25.勇者は魔神を逃がさない(前編)
わたくしはステータス画面を操作して、『知っている靴』を選択し、転生前に何度も使ったことのある靴を選択した。
とある高名な勇者の仲間が、魔物に囚われた子供を助けるために使った靴だ。
わたくしが知る限りでは、その戦士こそ、そのゲームシリーズで初めて魔物と共に旅をした男だった。
わたくしはモルモット的なかわいいネズミさんに翼の生えたデザインの、とてもかわいい『空飛ぶシューズ』に変身した。
辺境伯たちの見守る前で、わたくしはすごい勢いで青い空へと昇っていった。
この『空飛ぶシューズ』はこのネズミさんの帰巣本能によって、子供たちの囚われている塔の最上階まで飛んでいく仕様となっていた。
わたくしのヴァランタンの元に戻りたいという帰巣本能は、このもふもふのシューズになっているネズミさんに負けませんわよ!
わたくしは空に浮かんでいる魔神城めがけて、まっすぐに飛んで行った。
魔神城のまわりには、城を守るように、翼を持った魔物たちがたくさん飛んでいた。
翼の生えた猿や、コウモリの翼の生えた彫刻みたいな魔物、いろいろな色のガルーダなどが、『空飛ぶシューズ』に向かって集まってきた。
翼の生えた猿が、なにかの魔法を使うための詠唱を始めた。
ヴァランタンやフェルディナンやデジレは詠唱なんてほとんどしていなかったけれど、それは彼らが魔王まで上り詰めた高位の魔物だったからだろう。
一羽のガルーダが、空飛ぶ魔物たちの前に躍り出て、高い声で鳴いた。
翼の生えた猿が詠唱をやめ、他の魔物たちが、わたくしが通れるように退いてくれた。
わたくしは攻撃されることなく、魔神城のバルコニーに到着した。
ガルーダが飛んできて、人間の姿に戻ったわたくしに、頭を押しつけてきた。初めてここを訪れた時、いっぱいもふもふさせてくれた、あのガルーダだった。
「ヴァランタンが心配でしゅか? 心配でしゅね? ありがとでしゅね。かわいい、かわいいでしゅね」
わたくしはガルーダで、もふもふ切れもしっかり補充させてもらい、元気をもらって、この魔神城の玉座の間を目指した。
以前のヴァランタンは基本、玉座になんて座っていなかった。
わたくしはこの城を案内された時、ヴァランタンから「ここが玉座の間だが、まず私はいない。自室を訪ねてほしい」と伝えられていた。
今、ヴァランタンは、魔神にランクアップし、ラスボスとなっている。
勇者を待ち構えている以上、ヴァランタンのいる場所は、玉座の間であるはずだった。
違ったところで、ヴァランタンのお部屋に向かえばいいだけだしね。うんうん、問題ない。
わたくしはヴァランタンの城の最深部にある玉座の間の、石に魔法陣のような模様のついた大きな扉を開けた。
闇に包まれた広い部屋の床には、蝋燭が並べられていて、扉の前から玉座の前まで、順番に火が灯っていった。
ヴァランタンは元の頭の横にケルベロスの頭とドラゴンの頭のある、第一形態の姿で玉座に座って、偉そうに足を開き、ひどくダルそうに右のひじ掛けにもたれていた。
「ヴァランタン、調子悪いの? 大丈夫?」
わたくしが近づいていくと、ヴァランタンは元の顔に険しい表情を浮かべて席を立ち、虚空から長剣を出して構えた。
わたくしは自分の姿を見下ろした。『勇者の鎧』を着たまま来てしまった。
「あー、失敗した! 着替えてくればよかったですわね! ごめんなさい!」
相手のお宅を訪ねるのにも、ふさわしい服装というものがあるわ。
勇者が『勇者の鎧』を着て、剣と盾を装備して、ラスボスのおうちを訪ねたら、それは迎撃体勢に入られても仕方ないわ!
うん、これはわたくしが悪かった。
元は侯爵令嬢なのだし、ドレスに着替えてから来たらよかったわ。どうせ飛ぶ時は靴なのだから、ドレスだって問題なかったよね。
一応、仲違い中みたいな感じなんだし、お土産のお菓子かなにかだって持ってきたら良かった。
「お土産も忘れちゃった……」
ナタリーとルイーズに言ったら、なにかしら探してきてくれたと思う。
この城のわたくしの部屋にドレスがあったはずだわ。
……あれ? もしかして、わたくし、自分のおうちに帰ってきただけ!?
いきなり城が空に飛んで行っちゃったから、ちょっと混乱しちゃったけど、わたくし、ここに住んでたじゃん!
--ここ、自宅だった!
「あら、いけない! わたくし、ちょっと自室で着替えてきますわね」
わたくしはヴァランタンに笑いかけると、玉座の間から自然に退出しようとした。
ヴァランタンの姿が消えたと思った、次の瞬間、ヴァランタンはわたくしの首筋に長剣を突きつけていた。
「もう一人の勇者はどうした?」
ヴァランタンの三つある顔から、同時に問いかけの言葉が出てきた。
「サンソン? サンソンならクリスティーヌを連れて、ラストラトの洞窟に行ったわ。ほら、クリスティーヌって『闇落ち聖女ちゃん』じゃない? ドラスの町にいたら、なにをするかわからないでしょう?」
わたくしはなるべく長剣を意識しないようにしながら説明した。
ヴァランタンがわたくしを傷つけるはずがないもの。
ヴァランタンはわたくしの肩を押し、後ろに飛び退った。
「戦え、靴の勇者よ!」
ヴァランタンは長剣を構えた。
わたくしたちを照らしている蝋燭の炎が揺らめいた。
「なんで? なんで、わたくしとヴァランタンが戦うの?」
わたくしにはヴァランタンと戦う理由なんて一つもなかった。
魔神にランクアップして、ラスボス化したから?
そんなの理由にならない。
ヴァランタンは悪いことなんてしていないし、むしろ良いことしかしてないし。
ヴァランタンは全身に力を込めた。紫色の炎がヴァランタンを包み、ヴァランタンは第二形態であるヤマタノオロチ的な、頭が八つある蛇っぽい和風なドラゴンに変身した。
「えっ、ここも崩れるの!? そんなに城って崩れるもの!?」
わたくしは慌てて天井を見上げた。黒い。闇しか見えない。特に瓦礫が降ってくることもなかった。
ヴァランタンが八つある頭の一つから、地獄の業火っぽい紫色の炎を吐きかけてきた。わたくしの前の絨毯に、黒い焦げ跡ができた。
「戦え、勇者よ……」
地を這うような声が、わたくしに命じてきた。
うん、まあ、戦いたいんだろうな、というのは感じてたわ。
わたくしが剣も抜かず、戦闘用のコマンド画面も出さないでいると、ヴァランタンは苛立ったような「フシューッ!」という声を漏らした。
そんな魔物っぽい声を出されたって、ヴァランタンと戦う気持ちになるわけないじゃん。
ヴァランタンはまた全身に力を入れた。身体が紫色の炎に包まれ、膨張していく。八つある頭は西洋風に変化し、胴体がワニっぽくなり、背中にコウモリっぽい翼が生えてきた。
「そんなに……、そんなに戦いたいの……?」
ヴァランタンは第三形態になるほどに、勇者との戦いを望んでいる。
わたくしは自分が勇者であることが、ひどく悲しかった。
わたくしはずっとヴァランタンに守ってもらってきた。
わたくしにはヴァランタンを傷つけるなんてできない。
「それが……、魔神の……、ラスボスの本能なの……?」
ヴァランタンは勇者と戦えないと苦しいのかな?
わたくしがここに来た時から、ヴァランタンは『勇者を迎え撃つラスボス』というより、『とにかくダルそう』だったもん。
こう、禁断症状的な? なにか、そんな感じだった?
「わかった、わかったよ……、ヴァランタン」
わたくしは戦闘用のコマンド画面を操作して、『知っている靴』を選択した。わたくしのコマンド画面には、選択することのできる、わたくしの『知っている靴』が並べられていた。
「お別れだね、ヴァランタン」
わたくしの頬を涙が一筋滑り落ちた。
わたくしったら、だめね。
わたくしは涙を拭ってほほ笑んだ。
「魔神ヴァランタン、これが靴の勇者の戦い方だ! 見よ!」
ヴァランタンが咆哮し、戦う意気込みを見せるように、ワニのような尾で床を叩いた。




