第020話 治療とアデール王国の元貴族達、後編
領都南門の兵舎に重症者の俺達は押し込められている。
俺は内臓がヤラれていてもう長くないと感じていた。他の重症者も死が迫っている奴等だ。回復魔法も受けているが苦しみが長引いているだけで快方に向かう事はない。
いよいよとなったら介錯を頼むが家族や仲間を思うと決断が出来ないでいる。
そんな状態に鬱屈とした気持ちを抱えていると、領主屋敷から文官が来て重症者の治療をする者がやって来ると言う。
また苦しみが続くのか。多少でも生き長らえる事への感謝もあるがそう思うと顔をしかめてしまう。
――そして重症者が押し込められているこの部屋に入って来た2人。1人は銀髪碧眼で色白な肌をした爆乳長身の美女で、誰もが目を奪われる程の美人だ。
そして美女に連れられた子供。その子供も普通ではない。
美女の影から此方を覗く姿は臆病な子供そのモノだが、光り輝く白い肌に桃色の大きな瞳と長い艷やかな髪を持ち、美女に負けず劣らずの美しい幼女だ。
だがやる事は俺達重症者の治療だ。こんな何の苦労も知らなそうな子供を寄越して何を馬鹿な、とは思っているが高貴な身なりをしているので口に出さずにいる。
死が迫っているとは言え、わざわざ更に寿命を縮めたくない。
些末なベッドで痛みに堪えているとその幼女が近付いて手をかざして来る。
効果なんてある筈無いが、笑顔で良くなりましたとお礼を言わなければならないだろう。迫る死の回避も出来ないのにお礼を言わされる事には抵抗があるが、権力者の機嫌を損ねて家族や仲間にまで被害が及ぶ様な事はしたくない。
――それにしても綺麗な子供だ。何処か神聖な、幻想的な気配を纏っているかの様にすら感じてしまう。
「…………馬鹿な」ボソリ
そう、何の期待もせずにいたのだが徐々に痛みが和らいで体に熱が入り、血が通い出したのを感じた。今までも回復魔法使いの治療を受けて来たが、此処まで効果のある治療は受けた事がない。
……それをこんな子供が。――俺は、生きていられるのか?
呆然としている間に俺の治療を終えて他の重症者の治療に向かってしまった。お礼も言えてない。
「痛くない。……ははっ、……もう、痛くないんだ。俺は、もう、……死なないんだ」
俺以外の奴等は俺の治療を見ていたから治療を受けると口々にお礼を言っている。俺もそれに乗っかりお礼と賛辞を送る事にした。
こんな神の御業を受ける事が出来たなんて……。ああ、正に神様の祝福を受けたかの様だ。
此処に居る重症者は5人。大きな欠損のある2人は一度に治療するには血が足りないらしく、日をおいて治療をして徐々に再生して行く事になるそうだ。
だが俺含め他3人は完治、欠損のある奴も痛みは無くなったらしい。
そして治療を終えると静かに部屋を出て行った。暫くすると隣りの部屋からざわめきが聞こえてくる。中等症の奴等の治療を始めた様だ。
「魔力切れ、しないんだな」
部屋に取り残された俺達はポツリと呟く。
「……いや、そんな問題か?」
使われた魔力量だけでも何人、何十人分の魔法使いの魔力か分からない。――けどそんなモンより回復魔法そのものの方が問題だろう。
「とんでもない技量だ」
「ああ、……女神様かと、思った」
此処に居る皆んながそう思っただろうよ。周りを見ると涙を流している奴等も居る。……皆死が迫っているのを分かっていたんだから無理もない。俺の頬からも涙が流れてる。
「アレが、新たな領主のお姫様って事か?」
「あれだけの能力を持っているお方だ。本国も手放さないだろう。王族以外は永住しないと連合国には来れない筈だから、王族のお姫様なんだろうな」
「本国でも重宝されているだろうに、王族の姫様が俺等なんかの治療に来て下さるなんてな」
「……あれが、俺達の新しい領主一族か……」
アデール領からレンリート領に変わったのは聞いていた。飛空艇が来なくなって暗い雰囲気が漂う中での明るい話しだったからな。俺達にまで直ぐに広まったのだ。
「新しい領主が大勢のアデール貴族を処刑した事で、少なからず恐れを抱く者達も出たと聞くな」
「まあ判決事態は妥当なものだったらしいがな」
アデール貴族が横暴なのは誰もが知っている事だ。飛空艇の物資輸送の事もあって反抗出来なかったが、庶民なら何回処刑されても仕方ない様な連中が権力を握っていたのだ。
「けどそれも、領主一族の幼い姫様が、奇跡の御業で庶民の重症者達を無償で救ったとなると、……吹き飛ぶだろうな」
「ああ、正に、……奇跡の御業だったからなぁ」
「「「「「…………」」」」」
俺達自身、この感動を皆に広めたい気持ちでいっぱいだ。
新領主には期待と不安があるが、庶民の俺達なんかにあの姫様を派遣してくれた事は事実だ。そこには感謝するしかないだろう。
「……まあ、取り敢えず俺ぁおっ母の所に帰るぜ」
「おっ、俺も嫁さんの所に行かねえと!」
ガタリと椅子を立ち、完治した2人がバタバタと部屋を出て行く。俺も家族の所に帰るかね。
「お前、これからどうする気だ? もう良い歳だろう」
「ん〜、……鍛え直して原隊復帰かな」
あの姫様の為なら領民を守る兵士に戻るのも良いと思えてしまった。命の恩人だしな。
「――出世した後輩に嫌がられそうだな」
余計なお世話だ。
「ベルガー。やっちまったな」
「……私のやり方が間違っていたとでも」
屋敷の一室、ベルガーが睨みつけるのはヤクスタと言う文官でベルガーと同じく元アデール王国貴族の傍系だ。
アデール王国の貴族家の中で立場の低い者がレンリート領に送られてくるのだが、此処では貴族として扱われていた。
「考え事態は悪くないと思うぜ。けどシャルロッテ様に読み切られた上、あんな光景見せられてはな」
ドンッ!「あんなモノ予見出来るか!?」
お手上げポーズを取るヤクスタに机を叩いて怒りを顕にするベルガー。
腕の良い回復魔法使いは長らく貴族が独占していた。だがレンリート領に代わり庶民に解放され、兵士の治療に率先して使われる様になった。
しかしそんな回復魔法使いも当然ながらアイリス程の実力は無い。元貴族のベルガー達でさえアイリスの能力に驚愕していたのだ。
まともな回復魔法に掛かる事が無かった庶民からすればアイリスの回復魔法は正に神の奇跡の如く見えたのだ。騒がれるのも当然だろう。現在領都では精霊の御使い様が来たと大騒ぎになっている。
「まさに精霊の巫女姫様ね」
「何だそれは?」
「精霊の巫女様並みの力があるお方なのでしょう? それも連合国に来られるって事は多分王族でしょうし、それならお姫様って事じゃない」
そう言うのは侍女をしているティーリスだ。年齢は19歳とまだ若く、柔軟な考えで庶民の侍女長などに取り入って卒無く仕事を熟していた。
「大人しくしていてよ? 私達はまだ恵まれてる方じゃない。下手な事して連座で処罰なんてなったらどうするのよ」
「……私はまだ、ホライズ男爵家の名を捨ててない」
「そりゃ結構。けどお前元々執事やってただろう? それ以上をどう望むってんだよ」
「扱いが全然違うだろ!」
アデール領時代は使用人が何人も付いていたし贅沢も出来た。今は全て自分で熟さなければならず、ベルガーにとって当たり前の贅沢も出来ないのだ。貴族の矜持が傷付けられたと思うのも無理は無いと此処に居る者達は理解している。
だが母国アデール王国は滅びレンリート王国となったのだ。受け入れ難い感情があっても生きる為には胸に秘めておかなければならないのだ。
「それにしても、庶民にあんな回復魔法を使うとはな。点数稼ぎにしてもやり過ぎじゃないか?」
「その庶民を俺達の上役にしてるんだから今更でしょ。それより私達こそ点数稼ぎはしておいた方が良いんじゃない? あの方の回復魔法を私達が受けられるか分からないんだし」
「馬鹿な、……俺達は、元とは言え貴族だぞ?」
「今は奴隷じゃない。餌をやる必要もないね」
「「「……」」」
元アデール貴族達は奴隷となる事で要職に就く事を許されていた。此処に居る者達は庶民に落ちるよりはマシとその決断をしていたのだ。
巫女並みの能力を持つアイリスの治療を受けられるかどうか、それは医療の拙い領地では死活問題だ。
ティーリスの言葉に何も言えなくなるベルガー達。
「……レンリート王国って事はフォシュレーグ王国の姉妹国って事だろ? 合わせりゃ周辺国じゃ頭一つ抜けた大きさだ。カントラス王国とも友好関係にあるって言うし周到に計画されてたんだろうな」
ヤクスタの言葉に今更になってレンリート王国の恐ろしさを感じるベルガー。
元アデール貴族とは言えシャルロッテが屋敷で雇う判断をしただけあって客観的な考えも出来ている。ベルガーとて能力を見せて待遇をより良くしたいと考えているだけでレンリート王国に反抗しようと言う訳ではない。
「今の立場くらい分かっているさ。私も、屋敷で雇われている事事態が望外な事である事はな」
そう言ってベルガーはそっと隷属の首輪に手を添えていた。
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