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靴の勇者令嬢~ハズレスキル『靴』を持つ侯爵令嬢は、勇者として魔王に嫁ぎ、最強の旦那様と共に真の悪を倒します~  作者: 赤林檎


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25.勇者は魔神を逃がさない(後編)

 わたくしは『知っている靴』から、童話に出てくる靴を選んだ。

 ヴァランタンが変身するわたくしに向かって、突っ込んできた。


「ウグフエェ――ッ!」

 ヴァランタン、なんていう声を出すのよ。

 自分が戦えとか言ってきたから、スキルを使ったんじゃない。


 ヴァランタンはもんどりうって床に倒れこんだ。


「ウグッ、グフーッ!」

 なにか言いたいことがあるのかもしれないけれど、唸り声ではまったくわかりませんわね。

 苦情は人間の言葉で言っていただきたいわ。


 ヴァランタンは大きな身体をくねらせながら、床を這って部屋の隅まで逃れて行った。


 これはやっぱり『靴』のスキルこそ最強ってことかしら?


 ヴァランタンが第三形態から第二形態を経て、第一形態に戻った。

「シャンタル嬢……! ガラスの靴とはどういうつもりだ!」

 ヴァランタンが慎重にわたくしに近づいてきた。

 わたくしは自分の気持ちを説明するべく、人間の姿に戻った。


「ヴァランタン様は魔神の本能で、勇者を倒さないと気が治まらないのかと思って……。これまでヴァランタン様にはずっと良くしていただいてきました。今こそ、そのご恩をお返しできる時。わたくしはヴァランタン様がなるべく簡単に勇者を倒せるよう、ガラスの靴となったのです」


 わたくしの説明を聞いたヴァランタンは、ひどく疲れた様子でその場に膝をついた。大きなため息をつき、軽く首をふってから、眉間を押さえた。


「私はあなたが勇者として、ラスボスを倒さねばならないだろうと思い、こうして戦いを挑んだというのに……」

「わたくしがヴァランタン様を倒すなど、絶対にありえません」


 たとえヴァランタンの姿が異形の化け物みたいになっていても、ヴァランタンはヴァランタンよ。

 わたくしはヴァランタンの三つある頭のうち、ケルベロスの頭に抱きついた。

 かわいいケルベロスの顔が、困ったように傾げられた。


「かわいいでしゅね、かわいすぎましゅね!」

 ケルベロスがわたくしの口を舐めてくれた。

 わんちゃんがお口を舐めてくれるのは、愛と信頼の証。


 ――突然、あたりが白い光に包まれた。


 わたくしはケルベロスの頭を抱いて守りながら、固く目を閉じていた。

 光が消えると同時に、抱えていたケルベロスの頭がなくなった。

 わたくしが慌てて目を開けると、そこには元の人間にも見える魔族の姿に戻ったヴァランタンがいた。


「ヴァランタン様……? 元に戻られたのですね。今のはいったい?」

 ヴァランタンは自分の両手や身体を見た。信じられないと言うように、あちらこちらに触れて、元に戻っていることを確かめた。


「戻れた……。戻れたのか……」

 ヴァランタンは両手を拳にして、両目に当てた。しばらくその姿で固まっていたヴァランタンは、きっと泣いていたに違いない。


 わたくしは気づかないふりをして、ヴァランタンを抱きしめた。

 人の好きな、わたくしのやさしいヴァランタン。

 わたくしはヴァランタンの黒髪に口づけを落とした。


「シャンタル嬢が……戻してくれたのか……」

「わたくしにそんなことができるのでしょうか……?」

 わたくしは自分が王女の称号を持っていたことを思い出した。


 転生前の世界では、王子様やお姫様は、童話やおとぎ話の中でだったけど、キスで魔法や呪いを解くことができたじゃない。

 わたくしはこの世界のお姫様で、ヴァランタンにとって魔神の姿は呪いに等しかった。

 まさかここで、これまでずっと空気……、いえ、沈黙を守っていたあの護国王女の称号が、これほどの活躍を見せるとは思わなかったわ!


 ヴァランタンは立ち上がって、わたくしから距離をとると、ケルベロスの姿になった。

 ケルベロスに駆け寄ろうとするわたくしの目の前で、ヴァランタンはまた魔神の第一形態になった。


「なぜ!?」

 わたくしが叫ぶと同時に、第二形態、第三形態に変身し、また逆の順番で、人に見える魔族の姿に戻った。


「いくら元の姿に戻ろうとしても戻れなかったのに、今度は第五形態まで変化できるようになってしまった……」

 ヴァランタンがひどく困惑して言い、わたくしは笑い出した。


 第五形態くらいなんだというのかしら。わたくしは転生前に、第七形態まである魔族の王を知っていた。

 第七形態までいった魔族の王にだって、宝石の涙を流すエルフの恋人がいたのよ。

 第五形態なんて、少ない少ない、まだまだいける!


「ヴァランタン様は『最強の魔神』ですもの、第五形態まであったって不思議ではありませんわ!」

「まあ……、そういうことにしておこうか」

 ヴァランタンはわたくしをそっと抱きしめた。


 わたくしはヴァランタンの顔を両手で引き寄せて、唇に触れるだけの口づけをした。

 さっきはケルベロスに舐められただけだったから、きちんとお姫様のキスを贈っておきたかったのだ。

 もうヴァランタンが、魔神の姿から戻れなくなって苦しむことのないように--。

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