19.大魔王は魔王からの嫉妬と羨望に慄いています(後編)
「ここはドラスの町だ。気をつけろ、魔王城が近いぞ!」
「そんな……、ドラスの町なわけないわ!」
わたくしはニコルに言い返してしまった。
ニコルは返事をもらって満足したのか、わたくしの勢いに気圧されたのか、わたくしたちから離れていった。
「わざわざ『愛』のスキルを持つ『聖女』を確保して、なにをしようとしているのかと思ったら、このような幻覚を見せてくるとはな」
ヴァランタンが呆れたように言った。
考えてみれば、デジレも魔王なので、浄化や魔族の弱体化の結界を張ると、デジレ自身も浄化や弱体化されてしまう危険があった。
わたくしとヴァランタンの侵入を阻む結界を張るという手段もあっただろう。だが、大魔王が本気を出して挑んでも阻めるほどの結界を張るには、それなりの力量が必要だ。
クリスティーヌの聖女としてのレベルを、大魔王に対抗できるほどに上げることはかなり困難であるはずだった。
人の心をもてあそぶ魔王であれば、ヴァランタンやわたくしにとって大事な場所、大事な人の幻覚を出して阻むという発想になるのもわかる。
「ヴァランタン、ニコルから様子が変だと聞いた。どうしたのだ?」
辺境伯がやって来た。辺境伯の後ろには、ガストンとバティストとクロード。
エドガーがいないのは、ダミアンを抱えている感じにできる男がいなかったのだろう。
「ヴァランタン様、お帰りになったのですか!」
「おかえりなさいませ、大魔王様!」
ナタリーとルイーズまでやって来た。二人はなぜか、左右からヴァランタンの両腕に抱きつき、胸を押しつけていた。
おそらく、娼館の客引きの女たちあたりを、ナタリーとルイーズに見えるようにさせているのだろう。
「ナタリー、ルイーズ、幼子の頃のように甘えてきてどうしたのだ? 犬の姿になってほしいのか?」
「ええ、そうに決まっていますわ! 二人ともケルベロスを望んでいましてよ! さあ、早く、ケルベロス、カモーン! いい子ちゃんでしゅねー!」
わたくしが満面の笑みで二人の気持ちを代弁すると、ヴァランタンは二人を腕から引き離した。
わたくしは変身してくれるのを待ったが、ヴァランタンは厳しい顔をして町を見まわした。
たしかに今はそれどころではなかったわ……。
「まさかとは思うのだが……。デジレはここをドラスの町にしたかったのか?」
「え……?」
「自分が私となって、町の住民たちと楽しく過ごしたかったのか? あいつは私に憧れていたというのか? 私に成り代わりたいと? そんなにも羨まれていたのだろうか?」
ヴァランタンはかなり引いた様子で自問していた。
ヴァランタンは『最強』のスキルを持っている魔王で倒せないから、ここに偽りのドラスの町を作った、みたいな……?
まあ……、うん……、そう見えなくも……ないかな……。
「この結界は時空を歪めていて、本当にドラスの町に繋がっていたということはありませんか?」
すごろくで言うところの、振り出しに戻る、というやつだ。
わたくしはここが本当のドラスの町なのか、偽りのドラスの町なのかを見極められたらと思いながら、再びあたりを見まわした。
「おい、てめぇら!」
呼びかけられて、わたくしとヴァランタンは向き直った。
「なにやってんだよ! 俺がいねーと、どうしようもねーじゃん」
馬車の御者台に座ったサンソンが、マジックメイルとマジックシールドを装備し、腰に轟雷の剣を下げた完全武装で近づいてきていた。この装備は、ポールとエドガーがサンソンに贈ったものだった。
サンソンは、咲き終わりで開ききったオレンジ色のチューリップのような花を頭上に咲かせながら、馬車を操っていた。
「その花はなんですか?」
「これ? 正気花」
サンソンはすごく得意げにニヤニヤ笑った。
正気花の香りが漂ってきた。どこかメントールのような清涼な香りだった。わたくしは、頭がはっきりしてくるような感覚を覚えた。
まるで霧が晴れるように、ドラスの町の幻影が揺らぎ、王都の石畳と街並みが現れた。近くにいたはずの辺境伯たちも消えていた。
「てめぇらが、『ドラスの町だ』、『ドラスの町だ』って騒いでるのが聞こえたから、こうして装備を整えて助けに来てやったんだぜ?」
サンソンは馬車と共に、結界の外で待っていてもらったはずだ。わたくしたちは防壁のトンネルを抜けて、この町の中まで来ていた。サンソンに聞こえるほどの大声で叫んだりもしていなかった。
聞こえるはずのない声を聞いて来てくれたサンソンも、『勇者』の専用スキルを持っている。もしかしたらサンソンは、仲間の危機に駆け付けられるスキルを持っているのかもしれない。
「わあ、ありがとうございます! さすが、花の勇者様! すごいスキルをお持ちですね! 追放した元仲間は見る目がなかったですね!」
わたくしはサンソンの機嫌を損ねないよう、必死で褒め称えた。
サンソンは怒り出すと、ドラスの町では弱い魔物を蹴ろうとしたりなど、かなり危険だった。最終決戦の前に荒れるサンソンを宥めることになんて、力を注ぎたくなかった。
「だろ? あいつら、後悔したってもう遅いぜ! 謝って来たって許さねえよ! 魔物まみれの洞窟に俺を残して離脱していきやがって! 死ぬところだったわ!」
「一人で生き抜いて、洞窟を出てくるなんて、さすがです!」
サンソンはなんとなく気持ちの悪い男だけれど、彼の怒る気持ちはとてもよくわかるわ……。わたくしだって、クリスティーヌが謝って来たって、許す気になれませんもの!
「おい、てめぇら! 俺はてめぇらと一緒に悪い魔王を倒すぞ! 俺たちはもう仲間だ! 女勇者ちゃんも、俺に頼ってくれていいぜ?」
ヴァランタンがさりげなくわたくしの肩を抱いて、サンソンから遠ざけてくれた。
わたくしはヴァランタンの横で「ありがとうございます!」とお礼を言っておいた。
わたくしにはシャンタルという名前があるのに、サンソンは絶対に『女勇者ちゃん』としか呼んでこない。そういうところが、なんとなく生理的に受け付けないのよね……。
感動を誘うファンファーレのような音があたりに鳴り響いた。
わたくしたちの前に、緑色の半透明のステータス画面が開いてきた。
わたくしとヴァランタンのステータス画面には、『花の勇者サンソンが仲間に加わりました』という一文が表示された。
サンソンのステータス画面には、『靴の勇者シャンタルが仲間に加わりました』に続いて『大魔王ヴァランタンが仲間に加わりました』が表示された。
「これで、本当に……、俺ら、仲間だな」
サンソンが真っ赤な顔をして、切れ切れに言った。
「そうだな、よろしく頼む」
「よろしくお願いいたします」
こうして勇者と大魔王のパーティーに、勇者がもう一人加わった。
わたくしたちはサンソンが操る馬車で王宮まで行き、城門を突破して堀にかかる橋を渡り、王宮内へと侵入した。
わたくしは王宮内でも兵士らと戦うことを覚悟していたが、王宮内にはなぜか人の姿がなかった。奇妙なほどに静まり返った王宮は、いかにも最後の敵の住処という不気味な雰囲気だった。
わたくしたちは迷うことなく、玉座の間までたどり着いた。
ヴァランタンは、指先で虚空に作った黒い渦から兜を出した。漆黒の兜が、禍々しいほどに美しいヴァランタンの顔を覆い隠した。
ヴァランタンは玉座の間の扉をゆっくりと開いていった。
わたくしとサンソンは、ヴァランタンの後ろで身構えた。
この先に、デジレがいるはずだった。




