学園祭 夢の上層にて
ディアストが宿に着いた時、ローズはまだ眠っていた。彼女はベットの上で幸せそうな夢を見ていた。ディアストが彼女を勝手に眠らせたことを後から恨まれないように幸せな夢を設定していた。ただ、時間も時間だったのディアストは彼女をその夢からたたき起こした。
「ローズさん、起きてください」
彼女の身体をゆすって起こすと、彼女はまどろみのなか、うっすらと目を開けた。
「ハッ!!」
一気に上体を起こしたローズは、辺りを見回すといち早く今の状況を飲み込もうとしていた。
「安心してください、ローズさん、あなたは俺に眠らされて、この宿に安置されていただけですから」
ディアストがそういうとローズは一瞬自分の頭の中で物事を整理すると、すぐにベットから飛び降りて、近くのテーブルにあった自分の剣に手を伸ばした。
「き、貴様、私のことを、私の身体をよくも弄んだな!!」
ディアストは、彼女のその残念な思考に、深いため息をついた。
「ローズさん、変な誤解をしている場合ではないです、暗殺の手はずが整ったのでここから出ていってください」
「何が、誤解だ!私を眠らせて、私の純情を奪ったのだろ!こ、殺してやる!」
ローズが剣を構えた。その手には刺突剣であるレイピアが握られていた。
「あの、ローズさん?これ以上は…」
「おい、私の話しを聞いてなかったのか?本当に今ここで殺すぞ!」
ディアストは、興奮状態の彼女のレイピアの先に自分の首を当てさせた。少し首元に刺さると血が流れた。
「ここは夢じゃない、本気で殺すなら、こっちもそれなりの対応をさせてもらいますけどいいですか?それでもいいのなら、今すぐこのレイピアを突いてもらっても構いませんが?」
首元のレイピアが、彼女の手から伝わる震えを感じ取っていた。彼女はレイピアを降ろした。
「と、取り乱しました。すみません…」
「いいっすよ、ただ、俺はそんなゲスなことをするために、この魔法を身につけたわけじゃないってこと、証明しますから、とりあえず、部屋から出ていってくれますか?」
「夢幻魔法ですか?」
「それは秘密です」
ディアストは、自分の魔法のことを誰かに教えてやるつもりはなかった。秘密の保持こそ、この魔法の強みでもあった。
ローズが出ていくと、ディアストはベットの上に寝転がった。
『まったく、世話の焼ける女だ…本当にあれで帝国の人間なのか…』
呆れ果てたディアストだったが、夢に入る前の準備を整えてから、ベットに横になるとすぐに目を閉じ、魔法の発動に取り掛かった。
『〈夢幻の誘惑〉』
ディアストは夢の中へと落ちていった。
*** *** ***
目が覚めると、キアは、空っぽな空間に立っていた。太陽もないのに辺りは不気味なほどに明るく、平らな地平線がどこまでも地続きに続いていた。ここが夢の中だということは、キアもよく知っていた。
「夢の上層…」
キアは夢という場所について、精神魔法対策などの訓練を受けるにあたって、その基本的な知識を有していた。
夢というのは、三段階にエリアが分かれていた。上層、中層、深層の三つ。夢の上層は、普段の睡眠では、留まらず通り過ぎる場所ではあったのだが、魔法などでこの上層に留まることも可能だった。
夢の階層は、上の階層ほど現実に近く、意識もはっきりしていたし、自分の肉体のようなものである『意識体』という夢の中の身体で現実と変わりなく、この夢という空間に存在することができた。これが上の階層である上層の特徴で、ほとんど現実と変わりはなかった。
中層というものが、多くの人が普段から見ることがある夢であり、ここでは夢を見ている人の内面に秘めている個人の思いや記憶が、強い力を持っていた。そこから世界が形成され、さらに人の欲望や感情などが作用して夢として形ができていった。それを寝ている間、人々は体験しているのだった。つまり、夢の中層とは、個人が作り出した夢を見るための場所だった。上層の夢が公共に開かれた広場とするなら、中層の夢は個人の邸宅という位置づけがもっとも分かりやすい例えでもあった。公共の広場は誰でも入れるが、みんなの場所でもあるから好き勝手なことはできない。ただ、個人の家となると、好きな大きさや、好きな間取りに、好きな家具を置くことができるため、上層の公共の広場よりもずっと、個人のための自由度が高い場所だった。
中層の夢とは、個人のための夢といってもよく、その夢は自分を自制させるためのものだったり、自己の目標を明確にさせたり、物事の理解を加速させたり、時には、叶えられない欲望を満たしスッキリすることもあった。夢とは、そのように人が生きていくためには、大いに役立っていた。
最後に、深層。ここについては、分からないの一言に尽きた。この深層には何があるのか?どんな場所で、何を目的に存在しているのか?ここが人々に夢を見せている源泉などというが、それすら分からなかった。ここの謎があるかぎり中層の夢というものの理解もすっかり捗らず、夢見学者たちの探究も、その表面をなぞるだけに留まっているというのが現状だった。占い師や預言者などが、この領域にある未知の力を借りることによって、未来を占おうとしていた。
このように多くの者が、この夢の深層と人類との仲介人になろうとしていたが、未だにその原理を解明できないため、夢の深層に関する魔法は、疑似魔法と言われていた。
このように、夢とは現実とは別の場所であり、しかし、確実に存在していた。
キアは、冷静に辺りを見回した。彼女は〈記憶繋ぎ〉という魔法が働いたおかげでここに自分がいる状況を事細かに理解していた。
〈記憶繋ぎ〉は、直前までの記憶を鮮明に覚え強制的に理解させる魔法であった。そのため、キアは自分が先程まで、魔法学園アジュガでみんなと一緒にいたという記憶があった。
これは、中層の夢の中に墜ちた時などにも瞬時に自分の状況を把握できるため、非常に便利だった。さらに、催眠魔法や精神魔法などで夢に落とされた時の対抗手段としても機能する優れものでもあった。
〈記憶繋ぎ〉が発動したということは、オルキナに掛かっていた刻印魔法は、それらの魔法であることがわかり、そして、おそらく、催眠魔法の類で現実の自分が強制的に夢におとされた結論に落ち着くことができた。
「早く目覚めないと」
この魔法を掛けた術者が、眠らせたことに何か意図があったとしても、その意味を考える前にまずは、この状況から抜け出す必要があった。
夢と現実の時間は必ずしも一致してはいない、ここでいち早く夢から脱出すれば、現実では一秒も経っていないということもざらにある。
「扉よ、ここに…」
キアはすぐに、目の前に現実に繋がるドアを想像した。その思いは夢の中では形を伴って実体を表した。空っぽなだだっ広い空間にドアがひとつ。夢から目覚めるためには、出口が必要だった。それはどんな形でもよく、ドアなどが一般的だが、それは穴でもいいし、梯子でもいい、あるいは実体を伴っていなくても、特定の言葉だったり、動作だったりと、夢からの目覚め方にはいろいろあった。
キアは、自分が想像して作り出した脱出口である扉のドアノブに手をかけた時だった。そのドアが勝手に開いた。
「ッ!?」
キアは、自ら勝手に開き始めたドアからあとずさり距離を取った。
そして、その扉からはひとりの男が現れた。その男は、全身を実用的な軽装備で固め、腰には剣がぶら下がっていた。頭部はフードを被り、お面をつけていた。お面には何の特徴もない丸い白塗りのお面で、そこにはのぞき穴もなければ、口の穴もなく、ただ、白く丸い面だった。どこか人間離れしたその白い面からは不気味さが漂っていた。
「どうも、はじめまして、オルキナ殿下、私は、ゼタラと申します」
お面の男は、ドアを閉めると、きっちりと背筋を伸ばしてからお辞儀をした。
キアは、彼の対応から自分のことをオルキナと勘違いしているようだった。
「出会ってそうそう、申し訳ないのですが、ここで……って、あれ?」
そこで、お面の男ゼタラは、何か言おうとしていたが、キアの顔をはっきりと見るとそこで間の抜けた声をあげ、気付いたようだった。
「君、オルキナ・ルノワールではないね」
「ええ、で、あなたは誰?」
「どういうことだ?なぜ、刻印がこんな少女に?俺の刻印はたしかにオルキナに付与されたはず、なのに、なぜだ…あぁ、ちくしょう……」
お面の男は、キアの質問に答えることなく、困惑した様子でひとりブツブツと呟いていた。そこで、彼がハッとした様子で顔をあげると、キアに言った。
「これは、大変失礼した。君はこのドアから出ていくといい、恐がらせてしまったね、ここを出れば、もとの場所に帰れる」
彼が、キアが出て行こうとしていたドアの前から退いた。
キアは、その自分が想像したドアに向かって歩いた。その間、男のことを注意深く睨みをきかせていたが、彼は何かを仕掛けて来る様子もなかった。それどころか、なぜ、自分の魔法が別の人間にかかってしまったのかを、後悔するように頭を抱えていた。
『あの男…いや、いい、これで外に出れば探知魔法で、彼の場所が分かる』
キアがドアの前に立った。襲って来るならここ以外ありえなかった。そして、自分で想像したドアというものは確実に現実へと繋がっていた。ここを出れば覚醒できること、キアも知っていた。
『待って…』
だが、お面の男も知らないはずがなかった。夢に捉えて何かするはずだった男が自分のことをターゲットではないからみすみす逃がすのかと思うと足が止まった。
『まずは、自分を疑うべき。これは本当に私が想像したドアなのか?そもそも、私は強制的に夢に連れて来られた。そうすると、この夢という場所の座標自体あらかじめ、あの男が用意していた場所だとしたら』
キアはそこで、開かれたドアをそっと閉めた。バタンと音がした。閉めた時、キアはそのドアではなくお面の男を見ていた。すると、お面の男はドアが閉まったところで、顔を自然とこちらに向けた。まるで期待していたことが外れたようにだ。
「あれ?お嬢さん、そこからもと居た場所に戻れますよ?」
お面の男が言った。
「私は、ここから出ない」
「え、どうしてです…」
「お前が何者か知る必要があるからだ」
キアは、けん制もこめて手から控えめな火球を一発放った。
お面の男が腰から剣を抜くと、その火球を切り裂き、キアから距離を取り始めた。
夢の上層というものは、本物の身体ではないにしても、魔法は使えた。そして、夢の上層は、魔法を生み出す魔力の素である、エーテルやマナのような魔素で満ちていた。
キアは身体強化の魔法を自身に掛けると、お面の男めがけて飛び出した。すると、彼は慌てた様子で剣を構えた。
「俺は別に、君とは争いたくはない!あんたはターゲットではないからだ!そもそも君は何者なんだ!!」
「知る必要はない」
キアが、飛び出すとお面の男は覚悟を決めたかのように、持っていた剣を振り翳した。キアはその剣を手のひらで受け止めた。キアの手はすでに竜化しており、黒い鱗に覆われていた。
「おまえ、竜人か!?」
お面の男が、剣でキアの鋭い爪をさばきながら叫んだ。キアが振るう的確に急所を狙ってくる、黒鱗の両手から繰り出される斬撃は、一撃一撃が確実に男に致命傷を与える鋭利さと力強さがこもっていた。
「待て、話しを聞けっての!!!」
そこで、お面の男が、ようやくキアの腕の攻撃を剣で強く弾くと、距離をとった。
「ここで俺とお前さんが争う理由はない」
「そちらになくても、こちらにはある」
お面の男の素性を知らなければ、オルキナはずっと狙われ続ける。ここは夢の上層いくら現実とは別空間とはいえ、上層での姿かたちは現実とほぼほぼ一致している。だから、そのお面を剥いで顔を見ておくくらいのことは、しておきたかった。
「そうか、あんた、あの令嬢の護衛か、まったくそういう気配がしなかったから、学友か何かだと思ったが違うのか?」
「私は確かに今、オルキナの護衛ではある。ただ、それ以上に彼女の友達だ。友達の危機を見て見ぬふりはできない。だから、お前を排除する」
「友達か、そうか、それで邪魔をするわけだな」
お面の男は、剣を構えた。
「当然、友達を助けるのは友達の役目、困った時はお互い様」
お面の男は、そこでどっと笑った。あらゆる警戒を解いて笑っていた。
「何がおかしい」
「あぁ、いや、違うんだ。君を笑っていたわけじゃないんだ。なんていうか、俺はやっぱり、綺麗なままではいられない、手を汚してなんぼなんだなと思ってな…」
お面の男は、そこで持っていた剣を勢いよく投げた。その剣が向かった先は、先ほどキアが、想像で創り出した夢の脱出口だった。そのドアを剣が貫くと、そのドアはボロボロと光を放ちながら跡形もなく消えてしまった。
「あのドアは、罠でもなんでもない、本当にただの出口だった。そして、君はあの時、あのドアからここを去っていれば、本当に現実で何の問題もなく目覚めることができた」
お面の男は、そこで両手を前に出すと手のひらを下に向けた。
「だが、そのドアは、今、ここで消えてしまった」
男の手から大量の煙が出て来ると、その煙は辺りをあっという間にのみこみ、夢の中を霧深い世界へと変えてしまった。
お面の男がキアの視界から消える。
「俺はなるべくターゲット以外には手をかけないことを信条に殺しというものをやってきた。まあ、人殺しって時点で、そんな綺麗ごと並べてもどうしようもないんだけどな」
彼の声は霧のあちらこちらから聞こえて来て、その位置を把握することはできなかった。
「だけどな、そんな人殺しでも、所詮は人間だ。手に掛けたくないどうしよもなく情が湧く奴もいる。例えば、任務に無関係な子供とかは特にそうだ。彼らは守るべき存在だ、彼らの未来にはとても価値がある、だから大人よりもその人命は優先される。だから、おまえさん、だってさっきまでそうだったんだ…」
キアは周囲を見渡しながら、その声に耳を貸さないように、どこから攻撃が来るか集中していた。
すると、突然キアの腕に刻まれていた刻印があった場所が熱を帯び痛みが走った。キアは顔色ひとつ変えず警戒していたが、その痛みが走しったところの腕を見ると刻印が赤い光を放って不気味に輝いていた。
「さっきまではな…」
声が途切れた瞬間、上からひりつく殺気を感じた。上を見上げる間もなく、キアの身体に強烈な雷が降り注いだ。その雷は巨大な槍となってキアのことを貫こうとした。
キアは上から感じた殺気に対して腕を上げて防御していた。黒い鱗がその雷撃を受けるが、腕に痛みを伴う熱を感じた。
「ほう、それを防ぐのか、硬いな…」
男の声がどこからともなく響く。
『雷魔法…この霧の中で、雷は……それにこの刻印………』
この刻印があることで今の状況が不利に働いていることは誰にでも予想できることだった。効果は分からないが、この刻印で位置が常に捕捉される可能性があることは火を見るよりも明らかだった。
二発目の雷撃が、キアの背後から飛んで来た。これを背中の黒鱗で受ける。黒鱗は、キアの身体の一部だったが、鎧としての役割があった。だが、飛んで来ている雷撃の威力が並みの魔法使いではないことが、黒鱗を焼き切ろうとするほどの高威力が証明していた。
『相手は相当優秀な魔法使い、それにこの霧には微量な毒が混ざってる。長引くと分が悪いのはこっち……だったら』
キアは、五速のリングを展開すると上空に飛んだ。空高く舞い上がる、そこにはどこまでも続く薄暮で何もない世界が広がっていた。
「あれは…?」
飛んでいる下には、毒霧が地上を満たしていた。上空に飛び上がって一番最初に気付いたのは、地上に広がっていたその毒霧の位置が不自然な点があることだった。その毒霧はある一定以上まで広がると、見えない壁に遮られたかのように、滞留していた。それはキアを中心に円を描くように存在しており、そのため、毒霧は円周内に留まっては地上を満たしていた。
「結界…」
キアは、そう呟くとさらに上空に飛んで、あることを確かめた。
「やっぱり、天井がある…」
キアの頭上には、見えない壁があった。本来、夢の中の空間は、無限に広がっているという考えが一般的な考えだった。そうじゃなくとも、キアが数分飛んだだけで、限界が来るほど夢の中が狭いはずがなかったし、実際にキアは訓練の中で何度か夢の中に入ったことがあり、その広大さをその身で体験していた。
そうなると、考えられるのは、あの白いお面の男が、結界を張って待ち伏せしていたとしか考えられなかった。
キアが、現在の自分の置かれた状況を頭の中で整理していると、地上が光を放ち始めた。
「霧と稲妻…」
そこにはまるで、雷雲を上空から見上げているような、そんな光景が広がっていた。地上に満ちた毒霧の至る所が、何度も明滅を繰り返しては、あの、聞いているだけで人々の恐怖を与えるような、そんな威圧的な轟音がゴロゴロと地上から鳴り響いていた。まるで、天と地が入れ替わってしまったようだった。
雷が天空を昇った。その雷は、キアめがけて打ちあがって来た。そして、それは地上の雲から何十、何百と空へと昇って来た。
キアは、五速の飛行魔法で、そのせり上がって来る雷を上空で躱しながら、現状を打破する策を考えた。
『まずどうするべきか、結界を破壊するなら、コアを探すべきだし、術者を倒すなら、まずはあの白いお面の男をこの霧の中から見つけるべきか』
考えたがキアは一番効果的な方法を選んだ。
『それなら、どっちも同時にすればいい、ここでは被害なんて気にしなくていいし』
大量の魔力を喉元に集めた。
「〈竜口の火炎〉」
キアの口から、大量の赤黒い炎が吐き出される。せり上がってくる雷たちを打ち消しながら、彼女は飛行魔法で急降下すると、地上に満ちていた霧スレスレを跳びながら辺りに、その魔力で練り上げられたその炎を吐き浴びせた。
霧の中は灼熱の地獄となり、毒霧と炎が地上を満たした。
あらかた、炎を吐き終わると、キアは周囲を見渡した。炎を吐いた後も、結界が解かれることはなかった。
『これだけ、焼いても結界のコアが壊せなかった?何らかの条件で守られている…?あるいは術者、本人がコアか…だとすると、その術者はどこに?まだ、霧の中にいる?』
キアが、この現状について考えている時だった。
「!?」
上空から迫る何かを察知し、とっさに上に向けて黒鱗の腕でガードした。次の瞬間、キアの腕を貫く雷の槍があった。そして、そこにはお面の男の姿があった。
『いつの間に上に!?』
しかし、そこで一瞬、キアには先ほどせり上がって来た無数の雷を思い出す。
『あの時…』
あの雷の中に紛れて、お面の男が紛れ込んで飛んでいたとしたら、気づけるはずもなかった。
「ぐッ!!?」
キアはその雷の槍で貫かれた腕を何とか身体の外に逸らすことで、致命傷は免れたが、その貫いた雷の槍から、キアの全身を雷が走り、全身をズタズタに引き裂いた。
「がはッ!!?」
一瞬にして、キアの右腕を中心に雷が走り大火傷を負わせ、さらには右腕は、黒焦げになり、さらには麻痺して動かなくなった。
さらに、大火傷を負って墜落する際、キアはそこでお面の男に、強く足で蹴り飛ばされ地面に激突する。
「あぁッ…」
墜落の際、背中の黒鱗が衝撃を和らげるが、それでも、上空から地面に勢いよく叩きつけられたことで、呼吸が一瞬止まった。
「はっ…は……は…………」
何とか息をするが、今度は毒霧を吸い込んだことで、激しくむせた。
「ごほッ!!ごほッ!!!」
そして、容赦なく飛んで来た雷撃を、キアは死に物狂いで左腕や背中の黒鱗で受け続けた。
『じ、実力を見誤った…敵は、私なんかよりもずっと、強い………』
多くの任務をこなし、数多くの修羅場、数多くの強敵を屠って来たキアには、今日のこの敵も倒せるという自信があった。しかし、その過信にキアは殺されることになった。
すでにこの夢に引きずり込まれた時点で、気づくべきだった自分がどういう立場におかれているのかということを。
だが、キアも冷静ではなかった、友達のために少しでも相手の情報を知っておきたかったのだ。少しでも友達のために、何かをしたかった。それが、キアの冷静な判断を鈍らせたというっても良かった。それは感情で動いてしまったことに他ならなかった。
キアが雷撃を防ぎ続けていると、ふいに死角からお面の男が、的確に雷の槍を放って来た。その雷の槍は、キアの脇腹を抉ると、そこから肉を飛び散らせた。
キアは、その場に膝から崩れ落ちた。すでに戦える力は残っていなかった。
「ひぐッ、あぐッ…」
すでに身体が毒霧で痺れ呼吸もしずらくなって、それでも、毒霧で満たされた空気を吸い込むしかなく、キアは苦しそうに喘ぐ。
そこにお面の男がやって来た。
「そんな小さいのに、君は、悲しいほどまでに強いな…」
彼の声は憐れみに満ちていた。そして、彼は続けてキアのあたりの霧を解いてやった。
「もう、抵抗するな、といっても、そんな力もう残ってないと思うが…」
すると、キアは大きく新鮮な空気を吸い込んで、その場に倒れ込んだ。何度も血を吐いて、悪い毒を出そうとしていた。
お面の男が、そんなキアを見て言った。
「やっぱり、俺は、君を殺せそうにないみたいだぁ…たく、どこまでも甘っちょろいというか、なんというか、そうだな…俺は、弱い人間みたいだ……」
お面の男は、悲し気な口調で続けた。
「どうしても、ガキは殺せねえ…そんな未来、きっと、あっちゃならねぇんだ……」
「こ、ころせ…」
「いや、だめだ、ここで死ねば、お前は完全に死ぬ。俺の付与したその刻印、夢で死ぬとそのまま現実でも死ぬようになってるような仕組みにした魔法だからさ…マジで、死ぬから」
お面の男とキアを中心に、毒の霧が辺りに霧散していく。そして、頭上では、周囲を囲っていた大きな結界が割れ、光となって消えていく。彼が戦闘態勢を完全に解いた瞬間だった。
「俺は、本当は今回のターゲットの、オルキナって令嬢だって、殺したくはなかった…こんなこと言っても、信じてもらえないのは仕方ないんだ、俺は殺し屋だからな、だけど、さっきもいっただろ?俺はガキを殺したくはない、だから、今回は見逃してやる、それと俺のことは追うな、俺は弱い人間ではあるが、腕は立つ、また返り討ちにあいたくはないだろ?」
お面の男はドアを目の前に想像で、作り出した。
「ほら、出口だ。お前が嫌だといっても、俺がお前をここに叩き込む」
彼は、瀕死のキアを持ち上げようとした。そこでキアが彼の腕を払ったあと、まだなんとか動いた左腕で彼の腕を切り裂いた。
「おいおい、無駄な抵抗はよせ、お前さんは、もう負けたんだ。悔しいのは分かる、だが、お前さんはまだ若いしいくらでもやり直せる。ここから出たらこんな殺し合いからはもう足を洗って、真っ当に誰かいい男でも見つけて幸せに暮らせ、それがいいんだ、俺が保証してやる」
「ふ、ふざけ…んな……」
キアにはもう抗う力は残っていなかった。彼に首根っこを掴まれて手荒く引きずられて、出口へと向かっていた。
『どうして、殺さない?』
敵に情けを掛けられること、そんなこと初めてのことだった。今まで、キアはすべての敵を何の例外もなく屠ってきた。たとえ相手が命乞いをしたとしても、容赦なく、その命を奪って来た。キアはそれが正しいと教え込まれて来た。そして、それ以外に選択肢もなかった。グランド家では、相手に慈悲を与えることは次の死に繋がるとそう教えられていた。だからこそ、キアが、このお面の男から受けた慈悲を理解できずにいた。
『ここで殺さないと、次は必ずお前を殺すように、動くのに…』
次に目覚めた時には友達が死んでいるかもしれない。そう思うと、一刻も早く、チャンスがあれば何度でも殺害を実行必要があった。
それなのに、男はこのキアという殺し屋を、見逃そうとしていた。自分がただ子供というだけの理由で…。
「ほら、もうすぐ出口だ、きっと、ここまでボロボロだと、現実でも記憶が飛ぶか、後遺症が残るかもだが、命は無事だ、それは俺が保証する。これに懲りたら、もう、殺しになんて手をだすな、夢のおじさんとの約束だ」
「む…り……」
「大丈夫、人は変れる。いつだってな」
そう言って、お面の男が、キアをドアに押し込もうとした瞬間だった。
その出口のドアが一瞬にして焼け焦げて、消滅した。
「は?」
お面の男が、間の抜けた声を上げた。そして、すぐに新しい出口のドアを作ろうと、出口を想像し、ドアを創り出した。だが、その作り出したドアは、創り出されたその瞬間から燃えて消滅し、出口としての役割を果たすことはなかった。
「待て待て、なんで、出口が作れない!?ちょっと、もしかして、君、何かしてる?いや、そんなわけないか…」
しかし、キアが何かできるような状態ではないことは、お面の男も承知していた。
「だとすると、新手か…」
お面の男がそう呟いた時だった。
「!?」
キアたちの足元の地面が突然、ぐにゃりと柔らかくなると、そのまま、二人を取り込むように下へ下へと、引きずり込み始めた。
夢にある程度知識のある二人は、この現象を知っていた。
「これは、中層へ引きずり込まれているのか…」
お面の男は焦り始めていた。
「マズイ!!誰かの夢の中に引きずり込まれるぞ!!」
彼は抵抗しようと魔法を使っていろいろと足掻いているようだったが、抵抗する力もないボロボロのキアは、そのまま地面の中に引きずり込まれるしか選択肢がなかった。
「すまない、君を救ってあげれそうにない…」
お面の男は言った。その言葉が最後まで本心なのか、あるいは嘘に塗れた戯言だったのか、最後までキアに見抜くことはできなかった。
二人はそのまま、誰かも分からぬ中層の夢へと引きずり込まれていった。




