、数分ほど話していると、廊下の方から悲鳴が上がる。
それにヴィルヘルムは何が起きたのかと執事のジモンを部屋の外に出して話を聞きに行かせる。
「大変です!領主様!先ほど来ていた客人がアレクサンドラお嬢様とフレデイクお嬢様の居る図書室に!」
「何だと!?」
顔色を思いきり変えて立ち上がるヴィルヘルムは、流石にフレデリクはお嬢様じゃないと言うツッコミを入れる余裕もなかった。




