14.靴の勇者はついに旅立つ(後編)
大理石のようなツヤのある石でできた部屋だった。この部屋の外にある洞窟は、素朴な土でできていた。部屋の入り口にあった石の扉は、どこか別なところにあるこの部屋へと、空間を歪めて繋げられていたようだ。
魔王エーヴは戦いの場としてこの部屋を選んだのだろう。天井はとても高く、まるで闘技場のように広々としていた。
「エーヴは戦うつもりでいるようだ」
「そうですわね」
わたくしは小さくうなずいた。
エーヴは部屋の一番奥に置かれている、玉座のような椅子に座っていた。
わたくしたちの姿を見たエーヴは立ち上がり、黒いフード付きマントの下にある牛と思しき骨の顔をカタカタと鳴らした。
「待っておったぞ、勇者パーティー! よく来た! よく来た! 歓迎しようぞ!」
魔王エーヴは人のものに見える骨だけの手で腹を抱えて、甲高い女の声で笑い出した。身体を二つに折り曲げて、さらに激しく笑い続けた。
「なぜ笑う!」
「そんなの決まっておるわ! お前たちが『冒険』などに出て、ドラスの町を離れたからさ! 魔王デジレは天才だねぇ! 本当に最強の大魔王と靴の勇者が、この白骨の魔王エーヴ様を訪ねて来た! こんなに笑えることはないよ!」
ヴァランタンは背負っていた長剣を引き抜くと、構えることなく、引き抜いた勢いのままに一振りした。半月型の衝撃波のようなものが、エーヴめがけて飛んでいった。
エーヴはマントを翻して、衝撃波のようなものを弾き飛ばした。衝撃波のようなものは部屋の天井に当たり、小石と砂が天井からぱらぱらと降ってきた。
「このエーヴ様と戦っていていいのかえ? ああ、ヴァランタン、惚れ惚れする男前ぶりだ! あんたになら、教えてやってもいいよ」
「なにをだ!」
「あんたがバカだってことをさ!」
エーヴは笑うのをやめると、マントを両肩にかけた。マントの下からは、ただの骨が現れるかと思ったが、白い鎧が現れた。よく見てみると、その鎧はいろいろな骨を集めて固めたものだった。
エーヴが一瞬、消えたように見えた。
まばたきするほどの間に、エーヴはわたくしの前に移動してきていた。
白い骨の顔にぽっかり開いた黒い穴のような目が、わたくしの顔を覗き込んでいた。
わたくしはステータス画面を呼び出そうとした。
現れたのは、黒い画面。白い文字で『スキル選択』と書かれていた。
戦闘中のコマンド画面表示のようだった。
わたくしは『その他の履物』を選択し、変身する履物を選んだ。
「勇者……」
なにか言おうとしているエーヴの前で、わたくしはとある資料館に所蔵されている『日本一の杉げた』に変身した。
このげたは、壁に立て掛けて展示してあり、スキルの使用上の注意に、『支えのない場所で変身すると倒れる』と記載されていた。
ヴァランタンがわたくしから距離をとった。なにをしようとしているのか察したのだろう。
「木の……板……?」
エーヴ、わたくしのスキルはこれで終わりではないわよ!
『デザイン変更』で大きさはそのままでビーチサンダルに変身。『素材変更』でとある寺に置かれている鉄下駄の素材、鉄を選択した。
巨大な鋼鉄のビーチサンダルとなったわたくしは、エーヴに向かって勢いよく倒れ込んでいった。
高笑いしていた口を開きっぱなしにして、エーヴはわたくしを見上げていた。
エーヴはわたくしを手で押し戻そうとしたけれど、四メートルもある鋼鉄のビーチサンダルを支え切ることはできず、わたくしの下敷きになった。
エーヴの骨が砕けていく、乾いた音。
「ウガァアアア――!」
最期に悲鳴を残して、エーヴもまた金貨に変わった。それも大量の金貨に。
レベルアップを知らせるファンファーレが、室内に鳴り響いた。
戦闘終了に伴い、わたくしは元の人型に戻った。
「シャンタル嬢! エーヴなど、私が倒してやる! 危ないことはするな!」
この大魔王、勇者に対して過保護すぎるわ。
わたくしはヴァランタンに笑いかけた。
「奇襲成功ですわ。相手の虚をつくというのは、わたくしの転生前の世界では、普通に使われていた戦い方ですのよ」
この巨大な鋼鉄のサンダルによる攻撃は、なんらかの方法で、もう相手方に知られていると思っておいた方がいいわね。
いわゆる、『その技はもう見切った』状態になっているかもしれないわ。
次に使う時には、反撃を想定しなくては。
「そうかもしれないが……!」
わたくしとヴァランタンは、元はエーヴだったたくさんの金貨をひたすら拾い、荷物袋から出した大きな革袋に入れた。
拾い終わると、わたくしはステータス画面を呼び出した。
またスキルをふっていく。
『指定色変更』
『指定デザイン変更』
『指定素材変更』
『機能性追加』
かなり細かくカスタマイズできるようになったみたいだわ。
わたくしの『靴』のスキルは、ちょっと見ただけでは、まるで役に立たなさそうよね。
「ドラスの町に早く戻りましょう、ヴァランタン様」
「ああ、行こう。町が心配だ」
わたくしの転生前の知識によると、こういう戦闘用の部屋では、ダンジョンや塔からの離脱魔法は、不思議な力にかき消されて使えないことが多かった。
わたくしはヴァランタンと共に部屋を出た。




