12.驚異の魔王フェルディナンは婚約破棄されました(後編)
「勇者のレベル上げなどと言っていたが、なぜそんなことをする……? デジレと支配地のことで揉めているのか? 傀儡の魔王デジレなど、貴様一人で倒せるだろう?」
フェルディナンは地面に座りこんで、ヴァランタンを見上げた。
「そうなのだが……。デジレを倒しに行こうとすると、不思議な力に阻まれるのだ」
「不思議な力!? なにを言っているのだ。俺が行って倒してきてやる。デジレさえいなかったら、貴様も『お散歩』になど行く必要ないだろう」
フェルディナンはフェンリルの姿に戻り、王都の方に向かって走り出した。
美しい白銀の毛並みが大きく跳躍し、わたくしが空でも駆けて行くつもりなのかと思った、その時――。
透明な壁にぶち当ったかのように、フェンリルの身体がはじき返されて地面に落ちた。
「うおぉぉぉ――!」
フェルディナンは叫びながら、人型に戻った。顔を押さえて、地面に伏して震えていた。
「言ったではないか、フェルディナン! 私もまったく同じように顔から突っ込んだ。あれは痛かった!」
ヴァランタンはフェルディナンの背中をさすってやっていた。
わたくしはまたステータス画面を想像し、目の前に呼び出した。自分のスキルリストを確認したいと念じた。
まず『靴』のスキルリストが表示された。その先頭にあった一文は、このスキルリストを見るまで知らなかったものだった。
『この遥かなる旅はRPG』
おそらくこのスキルがステータス画面を出してきたのだろう。
たしかに『靴』は旅する。学校、会社、買い物、デート、いろいろな目的地に行くために履かれる。目的地では、靴の持ち主は試練に遭遇することもあるだろう。
どうやら、わたくしが辺境領カエまで旅をしたことによって、このスキルが開いたようだ。
スキルパネルとは別に、条件を満たすと開いてくるスキルがあるということがわかった。
『靴』スキルの次に、考えていた通り『勇者』の専用スキルが出てきた。
『勇者とは冒険する者のこと』
まあ、冒険しますよね……。ヴァランタンやフェルディナンがデジレを倒しちゃうと、冒険する必要がなくなるもんね。二人がデジレのところに行くのを阻止したのは、このスキルのようだわ。
「スキルリストで確認したところ、どうやら、わたくしのスキルの効果のようですわ」
「そうだろうな。私やフェルディナンがデジレを倒してしまっては、勇者が倒すべき魔王がいなくなってしまう」
「誰が倒したって同じではないか! 妙なことを企む魔王が倒されて、世界が平和になるなら、それでいいではないか! 細かいことは気にするなっ!」
フェルディナンが涙目で叫んだ。わたくしも同感ですけれど、どうやらそうもいかないようですわ……。
「私が勇者とレベル上げに行かねばならない理由が、これでわかっただろう」
「いい加減にしろよ……。駄犬の配下にされただけでも屈辱なのだ! 駄犬が雑魚魔王を倒しに行く間、ここにいる雑魚どもを守る!? 番犬など、孤高の狼のやることではない!」
「そう言うな、フェルディナン。私が大魔王にランクアップしたので、ここの魔物たちも徐々に強くなってきている」
どこからともなく銀色のブーメランが飛んできて、フェルディナンの銀髪を一房切り取って、戻って行った。
ブーメランが飛んでいった先を見ると、一匹のスライムが怒ったような顔をして、銀色のブーメランを構えていた。
「まあ! スライムは武器が使えたのですね!」
ヴァランタンとフェルディナンが、銀色のブーメランを構えているスライムを見た。
「あれは武器屋で金貨十枚で買える氷結のブーメラン……。いつの間にか、スライムも買い物ができるようになっていたのだな」
「スライムに買い物などできるわけないだろう! そんな知能があるものか!」
またブーメランが左右から飛んできて、フェルディナンは「うおぅ!」と言いながら避けた。今度のブーメランは、魔法陣の一部のような模様がついていた。
洋梨に顔がついたガブリンゴという種類のモンスターが、スライムの横で怒った顔をして、二本のブーメランを構えていた。
「なんなんだ、あいつら!? 武器を使うようなモンスターじゃないだろう! ガブリンゴがどうやってマジックブーメランなんて投げるんだよ!?」
ガブリンゴは身体を震わせて、またフェルディナンにマジックブーメランを投げつけ、誇らしげな顔をした。
わたくしには、ガブリンゴに二本のマジックブーメランが刺さっているように見えた。どうやらガブリンゴも物を持つことができるようだ。
「どうだ、我が配下はだいぶ強く、そして賢くなっているだろう?」
「雑魚のくせに、おかしいだろう!? 雑魚は雑魚らしくしろよ!」
そう言われて考えてみると、ゴブリンが石畳職人から石畳の敷き方を習っていることだって、だいぶおかしかった。
「雑魚などではない。立派な我が配下だ」
「なにが立派だ!」
誇らしげなヴァランタンに対して、フェルディナンはドラスの町にいる魔物たちを見まわした。
ちょうど『まっしろベア』という白熊の魔物が、町の男たちと一緒に丸太運びをしているのが見えた。かわいい。
「おい、大魔王、武器をあげたらいけなかったのか?」
赤毛の少年が、母親らしき女性と共に歩いてきた。
「大魔王様だって言ってるだろ! 息子がすみません、大魔王様」
「いや、良いのだ。ポールが武器を渡したのか。商品だろう?」
「おうよ! あいつらとは一緒に魔王城に避難してた仲だ。強くなろうとしてるなら、応援してやらねえとな。これが武器屋としての俺の心意気よ」
赤毛の少年は大人びた目をして、魔物たちを見つめた。
母親は申し訳なさそうに、「どうにも口が悪くて……」とヴァランタンに頭を下げた。
「大魔王様、心配いりませんよ。ポールは亡くなった父親の仕入れルートを把握しています。店が再建されたら、改めて武器を仕入れるつもりでしょう」
エドガーが走ってきて、わたくしたちに説明してくれた。
「どうせすぐには商売できねえんだ。俺が大事に持っておくより、あいつらに配ってやった方が役に立つじゃねえか」
わたくしは武器を持っている魔物たちを見た。彼らはわたくしの木の棍棒よりも、ずっと強力そうな武器をもらっていた。
「強くなるにも限界があるだろう。スライムやガブリンゴだぞ」
スライムが氷結のブーメランを掲げた。氷の塊がいくつも、フェルディナンめがけて飛んできた。フェルディナンは顔をしかめて、氷の塊をすべて指で弾いて砕いた。
木の棍棒とはレベルが違い過ぎだわ……。魔王城前の町で売っている武器ですもの、魔法が付与されていたりするわよね……。
「その調子で鍛えてやってくれ。お前が相手なら、あいつらも全力を出せる」
「俺は鍛えようと思って挑発しているわけではない!」
スライムやガブリンゴ、他の魔物たちが、はっとしたような顔をした。
魔物たちは笑顔になると、みんなでその場でジャンプして、フェルディナンにアピールし始めた。
「魔王があんな最弱の魔物たちのトレーナーなどするものかっ!」
わたくしはフェルディナンが人型なのにしっぽを出し、大きくふりふりしたのを見た。
素直じゃない子もかわいいわ。
わたくしはフェルディナンの獣耳が出ている頭をなでなでした。
真っ赤な顔をしたフェルディナンは、わたくしの手をふり払った




