14.靴の勇者はついに旅立つ(中編)
「さっきの姿はなんなのだ!?」
「『知っている靴』というスキルがどういうスキルなのかと思って、試してみたのです」
「シャンタル嬢……」
ヴァランタンは大きく息を吐いた。
「さっきのは『ガラスの靴』といって、わたくしが転生してくる前にいた世界では有名な童話に出てきた靴なのです。ただのガラスですわ」
「そうだ、ただのガラスだった……」
この世界ではただのガラスというのは、そんなに怯えるようなものだっただろうか? 馬車の窓にも、城の窓にも、ガラスが嵌っていた。
魔族にとってはなにか危険な物だったとか?
「ガラスがどうかしまして?」
「あなたが割れてしまったらどうするのだ……、シャンタル嬢」
ヴァランタンは絞り出すように言った。
わたくしは『変身したガラスの靴が割れるかもしれない』という可能性に初めて気がついた。
童話に出てきたガラスの靴は、シンデレラが履いて歩いても割れなかった。さらに、国中を持ち運ばれて、いろいろな女性に履かれても、割れたりなんてしていなかった。
「そんなに簡単には割れたりしないんじゃ……?」
「ただのガラスだ。簡単に割れる」
ヴァランタンは強く言い切った。
わたくしにはヴァランタンがひどく怒っているのがわかった。
「もう元に戻りましたわ」
「もう戻ったではない! 割れたら死んでいたかもしれないのだぞ!」
わたくしは息をのんだ。
ヴァランタンのいつもは黒い瞳が、紫色を帯びていた。
「あなたの転生前とかいう世界ではどうだったか知らないが、この世界では、たとえ勇者でも死んだら生き返ることはできない! 永遠の別れが待っているのだぞ!」
わたくしはヴァランタンが怯えた理由を理解した。
なにかの間違いでわたくしを割って死なせることを恐れたのだ。
まわりを警戒したのだって、なにかがわたくしを割らないようにだったのだ。
「ごめんなさい、ヴァランタン様。わたくしの考えが足りませんでした」
ヴァランタンはいきなりわたくしを抱きしめた。
わたくしはヴァランタンがかすかに震えているのを感じた。
「私は大魔王だ。なにがあってもあなたを守り抜ける自信があった」
ヴァランタンはわたくしの頭に頬を押しつけた。
震える指が、わたくしの髪を梳いた。
「まさか『靴』のスキルに、あなたを簡単に殺すような力があろうとは」
わたくしの心臓が跳ねたような気がした。
おそらくこの世の誰にも負けない最強の大魔王様が、わたくしが割れることを、こんなにも恐れるなんて思いもしなかった。
ヴァランタンはわたくしを離すと、手を引いて立ち上がらせた。敷物を片手で拾って黒い渦の中に戻し、わたくしの手を引いたまま歩き出した。
わたくしは機嫌の悪いヴァランタンを、この時、久しぶりに見た。
ヴァランタンは怒りを発散するかのように、地面や壁から湧き出てくる骸骨の魔物たちを、片手で払いのけて倒していった。
仲間であるヴァランタンが倒した魔物も、わたくしの経験値として蓄積されていった。
わたくしはあっという間にレベルが上がり、スキルポイントが増えた。
わたくしはヴァランタンに連れられて、ついに洞窟の最深部に到達した。
禍々しい模様の描かれた両開きの石の扉の前で、わたくしはまたスキルポイントをふった。
『素材変更』
『色変更』
だんだん自分好みに変更できるようになっていっているようだった。
「この先には魔王エーヴがいるはずだ。デジレに協力することにしたようだが、我らとどこまで戦う気でいるかわからない。気を付けろ。私の後ろにいるんだ」
「わかりました」
ヴァランタンはわたくしの手を離すと、両手で石の扉を開いていった。




