4.勇者なのに魔王に守ってもらっています(前編)
瓦礫の上に降り立った人型らしき魔物は、両手を使ってゆっくりとフードを脱いだ。
短い赤銅色の髪を横でわけた青い目の精悍な顔には、どこか人をこばかにしたような表情が浮かんでいた。
マントの下に見える筋肉質な薄紫色の身体には、膝丈の黒光りするパンツのみが身に着けられていた。パンツのベルトのバックルには、禍々しい緋色の宝玉。腰には剣の鞘。
魔物の素肌を、大きな魔法陣の一部のような曲線と文字らしきものが、白い光を放ちながら不気味に這い回っていた。
魔物は一気に距離を詰め、ヴァランタンの前まで移動した。
ヴァランタンは自分の長剣で、魔族の剣を受け止めると、剣ごと押し返した。
「魔王デジレか……!」
ヴァランタンが長剣をかまえ直した。長剣の刀身が、炎を映して禍々しく輝いた。
ヴァランタンの身体を、紫色の炎のようなものが覆った。
「あぁ、なんと弱そうな勇者……!」
魔王デジレと呼ばれた魔物はくつくつと笑いながら、ヴァランタンからわたくしへと視線を移した。
「なんと情けない魔王なのだ、ヴァランタン。このような勇者を殺して、勇者殺しの大魔王とならんとしていたか」
「魔王デジレよ、私は大魔王になることなど興味はない」
「姑息な手を使って勇者を呼び寄せておいて、『私は大魔王になることなど興味はない』ときた!」
デジレは声を上げて笑った。
「あまり私を怒らせるな。立ち去れ」
ヴァランタンは冷たく言い放った。
「人に媚びて生き延びている最弱の魔王が、勇者まで手懐けたか。さあ、その勇者に余を殺させてみよ! このように弱い勇者に、余が倒せると思うのならば」
「己を余などと、すでに大魔王気取りか。勇者を倒す前に、この私を倒してみるが良い。本気で最弱だと思っているならばな」
ヴァランタンの長剣が、紫色の炎をまとった。
デジレは大きく後ろに飛び、ヴァランタンから距離をとった。
「人がそんなにかわいいか? 悪趣味は変わっておらんな。同じ魔族から『人の番犬』と罵られつつ、人など愛でて楽しいか? 死体にして操る魔王アデマールや、死肉を喰らい骸骨を操る魔王エーヴならば理解もできるが。貴様のことだけは、さっぱりわからん」
やっぱりヴァランタンは人間寄りの魔王だったんだ。
わたくしが嫁がされそうになったのが、ヴァランタンだったのは本当に運が良かったわ。
「ヴァランタン様、そいつはどういう魔王なのですか?」
わたくしはヴァランタンの背中に訊ねた。
「デジレか……。魂を喰らった抜け殻を使い、人の心をもてあそぶ魔王だ」
「そんな感じのような気がしていましたわ!」
わたくしは近くに落ちていた木の棍棒を拾ってかまえた。
王様はもうデジレに魂を喰われて抜け殻にされていて、『愛の聖女』クリスティーヌを利用するために使われていたんだ……。
この世にはやって良いことと悪いことがあるということを、勇者であるこのわたくしが教えてあげるわ!
「シャンタル嬢、そんな木の棒などかまえて、なにをしようというのだ!?」
ヴァランタンがわたくしをふり返り、目を剥いていた。
「わたくしはこれでも勇者です。仲間が戦っているというのに、なにもしないで立っているだけというわけにはまいりません!」
わたくしが言い終わるのと同時に、感動を誘うファンファーレのような音があたりに鳴り響いた。
わたくしも、ヴァランタンも、デジレも、一斉にあたりを見まわした。
「なっ、なんの音だっ!?」
デジレが数歩、後退した。




