第025話 回復魔法指導書
「小さくなっちゃって、本当に可愛らしかったわよ。グランツも見に来れば良かったのに」
「勘弁してくれ」
此処はレンリート王国王城、国王の執務室だ。
アイリスは美容魔法を受けに来た令嬢達に施術する為に登城していた。当然王妃であるエウレカも受けていたので聞いていたアイリスの状態を確認した所だ。
「本当、あの子が関わると想定外の事態が容易に起きるわ」
頭痛を抑える様にこめかみを指でトントンと付くシャルロッテ。難しい表情で頭を悩ます珍しい姿に何時もやり込められているグランツはニヤニヤとしてしまう。
「婚約はどうする? ビアンカはまだ良いとしても、シャルロッテは年齢的にもキツいだろ?」
男女逆ならあり得るが、王侯貴族には子供を産むと言う義務がある。シャルロッテの32歳と言う年齢は元々ギリギリだ。8歳になったアイリスでは子供を作れる頃には適齢期を完全に超えている。
「見た目や歳の差は気になるよなぁ?」ニヤニヤ
「……死にたいのなら手を貸すわよグランツ陛下? レンリート王国が成った今、貴方は用済みだものね?」
「何て事言うんだよッ!? その笑顔が怖えんだよ!」
にっこりと微笑むシャルロッテだが、当然その目の奥は全く笑っていなかった。
「婚約についてはシャルロッテの判断に任せるわ。それより国内の不穏分子の話しをしましょう」
貴族の粛清を終えたとは言え、それは戦争や王都王城での不正調査によるモノで地方貴族に関してはまだ不十分だ。それは地方を拠点にする神聖教会の神官達や商業ギルドの商人達にも言える事であった。
「貴族や神聖教会の神官達に関しては王都周辺と東部ブラン侯爵の派閥領地は順調に調査が進んでいる。北部も有力貴族が居ないから大した抵抗もなく調査は進んでいると聞いているな。……だが南部西部はまだまだこれからだ」
「あら、南部西部には間者を放っているんでしょシャルロッテ。他国に逃げない様に関所で調査拘束してるって言ってたわよね?」
「ええ、他派閥になるから情報が遅いけど効果は出ているわ」
シャルロッテから書類を受け取ってエウレカと見ると、財産を持って他国に逃れようとした貴族や神官商人達が次々と捕らえられ尋問を受けているらしい。
癒着で不正が起きない様に調査後確保された財産は派閥のトップに下げ渡す事になっているそうだ。
「おいおい、国の税金だろ?」
「どうせそれ以上の税収を得られるのだから問題無いわよ」
「あん? どう言う事だ?」
「精霊王国との健全な取り引きだけで黒字になるし、領主貴族達にも健全な領地運営を学ばせてる。彼等の散財を無くせば結果的に大きな利益になるわ。商業ギルドや神聖教会も締め出してるし経済面で健全化すれば尚更ね」
「そう上手く行くかねえ?」
「実際に多くの者達が捕らえられているわ。その内まとめて処罰すれば不正への牽制にもなるでしょうね」
「……厳罰に処せって事か」
ついでに言えば一番散財をしていたアデール王家が居なくなったのも大きかったりする。
「――そんな事よりアイリスちゃんはもう向こうには行かないのよね?」
グランツが難しい顔をして考え込んでいるとエウレカが口を挟んで来た。
「ふふっ、あの子の有用性は高いですからね。あの子の気持ち次第ですけど近い内に行かせたいと考えてますよ」
「余り酷使しても良くないんじゃないかしら? わざわざ連合国に連れて行かなくても充分国に貢献出来てるわよ?」
「寧ろ向こうの方が必要でしょうね。まともな回復魔法の使い手も巫女様も居ないのですから。育てるにも時間が掛かりますもの」
「ならこの国にいる回復魔法使いを行かせればアイリスちゃんは行かなくて済むと言う事ね?」
「それでアイリスちゃんの代わりが務まるのなら、ですね」
「そんなの無理に決まってるじゃない」
「エウレカよ。……お前は美容魔法を使わせたいだけだろ?」
「そうですよ。女性なら当たり前じゃないですか」
「あの子を美容の為に囲い込もうとして、逆に嫌われたらどうするのです?」
むくれる様にグランツを睨みつけるエウレカだが、シャルロッテに釘をさされるのだった。
「レンリート王国内は概ね順調の様ね」
「はい。商工ギルドとの交渉で精霊王国に売った鉱山からの採掘資源買い取りも了承されました」
グランツ達との話しを終えたシャルロッテは宰相の執務室で報告を受けていた。相手はアドン男爵領を治めていたルシオスだ。連合国に行く事が多いシャルロッテに代わりレンリート王国の宰相を務めていたのだ。
「ただ、採掘に関しては精霊王国側の管轄のままで、我々に入り込む余地はありませんでした」
「まあそうでしょうね。あの国が私達が知る様な採掘をしてるとは思えないもの」
「……我々に秘匿している希少な鉱物資源もあるかも知れません」
「それは仕方がないわよ。それで、指導者については目星は付いたかしら?」
「建築や鍛冶など、既に高い技術を持っている者達はやはり難しいですね。なので貧しい地で細々とやっていた者達を勧誘しました。王都で集中的に学ばせてから家族ごとレンリート領に送ります」
「それで良いわ。魔法関連はどうなっているかしら?」
「全ての領地の学院で魔法の授業を増やす様に命じてます。他にも全国に魔力量の多い子供達を学院に通わせる様に各領主に伝えてあります」
「魔法関連で、大会などを開いて領主にも褒美を与えれば領主も積極的になるかしらね」
「そうですね。……移動などの問題もあるので全て王都でと言うのは無理があるので工夫が必要ですが、優秀な子供達を見つけやすくなるでしょうしやるべきでしょう」
「――後の問題はレンリート領の回復魔法使いの教育ね。アイリスちゃんに出来るとは思えないし」
一応商工ギルドから一般的な回復魔法の指導書を購入してレンリート領で学ばせているが、その指導書はシャルロッテの求める基準には達していなかった。それは他の魔法も同様でリアースレイ精霊王国は魔法を広める事に関して消極的なのだ。
「回復魔法が使える者は優遇措置の為に高収入ですから、優秀な者程勧誘が難しいですね」
レンリート王国は回復魔法使いに対して神聖教会や商業ギルドに取られない様に様々な優遇措置を執っていた。既に両組織はレンリート王国内では弱体化して来ているが魔法関連に力を入れたいシャルロッテとしては継続するしかなかった。
「なので治癒院で得意な者達から指導法やコツ、注意点などを聞いて新たに『回復魔法指導書』としてまとめております。現在は新人の魔法使いを使って検証している所です」
「そう。それは良いわね。レンリート領に持って行かせるから貰えるかしら?」
「それは勿論。しかしまだ検証中で効果は不確定ですよ?」
「構わないわ。随時更新していけば良いでしょう」
「畏まりました。用意させましょう。しかし治癒院長によると今の回復魔法指導書はまだ未完成で、身に付ければ外傷にはそれなりに対応出来るそうですが、内傷や病には対応しきれないだろうとの事でした」
「それは仕方がないわ。精霊王国では魔法関連は多くの情報が秘匿されてるのだもの」
「継続して回復魔法指導書の完成度を高める様に指示しておきます」
「ええ、お願いするわ」
(いっその事、私も回復魔法を覚えようかしら。美容にも使えるし上手く行けば指導書の補完も出来るし)
「ところで、アイリス様との婚約は如何なされるのですか?」
「貴方もその話し? ……まあ継続するしかないわね。レンリート領の事もあるし、あの子との繋がりは太い方が良いもの」
「国政に大きく関わりますから聞かない訳にも行かないでしょう。しかし、シャルロッテ様はお嫌なのですか?」
「――嫌、と言うより、……恐れ多い、のかしらね」
「シャルロッテ様でもその様に思うのですか」
「何よ。私だって人並みの感情を持ち合わせているわよ」
「いえ、失礼致しました。シャルロッテ様にそう思わせてしまうアイリス様が恐ろしく感じたものでして」
「ふっ、そうね。ルシオスも無関係ではいられないでしょうからね」
シャルロッテからすればアイリスは精霊神や巫女に精霊樹、それにユニコーンやドラゴンなどと同様、神話の中の人だ。リリィ達の影響で聖素に染められ口下手な所も無駄に神秘的な雰囲気を出している。
それを婚約者として利用する事に恐れ多いと感じてしまうのも無理ない事だろう。
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